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「いい嫁ではないが、いい妻である」 私が頑張るのをやめてよかったこと【吉田潮】

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現在放送中の火曜ドラマ『私の家政夫ナギサさん』(TBS系)。多部未華子さん演じる主人公の相原メイと、スーパー家政夫・ナギサさんの出会いから始まるラブコメディです。

見事な家事テクニックに「私の家にもナギサさんが来てほしい」という感想も多い中、家政夫を雇っていることを隠すメイに違和感があるという、ライターの吉田潮さん。

「家政夫を雇える自分に誇りを持っていい」と言うその理由とは——?

ハウスクリーニングにお願いしたら、14年分の汚れが落ちた

火曜ドラマ『私の家政夫ナギサさん』が腑に落ちない。キャリアウーマン役の多部未華子よ、なぜスーパー家政夫・大森南朋を頑なに隠すのだ……。

そんなことを考えていて、年末の大掃除のことを思い出した。

大掃除のハイライトといえば、水回りだ。カビキラーの刺激臭と手についたときのぬるぬる(その後の手荒れももれなくセット)は致し方なし。お金を出して人に頼むようなことでもないと思っていた。が、昨年初めてハウスクリーニングを頼んだ。台所とトイレ・浴室の水回りセットで4万2000円。若い男性がひとりで来て、特殊な薬剤を使い、5時間もかけて黙々と掃除。決して安くないが、想像を絶する効果だった。

「え、ここ、銀色だったのね……ここは白色だったのか!」

茶色がデフォルトだと思っていた部分が、本来の色を取り戻した。この家で暮らす14年分のヨゴレが除去された。自分で掃除しても、ここまでキレイになったことはない。今まで頑張ってきた時間が「無駄」に思え、プロに任せる意義を痛感した(つうか、あの薬剤がほしい)。

金で解決、人に頼る、プロに任せる。とてもいい時代だとつくづく思う。ハウスクリーニングにベビーシッター、ペットシッター、マンパワーのサービスが多種多様になり、スマホひとつで業者を比較して選ぶことができる。できないこと、やりたくないこと、プロに任せたいことは、ひとりで頑張らなくていい。ストレスで心を摩耗したり、体力や時間をとられる必要もない。

家事ができないのは恥だという時代錯誤な思い込み

しかし、これを阻むものがある。ひとつは「お金の問題」だ。良質なサービスに金がかかるのは当然のこと。日常的に依頼するハードルは高い。

でも、それよりも、特に女性が自分自身に課していると思われるのが「女なら家事ができて当たり前」という呪縛である。料理、掃除、裁縫に家計のやりくり。できないことは「恥」であり、人に頼めない・頼んではいけないと思い込んでいる。たぶん、ここに育児も入る。

話は逸れるが、日曜日の昼に放送している長寿番組『噂の!東京マガジン』(TBS)をご存じだろうか。「平成(現在は令和)の常識やって!TRY」というコーナーがあるのだが、街角でつかまえた人にお題を出して、いきなり料理を作らせるロケものだ。なぜか選出されるのは若い女性ばかり。「サバの味噌煮」「ふろふき大根」「イカメシ」などの難題を出して、いかに料理ができないかを見せて皆で笑うという鳥肌モノのコーナーだ。

今はだいぶ改善されたらしいが、「料理ができない=恥」と女性に刷り込んできた罪はかなり重い。ぶっとんだ料理を作るほどウケるというテレビの法則はわからんでもないが、真意は「女なら料理できて当たり前」を押しつける悪意のあるミスリードでもある。

家事代行を発注できる自分を誇りに思ってほしい

ちょっと前にTwitterで話題になった「ポテサラじじい」も記憶に新しい。スーパーの総菜コーナーでポテトサラダを買おうとした女性が、見ず知らずのじいさんに「母親ならポテトサラダくらい自分で作れ!」と言われたとかなんとか。

女ならできて当たり前、妻ならできて当たり前、母ならできて当たり前。もちろん、男には男に課せられる「できて当たり前」もあるだろうけれど、家事関連は女に課せられてきたものが多すぎる。そして、そう思い込まされているのも事実だ。

「私の家政夫ナギサさん」は、その呪縛を解いてくれそうな気配もある。主役の多部未華子は製薬会社のMRで、仕事ができる女性だが、家事が一切できない。そこに現れたのがスーパー家政夫の大森南朋。大森が多部の生活と精神状態をサポートしてくれるという設定。

ただし、多部は家政夫を雇っていることを隠している。まず、そこを変えてほしい。家事ができなくても仕事はできるのだから、もっと自己肯定感を高めてほしい。家政夫を雇える自分に誇りをもてばいいではないか。

「いい嫁」になろうとしなくて、よかった

私自身、頑張らなくてよかったと思うことはいくつもあった。低用量ピル飲んでよかった、会社員やめてよかった、子供がいなくてよかった、父を老人ホームに入れてよかったなど。コロナ禍だからこそ、頑張らなくてよかったと思えることもたくさんある。

でも、これまでの流れでいうならば、「いい嫁になろう」と頑張らなかったことが大きい。嫁ってのも定義がよくわからないが、夫の家に入って補助的に支えるという意味ね。

静岡で家業(超零細の卸加工業)を継ぐ夫とは別居で、私は東京で自分の仕事をしている。私が頑張るべきは自分の仕事であり、夫に何かあって働けなくなったときのための経済基盤を築いておくことだ。世間が求める「いい嫁」ではないが、夫に依存はしていないし、われながら「いい妻」だと思っている。料理が下手でも問題ない。冷凍食品で美味しいから揚げや餃子もある。つうか料理上手な夫が作ればいい。

人には向き・不向き、得手・不得手がある。そこを自覚して、無駄にあがくことをやめた。「こうあるべき」「できて当たり前」を求めてくる人や世間を疑い、さらには自分で思い込んでいた妙な義務感や罪悪感を払拭した。そうしたら楽になった。

もちろん、できることはやる。「家事はできないが、これはできる」と胸をはって言えばいい。女だからどうこうではなく、人としての自己肯定感を高めたほうがストレスも摩擦も減るはず。

(吉田 潮)

情報元リンク: ウートピ
「いい嫁ではないが、いい妻である」 私が頑張るのをやめてよかったこと【吉田潮】

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