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私たちは1000年続くタブーだって変えられる 映画『パッドマン』が教えてくれること

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もし、生理用品がなかったら——? 現代の日本で生きる私たちにはもうそんなこと想像できません。しかし、2001年になっても、インドの生理用ナプキン(パッド)の普及率は12%ほどだったといいます。そして衛生的な生理用品が手に入らないため、生理障害に苦しむインドの女性も多いのだそう。

宗教観や、経済的な事情などが複雑に絡み合い、現代においてもいまだに根深く残る「月経のタブー視」。その中で、生理用品の普及に力を尽くす男性の実話を元にした映画『パッドマン 5億人の女性を救った男』が2018年12月に公開され、話題となっています。

歴史社会学者で、『生理用品の社会史 タブーから一大ビジネスへ』(KADOKAWA・ソフィア文庫から2月に刊行予定)の著者でもある田中ひかるさんに、『パッドマン』の感想をつづっていただきました。

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映画『パッドマン』の公開、待ってました!

現在公開中の映画『パッドマン 5億人の女性を救った男』のモデルとなったアルナーチャラム・ムルガナンダム氏を追ったインドのドキュメンタリー番組を見たことがある。

すでに21世紀を迎えていたが、インドの農村部では月経タブー視(不浄視)が根強く、「穢れた身」とされる月経中の女性が、屋外のマットレスの上で数日間を過ごしていた。いわゆる生理用品は存在せず、女性たちは新聞紙や灰、もみ殻、砂、枯葉などに経血を吸収させていた。

ボロ布を使用している女性もいたが、不潔な布は膣炎や不妊症の原因となるため、使い捨てができる新聞紙や灰の方がまだマシだという医師のコメントも紹介されていた。

月経中は学校へも通えないため、小学生の女の子たちは卒業までに平均200日も欠席しなければならない。当然勉強は遅れ、進学、就職もままならず、男女格差は埋まらないのだった。

こうした状況の中、ムルガナンダム氏は、女性たちのために安価で衛生的な生理用ナプキン(パッド)を普及させようと立ち上がったのである。彼はナプキンの製造に成功するだけでなく、女性たちにナプキン製造機を販売し、女性の自立を促すビジネスにまで発展させ、2014年には米タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた。

この痛快な実話が映画化されたと知ったときは「待ってました!」と思うと同時に、果たして生理用品について率直に描くことができるのだろうか?とも感じた。なにしろインドでは、いまだに月経タブー視が根強く生きているからだ。しかしそれは杞憂だった。

月経のタブー視と戦ったラクシュミ

物語の舞台は、2001年の北インドのとある町。ここでは、月経タブー視にもとづく慣習が固く守られていた。主人公ラクシュミの新婚の妻ガヤトリも例外ではない。あるときラクシュミは、ガヤトリが経血の処置に粗末な布を使っていることに驚き、彼女のために衛生的な外国製のナプキンをプレゼントするが、ガヤトリは家族の目を気にして、金銭的な理由などを言い訳に受け取りを拒否する。不衛生な布を使うことで妻が病気になってしまうのではないかと心配でたまらないラクシュミは、それならば手作りしようと考え、試行錯誤を始める。

しかし皮肉なことに、ラクシュミのナプキン作りに最も反対したのはガヤトリだった。彼女は自分の夫が「女の穢れ」にかかわろうとすることが恥ずかしくてたまらない。「恥をかくより、病気で死んだほうがマシ」とまで言い、ラクシュミを止めようとする。ガヤトリ自身が月経タブー視を内面化してしまっているのだ。周囲から変人扱いされ、孤独に陥るラクシュミの一番の敵は、月経タブー視だったのだ。

あるときラクシュミは、夫に暴力をふるわれても従わざるをえない若い女性を目にし、「簡易ナプキン製造機」を開発して彼女たちの自立を促すことを思いつく。ラクシュミが「パッドマン」と呼ばれ称えられる所以は、安価で衛生的なナプキンを作り普及させたということはもとより、貧しい女性たちに「ナプキン製造」という仕事を与え、自立をうながした点にあろう。

