翻訳家の村井理子(むらい・りこ)さんによるエッセイ『村井さんちの生活』(新潮社)が8月に発売されました。
新潮社のウェブマガジン『考える人』で2016年から連載中の人気エッセイを書籍化。夫と思春期の双子の息子たち、大型犬1匹と琵琶湖のほとりで暮らす日常をつづっています。
4年間の連載期間の間には小学生だった息子たちは中学生に。村井さん自身は大病を患い、手術を経験しました。村井さんに子育てのこと、自分ではどうにもならないことが起こったときの受け止め方などを伺いました。前後編。
コロナ禍で変わったのは周り
——コロナ禍による自粛生活で村井さん自身何か変わったことはありますか?
村井理子さん(以下、村井):私自身はこの15年くらいずっとリモートワークなので変わりはなかったのですが、周りの人が変わりましたね。「村井さんは今までこんな感じで仕事していたんですね」「この生活をずっと続けてきたなんて村井さんってすごかったんですね」と編集者さんを中心にいろいろな方から言われました。
私の仕事場はリビングでテレビもあるんです。普段から息子たちが真横でガンガンテレビを見ているので、ホラー映画を見られても電気を消されても仕事ができるんですが、なかなかそうはいかないという話を聞いて「まだまだだな」と思いました。ゾンビ映画を見られるくらいにならないと(笑)。
——それって鍛えられるものなんですか?
村井:完全に鍛えられます。慣れてくると音も聞こえなくなります。でも、やっぱり私自身は会社で働いていた時は職場に行くこと自体が気分の切り替えになっていたので、コロナ禍前は会社勤めの人が羨(うらや)ましかったです。
——村井さんは琵琶湖のほとりにお住まいだそうですが、Zoomなどを使ったオンライン会議の普及で仕事のしやすさに変化はありましたか?
村井:すごく仕事しやすくなりました。これまで取材と言えば東京に行かなければならなかったのですが、東京に行くとすべての家の機能がストップするんです。以前は、子供のご飯や犬の世話があるので2日間くらいにぎゅっと詰めてやっていたのですごく疲れていました。でも、今はすごく楽です。
自分の癖を知っておくと楽
——コロナ禍でプライベートでも人に会う機会が減りました。
村井:あまり人に会わなくなると、人間関係も楽になるんじゃないですかね。毎日顔を合わせる必要もないですしね。家族でも面倒くさいのに。
——人付き合いは昔からそんな感じなのですか?
村井:誰かに会うとものすごく疲れるんですよ。その人が好きとか嫌いとか全然関係なくすごく疲れるので、立ち直りにすごい時間がかかる。それはやっぱり私の癖だと思うんですけど。
——自分の癖には大人になってから気づかれたんですか?
村井:そうですね。子供のときはそれが悪いことのように思っていたけど、大人になると別にいいやって開き直っちゃった感じですね。それでも30代くらいまでは頑張っていました。ちゃんと人付き合いができないとダメだと思っていました。でも、やっぱり人に会うと疲れるんですよね。
——開き直れたのは何かきっかけがあったのでしょうか?
村井:そんなこと気にしても仕方ないかって年齢と共に思えるようになった。もうこれは変わらないやって。逆に誰かに会うと決まれば、次の日は絶対疲れているので予定を入れないように調整しています。
——自分の癖や特性を知っておくのは大事ですね。無理に直そうとするのではなくて、もうこれで大人まできちゃったのだから、対処法を考えたほうが楽なのかなと大人になって気づきました。
村井:子供のときはどうしても対処法を考えるという発想には至らないですからね。だから開き直ることができたのは大人だからこそかもしれないですし、楽になりました。年を重ねるとどんどんどんどん生きるのが楽になる。今めちゃくちゃ楽です。
昔は自分の経年の変化にあらがうようなところがありましたが、今はあらがっても仕方がないし、受け入れようと思っています。体も生活も変わってくるし、いろいろなことがどんどんどんどん変わってくる年代に突入してくるから、それを悲しいと思っちゃったらどこまでも悲しくなっちゃう。ずっと挑戦し続けて生きるのはできないから、受け入れる体制でいたほうが楽ですよね。それに、特に女性はずっとあらがって生きてるもとの指針が自分で決めたことではなくて、社会から求められていることであることが多いじゃないですか。
喪主を2回、手術を1回やって分かったこと
——連載中に大病もされて、お兄さまも亡くされて……生きていると思いがけないことが降りかかってくることもあると思います。若い頃は大体のことを自分で決めてこられたのが、年を重ねていくうちに「どうやら自分で決められないこともあるらしいぞ」と気づく。コロナ禍もそうですが、自分でコントロールできないものに対しての不安があります。
村井:病気や兄のこともそうですし、母も亡くなってるので、40代後半に喪主を2回やって、手術を1回やって、すごく忙しい5年だったんです。今、それを乗り越えて思うのは、別にマイナスな気持ちは全然ないんです。特に病気に関してはそうで、過ぎてみたら意外と乗り越えられたもんだねと。エッセイにも書きましたが、体力がついて活動範囲も広がり仕事の幅も広がりました。
『兄の終い』に書いたような兄の死後の片付けも周りからは「よくやったね」と言われるんですが、やっている本人は一生懸命だから分からないんです。それに意外に助けてくれる人がいる、というかかなりの人数の人が助けてくれたんです。冷たい社会と言われていてもこんなにも手を差し伸べてくれる人がいるんだって分かったのは大きかったです。
孤独死について聞かれることも多いのですが、個人的には孤独死に対して抵抗はなくなりました。『兄の終い』を読んでくれた人の中には「私も孤独死をしちゃうのかなと思って、自分の身の回りを片付けました」という感想をいただくこともあります。身の回りを片付けるのはすごく良いことだと思う一方で、別に一人で死んでも問題ないんじゃないかなって思うようになりました。人間はどこかで必ず死ぬし、必ず誰かの手を借りるものなのだからそこはお互いさまじゃないかっていう気持ちがすごく強いですね。
——もしかしたら、自分ですべてをコントロールできると思っているからゆえの不安なのかもしれないですね。
村井:そうなんですよ。みんな死んだ後のことを心配するんだけれど、死んだら分からないですからね。私はどちらかというと死ぬ前のほうが気になっちゃう。前のほう、生きている間のことを考えたほうがいいかもしれないなと思いました。
(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子、メイン写真クレジット:(C)霜越春樹)
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情報元リンク: ウートピ
「過ぎてみたら意外に乗り越えられた」喪主を2回、手術を1回やって分かったこと