コラムニストのジェーン・スーさんが会いたい人と会って対談する企画。今回のゲストはAV監督で『すべてはモテるためである』『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』などの著書がある二村ヒトシさんです。全3回。
【第1回】自分の傷に無自覚だとどうなる?中年クライシスと「心の穴」の関係
【第2回】「弱さ」を見せるのは男らしくない、「欲望」を語るのは女らしくない?
自分を幸せにするのが自分に課された唯一の義務
二村:人生をよりよくする男女の別れってあると思ってて。男も女も、自分の状態と相手の状態をよくわかっていれば、穏便ではないかもしれないけど、くっついたり離れたりをもっとできるって思うんだよね。
スー:わかります。愛も情もあるけど、幸せじゃないから別れるときって、あると思う。
二村:意地を張ってしまう人は幸せになれない。あと被害者意識ね。これが先に来ちゃうと幸せが遠のく。
スー:恋愛においては、どちらも被害者であり加害者ですからね。自分に課された唯一の義務って、自分で自分を幸せにすることだと思ってるんです。私は不幸になるために生きているわけではない、と。そこだけは裏切っちゃいけない。そこを裏切るとすごくダサい。
二村:同感です。
スー:人間には、自分の意思とは関係ないガチャで決まった親とか生育環境によってえぐられた穴がある。穴の形を自分で把握することは、自分が被害者であることを認めるのと同義で、それは男性にとっては社会的な死とイコールなので認めたくない。
二村:女性の多くは逆に、自分の被害者性を認めて生きている。スーさんのお母さんはやらなかったけど、母親って夫の加害を悪口として娘に吹き込むみたいなことを、しばしばやってしまうでしょう。
スー:そういうのは一切なかったですね。母は父の6歳年上なのですが、私が調子に乗って母がするように父をからかったりすると、「あなたは関係ないでしょう」と母から一蹴されてました。そこははっきりしてた。「お父さんがいなくて寂しいわ」とか、そういうことも一切口に出さなかったし。寂しかったとは思うけど、被害者ぶることを嫌う母親でした。それは私も同じです。
穴の話に戻りますが、穴に石膏(せっこう)を流し込んで出てくるのが欲望の形。欲望の発露に関係性の不均衡は付きもの。よって欲望の形を知ることは、自分が加害者にも被害者にもなり得ると自覚すること。女性にとっては、自分が加害者にもなり得るるという事態は、存在の辻褄(つじつま)が合わなくなることだから、欲望の形を確かめること自体が禁忌(きんき)になった部分もあるかも。
二村:ああ、それは気がつかなかった。だから女性は無意識に「リードしたがらない」のか。そうなんでしょうね。
スー:リーダーシップのある女性は敬遠されがちな傾向も残存してますしね。男性、女性ともに、異なる社会的禁忌(きんき)があるんでしょう。それを外す必要がありますね。男性は被害者になりうる自分を認め、女性は加害者になりうる自分を認める。
二村:被害者であることを認めたくないものだから、たとえばネトウヨになることによって加害者ムーブをとるとか、そういうタチの悪い男もいる。
スー:あー。自分たちが最弱者であるということを認めたくないからですね。
二村:コンビニで怒鳴ってる親父も同じ。あれ良くないよね。しかも悲しい。
スー:一方で、 加害性を自覚して、生きづらくなっている繊細な男性もいます。
二村:繊細な男性は一部の女性にモテるんだけど、自分がモテてしまったこと自体を加害と感じるし、叩(たた)けば埃(ほこり)が出る体だとわかっている。あるいは女性に対して悪いことをしてない愛妻家であっても、世の中で成功する人はお金を稼いでいるわけで、その点で自分に加害性を感じる。まともな男は罪悪感に押しつぶされ、まともじゃない男はますます威張る。
スー:私は年齢や社会的立場の変化から、自分が加害者になり得るという恐怖が年々大きくなっています。傾向として男女に振り分けられがちですが、本質的には権力勾配(こうばい)の話だから。権力を持てば、よっぽど意識してない限り加害性が付帯してくるわけです。パワーゲームですね。
二村:社会的には男女は対等になっていくべきですよ、政治とか企業とかはまだまだ時間かかるだろうけど。スーさんみたいな女性も増えていくだろうと思う。そうなっても興奮できるように、やっぱり信頼できる相手とのセックスのときだけ「プレイとしての支配と被支配」を楽しむしかないんじゃないですか。
「スペックがいい人と一緒になって認められたい」は欲望じゃない?
スー:緊張を伴わない信頼関係があると性的興奮から遠ざかる可能性について第2回で少し話しましたが、「プレイとしての支配と被支配」には、もうひとつ先にある信頼関係が必要なのかもしれません。
ところで、例えば父親が恋多き男だからといって「真面目で恋愛経験の少ない男性と生涯を共にしよう」という判断になるのは、これ欲望じゃないんですよね。自分を穴に落とさないための予防線でしかない。欲と反対側にあるものです。社会的地位のある人と一緒になって世間に認められたいというのも、本質的には欲望とは全く関係のない話だとも思います。
二村:臨床心理士の信田さよ子さんは「女は一目惚れした相手と結婚すると不幸になる傾向がある」っておっしゃってました。つまり第一印象で惹かれすぎてしまうというのは心の穴の作用だから、そこは自覚的になれってことです。
でも今スーさんがおっしゃったのはむしろ逆で、自分の本質的な欲望を抑え込んで賢く生きようとしても、人生の満足は得られないよってことですよね。矛盾した話だけど、これ、どっちも当たってると思う。
スー:自分のシーソーがアンバランスに傾いていることだけはわかる。ただ、どっちにどう傾いているかがわからなくて、とりあえずグラグラしないために重しを乗せてみようとか、無作為に重しだけいろいろ買ってきてはバラバラ乗せてみるとか。いろいろやっても、自分の欲望のありかがわからないとダメですね。他人に認められるためのスペックを追求しても、それは自分の欲望を満たすことにならない。
二村:どっちかに傾きすぎてスッ転ばないよう、うまくギッコンバッタンできるようになるべき。
心の穴にズッポリはまりこんだまま、これが自分の恋心に殉じることだと勘違いして手首を切り続けている人もいっぱいいるしね。そこまで行っちゃわないためにも、スーさんが言うように一回ちゃんと穴に落ちて痛い目にあって、自分は何を欲しがっていたのか見極めてもいい。そこから遠ざかるんじゃなくて、それを満足させつつ、自分の心の穴と向き合う。心の穴なんて一生の課題なんだから、向き合いながら、実人生で致命傷を負わないように生きるためにそれぞれカスタマイズできる。
スー:拙著『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』で「清水の舞台から飛び降りて複雑骨折するの超楽しい」って書いたんですよ。欲望全般で、それをやるといいのかもしれません。飛び降りないで、安全なところだけで狩りをしてても、結局のところ不定愁訴の人生になる。
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情報元リンク: ウートピ
自分に課された唯一の義務は自分を幸せにすること【二村ヒトシ×ジェーン・スー】