1月29日、「八重洲ブックセンター(東京都中央区)で、『中年男ルネッサンス』(イースト・プレス)の刊行記念イベントが開催され、著者の田中俊之さん、山田ルイ53世さん、そしてゲストには小島慶子さんが登壇。「中年男のゆくえ」について語り合いました。
「中年男」というタイトルですが、そのトーク内容は現代を生きる女性たちにも知ってほしいポイントが盛りだくさん。ユーモアと笑いに包まれながらも示唆に富む発言が盛りだくさんだったイベントの一部を編集してお届けします。
第1回:おばさんいじりにはもううんざり
第2回:一億総イタコ状態の現代に思うこと
第3回:“女子アナとおじさん”はいつまで続く?
どこからセクハラ・パワハラかわからない
山田ルイ53世さん(以下、山田):あえて聞くのですが、“職場の華”的な女性が同じフロアにいたとして、それは別に、「あ、いいな」というテンションの上がり方をしてもいいんですよね?
小島慶子さん(以下、小島):いいんじゃないですか? “女子アナ”的に世渡りをしていく女性がいたとしても、そのこと自体は個人の生き方ですから。それをいいと思う男の人がいることも、自由です。ただ、私が言いたいのは「これこそが女性の正解である、理想的である」というように強いることがよくない。
山田:会場から「ああ」って納得の声が上がりましたね。(会場を向いて)俺、聞いてよかったやろ? あえて愚かな役回りを演じたんですよ(笑)
小島:男爵はいったい何を恐れているの?(笑)
山田:正直に言いますと、僕は古い価値観にどっぷり浸かってきたので、何がアウトなのか肌感覚でわからない時があるんですよ。だから、素直に聞いて理屈で納得しようとしているんです。
小島:素晴しい。最近、「どこからがセクハラかわからない。どこからがパワハラかわからない。もう会話もしちゃいけないのか」という声も多いですよね。それって普通に聞いたらいいことだと思いませんか?
「今日の髪型かわいいね。あ、ごめん。これってセクハラになっちゃう? 悪気なかったんだけど、もし嫌だったらごめんね」と言えばいい。そこで対話できるじゃないですか。「私は気にしない」と言われるかもしれないし、「そういうことあまり言われたくないです」と教えてくれるかもしれない。
山田:僕からしたら、もし質問した時にそれがセクハラだった場合、警報が鳴りそうな感覚があります。今のご時世の騒がれ方からすると、そんな怯えを持っている人もいると思うんですよ。
小島:そのような危機感を感じている人は大丈夫だと思いますよ。自分の価値観が絶対だと信じて疑わない人に警報が鳴ると思うんですよね。その考え方はもうダメですよ、と。けれど、鳴ったからアウトではなくて、そこから始まる学びでもあると思うんです。
私だって、いまで言うところのセクハラ的なトークもそうと知らずにいっぱいしてきたし。振り返ったらNG だったこともあるわけで。でも、そこから学習して、これからはやめようと決めた。それも許せないと言われたら、過去に一度も何も悪いことしたことがない人しか生きていけないような世の中になる。それって苦しいと思いませんか?
失敗したら一発アウト?
田中俊之さん(以下、田中):一発アウトみたいな雰囲気を感じるってことですよね。
山田:一発(芸人)……。俺……?
