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これからは上手に「コースアウト」する技術も必要 嵐の活動休止に思うこと

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2019年になっても、私たちをとりまく環境は何かと騒がしい——。それは、私たちが常に今を生きていて「これまで」と「これから」の間で葛藤を繰り返しているからなのかもしれません。

その葛藤や分岐点とどう向き合うべきか。エッセイストの河崎環さんに考察していただく連載「5分でわかる女子的社会論・私たちは、変わろうとしている」。

第5回は、アイドルグループ嵐の活動休止のニュースを受けて、人生から「コースアウト」することについて考えます。

これって40歳がする仕事なんだろうか

田中 「これって40歳がする仕事なんだろうか」みたいな葛藤って、会社員にもあると思います。——「中年男ルネッサンス」(イースト新書/田中俊之・山田ルイ53世)

ジャニーズ事務所所属アーティストの中でも筆頭グループである嵐の2020年活動休止報道で、にわかに騒がしくなった昨今。活動休止決断のきっかけは、リーダー大野智さんの「一度、何事にも縛られず自由な生活がしてみたい」「嵐20周年、そして2020年という区切りで嵐としての活動を一旦終えたい」との思いにあったと会見でも自身の口から説明されました。

その思いが生じたのが2017年6月、ちょうど嵐の先輩グループであるSMAPが衝撃的な解散をしたのち、稲垣吾郎さん、草なぎ剛さん、香取慎吾さんの先輩3人が事務所を退所した時期であったことに、何らかの因縁を感じてしまうのは私だけでしょうか。

3年前、SMAPの解散が社会現象にまでなったのは、それが現代の40男の生き様やキャリア論に何かを示唆していたからです。女性メディアが、自分たちが20年以上応援してきた男性アイドルグループ解散の「悲劇」に悲鳴をあげる隣で、男性メディアは突如芸能界から突きつけられた「おじさんの人生」という現実の鏡に映った自分の姿を直視して、悲鳴をあげていました。SMAPのメンバーそれぞれの選択、特に木村拓哉さんの身の振り方について、普段、キムタクになんか興味ないという顔をしていたおじさんたちこそが「嫁ブロック」だの「保身」だの、いや「プロとしての矜持」だのという言葉を使って侃侃諤諤だったのが印象的でした。

その頃、男性アイドルの実年齢を改めて並べ記したツイートが大いにリツイートされ、「SMAPどころか嵐も立派なおじさんだった」「松潤が……」「たのきんや少年隊に至っては(以下略)」などのコメントで沸きました。毎日メディアで顔を見る男性アイドルの隠れた高齢化に、私たちは認識を新たにしたのです。

今回活動休止を発表した嵐の最年長、大野智さんは現在38歳。最年少の松本潤さんでさえ、35歳です。人生のうち、思春期からの20年以上の人生を芸能界で過ごしてきた男性たち。嵐が活動休止を予定する2020年が東京オリンピック・パラリンピックの年であるだけでなく、大野智さん本人が40歳を迎える年であることにも、視聴者は「察し」たのではないでしょうか。

嵐は、嵐のままで40歳を迎えないことにしたのだと。

ブレーキや引き算は、逃げではなくて高等な生存戦略

山田 やっぱり多くの中年男性は、「40代は一廉(ひとかど)の人物であるべきだ」「ギラギラ前のめりで圧倒的存在になるのがカッコいい」というプレッシャーに縛られて、レースを降りられなくなっているんですかね。あるいは、レースはとっくに終わっているのに、次の行き先が決められないんだと思います。

田中 社会学に引きつけて言えば、ライフ・サイクル論からライフ・コース論へという転換が起こっています。ライフ・サイクル論は、標準的な人生のサイクルを設定して、それを基準に分析をする研究手法ですが、誰の人生も同じ規則性を持って推移するという前提が通用しなくなりました。だから、それぞれの人生の個別性や固有性に着目するライフ・コース論へ移行したんです。ひと昔前であれば、40代の男性であったら既婚者で、子どもがいて、一家の大黒柱としてそこそこ稼げているという世間のイメージと実態がそれなりに一致していました。でも、現代では、こうしたイメージは残っているけれど、誰もが現実にそれを達成できるわけではなくなっています。

——「中年男ルネッサンス」(イースト新書/田中俊之・山田ルイ53世)

芸能界の中で育つ男性アイドルと、一般男性のキャリアを同じ線路に並べることはできません。でも不思議なことにいつの間にか「レース」に放り込まれ、その中で生存をかけて頑張っている(頑張らされている?)という構図は相似形。30代や40代になって結婚して家庭を持つという、ごく普通の願望をどうキャリアの中に組み込むかの悩みも、互いに似ているところです。

メディアで等身大以上に演出され、視線の的となって莫大な熱量の思慕の念に晒され、その中で人格形成とキャリア形成をするアイドルも、ひとたび仕事を離れれば普通の男性なわけで。その「普通」を極力否定してきたのがかつての男性アイドル的ショービジネスのあり方で、それは女性アイドルよりもプレイヤーが限定されていたがゆえに遥かに特殊な文化で、女性アイドルが(日本のドメスティックな文化軸で相対的に)進化し社会的に拓けていくのを横目に、実は意図的に置き去りにされていたように感じられます。

人間なら当たり前のつまづきや苦悩を表に出すことができず、そんな弱さを垣間見せることさえもアイドル的な脚色、演出に従わざるを得なかった。その不自由さは、ひと昔前の女性アイドルと同等か、ネット時代ではむしろ逆行してさらに前時代的になっていたかもしれません。ネット文化が熟した2010年代の男性アイドルとは、相当に不自由な存在のはずです。

昨年、圧倒的な売り上げのCDデビューで話題と人気をさらい、紅白歌合戦にも出場を果たしたKing&Princeの岩橋玄樹さんがパニック障害の療養のため、デビューの1ヶ月後に活動休止の決断をしたことも話題となりました。19歳から23歳の6人組男性アイドルグループのメンバーが、華々しいデビュー直後に精神的なプレッシャーから生じる心身の不調を公表し、療養のために舞台を降りるということが「可能で」「社会的に共感され、認められ、励まされる」ということに、私はこれまで自分たちをひたすら騙し騙しやって来ざるを得なかったかつてのアイドルたちを思い、ポストSMAP時代のアイドルの変質を感じました。

多忙なスケジュールに翻弄され、ミッションに対して真正面から向き合う姿勢も、もちろん立派です。でもそれが当然だとされたり、「男性だから・男性なのに」というプレッシャーで現実の思いから遠く離れたつくりごとの人生を強要されるのは、酷ですよね。パニック障害を公表できるような社会になっていること、自分を大切にする決断は逃げでも、恥ずかしいことでもないと社会的な合意ができていることに、いい時代が来て本当に良かったと思います。

長い人生だからこそ、自分の状況に応じてブレーキを引くことも、引き算をすることも、むしろ積極的で賢明な生存戦略なのだということ。自分の人生を生かされるのでなく、人生を生きるために、あえて「コースアウト」する技術がこれからは必要なのかもしれません。

本日の参考文献:
中年男ルネッサンス』田中俊之・山田ルイ53世(イースト新書)

(河崎 環)

情報元リンク: ウートピ
これからは上手に「コースアウト」する技術も必要 嵐の活動休止に思うこと

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