ナプキン製造を独占すればラクシュミは大儲けができたはずである。しかし彼はあえてそれをしなかった。理由は彼自身が映画の終盤、国連におけるスピーチで熱く語ってくれる。このスピーチだけでも十分に見ごたえがある。

平安時代から続いた「血の穢れ」

日本の女性たちは、この映画を別世界のこととして受け止めるだろうか。実は日本でも長い間、月経が不浄視されており、女性たちは不便な経血処置を強いられていたのである。

日本の場合は、平安時代の支配者層が父系制を確立するため、つまり女性を抑圧するために「血の穢れ」の観念を案出したということが、最近の研究で明らかになっている。具体的には『貞観式』や『延喜式』に「血穢(けつえ)」の概念が規定されたのである。その後、室町時代に大陸から入ってきた「血盆経」という偽経によって、「血の穢れ」の概念、つまり月経不浄視が一般化した。

「血盆経」は一言で言うと、「女性は月経やお産の際に流す経血によって、地神や水神を穢すため、死後は血の池地獄へ堕ちる。もし堕ちたくなければ、血盆経を唱えよ」という内容で、仏教各宗派(天台宗、曹洞宗、浄土宗、真言宗など)が女性信者獲得のために唱導した。

その結果、月経不浄視にもとづく月経小屋への隔離や、食事を別にする「別火」(穢れは火を介して移ると考えられていた)、神社仏閣への参拝の禁止、乗舟の禁止といった慣習が、全国的に行われるようになったのである。

平安時代に案出された「血穢」の規定は1000年間も生き続け、1872(明治5)年に公に廃止された。廃止のきっかけは、開国当初、大蔵省を訪ねたお雇い外国人が、妻の「穢れ」を理由に欠勤している役人に呆れて抗議したことだと言われている。

しかし公に廃止されたあとも、月経不浄視にもとづく慣習は地域社会に残存し、戦後も根強く生き続けていた。1970年代に月経小屋が使用されていた地域もある。

アンネナプキンの登場

日本社会の月経不浄視が一気に解消したのは、生理用ナプキンの登場に負うところが大きい。ナプキンの元祖は、1961年にアンネ社が発売した「アンネナプキン」である。27歳の主婦、坂井泰子さんが「女性の生活を快適にしたい」という一心でアンネ社を立ち上げ、試行錯誤の上、アンネナプキンを完成させた。

それまでほとんどの女性が、丁字帯や「ゴム引きパンツ」と脱脂綿を併用した経血処置を行っていた。しかしそれでは不十分で、経血が漏れたり、脱脂綿が転がり落ちてしまうことも珍しくなかった。

ナプキンができたことで、女性たちは安心して外出できるようになったのである。高度経済成長期の真っ只中、社会へ進出しはじめた女性たちを支え、その女性たちから圧倒的に支持されたのがアンネナプキンだった。

このように、ナプキンが女性たちを物理的に支えたということも重要だが、アンネ社の斬新な広告戦略によって月経不浄視が払拭されたという点も見逃せない。

さらに、ナプキンの性能が月経不浄視を払拭したとも言える。経血が漏れなくなったことで、女性たちは周囲から月経中であることを悟られなくなり、小屋にこもるなど「忌むこと」を求められなくなった。さらに、忌まずとも何ら支障がないということを当の女性、そして周囲も信じられるようになったのである。

インドについても同様のことが言える。ラクシュミが製作したパッド(ナプキン)は、女性たちの活動範囲を広げただけでなく、彼女たち自身に内面化された月経タブー視、そして社会のタブー視を払拭しつつある。

映画『パッドマン』は日本の女性たちに、あまりに身近すぎて普段は顧みることのない生理用品が、女性の生活を支えるだけでなく、社会の月経観や女性観をも転換させた偉大な存在であるということを教えてくれる。

■映画情報
パッドマン 5億人の女性を救った男』上映中

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(田中ひかる)

情報元リンク: ウートピ
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