田中:違います!(笑)
山田:すみません。その言葉にちょっと敏感なもので(笑)
田中:『一発屋芸人の不本意な日常』(朝日新聞出版)でも書いていましたね。
山田:スッと、宣伝を!有難うございます。新しい本が出まして。
田中:話を元に戻しますと、今は何かやると、それで去らなきゃならないみたいな感じになっていて。でも、それは違うと思うんですよ。
小島:去年もいろんな事件があって、みんな学習しているはずなんだけど……。ケースバイケースなことも多いですからね。お互いがどんなつもりで言ったかを理解しあえる状況だったかとか。
田中:この話はとても重要なポイントで、文脈の話なのに、みんな点で捉えようとするんですよ。ある行為がセクハラ・パワハラに相当する、それ以外はセーフみたいな議論をしがちなんです。でも小島さんがおっしゃったように、線があって、つまり文脈があってのその言動が来るわけで。これはアウト、これはセーフという話ではないと、しっかり理解したほうがいいんじゃないかと思うんですよね。
小島:相手を普段からどう扱っているかとか、どういう目で見ているかとか。それがある一点に現れた時にハラスメントとして出てくるわけで。
田中:それを唐突に指摘されたと感じている時点で、その人の見込みが甘いわけですよ。伏線があることにすら気づいていないのは、鈍感なのだと僕は思います。
セクハラのジャッジより気持ちに寄り添う
山田:助走なしのセクハラはナシなわけですね。
一同:笑
小島:企業が社内のセクハラ事案に対応する場合、必ず当事者同士の言い分を聞くという方法を取る。客観的にみてそれが本当にセクシュアルハラスメントという事案に相当するかどうかジャッジするためです。それは大事な検証ですが、セクハラをされたと思っている人の気持ちを否定しないことも大事なのだそうです。本人が嫌だったと言っているのに、「そう感じるな」とか、「そう感じるお前が悪い」と言ってしまうのはダメだと思うんですよね。
山田:そうですね。
田中:それは本当に大事なことで。区別されていないと思うんですよね。ハラスメントを受けたと言われた時、その真偽と同等かそれ以上に、当事者のケアが大事なんですよ。だけど、加害者だと言われた側は防御に回って、「そんなつもりじゃない」とか、「そんなことはなかった」と言いがちなのですが……。
その人が被害を訴えているということは事実なのですから、その人の心身のケアと事実かどうかを明らかにすることは区分けして考えなきゃいけない。すぐに言い訳したり、被害妄想なんじゃないかと相手を責めることは、セカンドレイプ的になっちゃうなと僕は思うんです。
小島:そうですね。やっぱりまずは、本人の傷ついた、不快だった、ツラいという気持ちを第一に尊重してほしい。これは、逆のケースもあると思うんですよね。例えば、男は小さなことで傷つかないだろうとか、男の苦労は女に比べれば価値がないという言い方をする人も世の中にはいて。でも、そういう意見も不毛だと私は思うんですよね。今日ここに何人いるの? 2000人?
山田:いないいない(笑)
小島:とにかく、2000人いたら、2000人分のしんどさがあるわけですよ。それをランキング1位から2000位まで、誰がランキングできるんだって話ですよね。
田中:そうですね。
小島:男らしさがしんどいんだと聞いてピンとこなかったとしても、まず一度話を聞こうとする姿勢は必要ですよね。状況を教えてという姿勢は男女ともに必要で。それって、セクハラの話と同じだと思いませんか?
それが客観的にセクハラであったかどうかは別としても、傷ついたなら、あなたがなぜ傷ついたのか、私は話を聞きますよっていうことがまず大事なんですよ。逆も同じでね、おじさんだって、自分の話を聞いてもらえないのに、人の話を聞く耳は持てないよね。それはお互い様だもん。
山田:あざーす!!
小島:なんのだよ!(笑)
数の力でできること
小島:あとは世の中に、自分の居場所があることも大事だと思いますね。居場所は、与えてもらうものでもあるけれど、作ることもできるし。特に今の40代くらいの世代、団塊ジュニア世代と呼ばれるような人たちは、人数も多いので、この世代が中年であることにどういう態度で臨むかによって、中年解釈が変わってくる。すると生きやすい居場所もできると思うんですよ。この人口のボリュームを利用しない手はなくて。
山田:数の力ということですよね。
小島:はい。数の力で中年のあり方を男女ともに変えていけば、団塊の世代で止まっていた中年のあり方をその子どもの世代で書き換えることができるんじゃないかな。昔と違って高齢社会で経済成長も見込めないのだし。
田中:団塊ジュニア世代は最後の塊なんですよ。以降は子どもの数にばらつきがあって、塊はいないんですよね。
山田:今後は数の力が使えなくなる。
田中:じゃあ、どんなふうに変えていくかというと……。僕たちはつい、「女は」とか「男は」と主語が大きくなりがちなのですが、もっと「自分はこう思う」とか、「こんなふうに感じている」ということを出す。やっぱり「自分が」という自分の人生と紐づいた意見をしっかり出すことだと思います。そしてそれは同時に中年の責任なのかなって僕は思っています。
(構成:ウートピ編集部 安次富陽子)
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情報元リンク: ウートピ
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