日本で大規模ロケを決行し、公開初日で約164億円、累計で約770億円をたたきだす爆発的ヒットを記録した中国映画『唐人街探偵 東京MISSION』(チェン・スーチェン監督、7月9日より公開中)。日本からも妻夫木聡さん、長澤まさみさんらがキャストとして参加し、話題になっています。
日中のスタッフ・キャストが集まったこの作品に通訳として参加しているのが湯櫻(たん・いん)さん。中国・上海生まれ。4歳から日本で育ち、大学院修了後は日中合作映画のスタッフや映画関係の通訳などをして経験を積んできました。コロナ禍を経て現在は日本映画のスタッフとして働いています。
会社勤めの経験はなく、仕事との関わり方は基本フリーランス。「通勤ラッシュが嫌で就職する気になれなかった」という湯さん。自身のキャリアを「いつも行き当たりばったり」と振り返ります。
予測不能な世の中で、あえてプランニングせず生き延びる湯さん的キャリアの築き方と強みを聞きました。
【前編】「この人が言うならやってみよう」他人の評価に乗ってみる働き方
——私も中国の機関と仕事をしたことがあるのですが、自分の仕事の線引きがはっきりしていると感じました。それが協調性を大事にする日本人には理解しにくい部分かなとも感じるのですが、とても合理的だと思う場面も多かったです。前回の仕事の仕方のお話を聞くと、湯さんは中国的なやり方に近いのかなと感じました。
湯櫻さん(以下、湯):そうかもしれませんね。どっちが良い・悪いという問題ではないですが、仕事の線を引くときは中国的なやり方になっている気がします。でもそれは自分が中国人だからということではなく、合理的な考え方が性に合うからだと思います。
私は最初の現場が日中合作映画だったので、そもそも双方のやり方も常識も知りませんでした。いろいろと見たり学んだりしてきた中で、自分に合った仕事のやり方や考え方を双方から拝借しています。双方のハイブリットというか、「湯式」のやり方を日々模索しているという感じですね。
——今回の取材をお願いした時、「多様性」や「日本で働く外国人女性」という文脈では取り上げないでほしいと言われたことが印象的でした。何か嫌な思いをした経験が?
湯:特に嫌な思いをしたことはないので、ただの自意識過剰ですよね(笑)。私は自分のことを他人と比べたり、集団の中での自分というものをあまり意識したことがないので、そもそもマジョリティとかマイノリティとかどうでもいいんです。自分が無頓着なものにカテゴライズされることに違和感があるので、そういうお願いをしました。物事に名称をつけたり、自分の立ち位置を明確にしたりすることで安心する人がいますが、私は曖昧でグレーでいるほうが居心地がいいです。
——『唐人街探偵 東京MISSION』は、2019年に数カ月間にわたって日本で大規模ロケが行われた映画です。この作品の現場通訳としても、さまざまな考え方の違いを感じたと思いますが、今回はそのお話を聞かせてください。そもそも、本作に参加することになったきっかけは?
湯:4年前に『一出好戯 THE ISLAND』という中国映画に参加して、屋久島に半年くらい滞在をしました。その時の体験を友人に面白おかしく話していたら、そのうちの1人が勤めている会社で『唐人街探偵 東京MISSION』の日本ロケを引き受けることになり、私のことを思い出して連絡をくれました。
——具体的にどんな場面で通訳をしていたのですか?
湯:初期の中国メインスタッフたちが来日した時は、あまり部署に関係なく、いろいろな会議やロケハンの通訳をしていました。その後部署の配置があり、美術部を担当することになりました。この映画はビジュアルで訴える部分が多いため、美術にかける予算が大きく、ミスのないように慎重に通訳をやる必要がありました。
美術部は美術監督と数名のスタッフが中国人で、残り数十人が日本人でした。双方のイメージの共有から、図面のやり取り、制作物のチェックなどが主な仕事で、常に数カ所の撮影現場を先回りして準備をしていました。
「常識」が異なる者をつなぐ役目
——日本側・中国側スタッフの橋渡しとして、苦労したことは?
湯:一番苦労したのは、スムーズに意思疎通をはかるための土台作りです。映画の作り方や、進行に対する意識が日本と中国で全然違うので、まずそこの認識を統一することが言語の問題よりも大変でした。
美術部の例を挙げると、中国では基本的には360度どこから撮られてもいい状態で仕上げるけど、日本の場合はカメラに映りそうな部分だけを作ります。日本の美術スタッフがいつもどおりのやり方で準備をしていたら、中国人の美術監督が「反対側から撮る時はどう対応するの?」と困惑していました。それを言われた日本の美術スタッフは「反対側から撮るつもりがあるって聞いてないけど?」と困惑していました(笑)。
どちらもイニシアチブを取りたいけど、それぞれの常識が異なるので、その違いを伝えて納得してもらわなければならない。その上で、「どちらの方向でやるか決めてください」と持っていくところまでが大変でした。
「プランB」を用意しない中国側
——日中双方の仕事の進め方に、それぞれ良い点と悪い点があるとは思うのですが、『唐人街探偵 東京MISSION』の現場で、中国側から学んだほうがいいと感じた部分はありますか?
湯:絶対に諦めない粘り強さでしょうか。もちろん、制作費が潤沢にあるということ、彼らが日本の通常のやり方を知らないことが前提にあるのですが、「この場所で撮りたい」と思ったら、とにかく諦めない。どんな手を使ってでも撮るし、日本側に要求してきます。「代案を考えずに突き通す」という姿勢は学んでもいいのかなと思いました。
——日本ではスケジュールどおり進めるため、あらかじめ「できなかったときのためのプランB」を用意しますよね。それはそれで、すごく大事なことだとは思いますが。
湯:この映画のチェン・スーチェン監督も「なぜ日本人は、『ここで撮りたい』と提案すると、挑戦する前に『できない』と言うんだ?」といつも言っていて、そこは理解できないようでした。日本側スタッフが粘り強く撮影交渉を行った結果、ロケ地についてはほぼ希望した場所で撮影ができました。ロケ地が撮影を断るときの最後の手段が「厳しいスケジュールや高額の使用料を提示すること」なのですが、中国映画はマックスの厳しい条件を提示しても「やる」と言ってくるので、諦めて撮影を受け入れるしかないのでしょうね(笑)。
どうしても撮れない場所、例えば渋谷スクランブル交差点は栃木県足利市に巨大なオープンセットを建設しました。首都圏外郭放水路の巨大タンクの壁面と底も、北京近郊のスタジオでセットを作りました。
最初は中国のむちゃぶりに辟易していた日本スタッフも、実際にロケ地が決まって撮影が始まる段階になると「日本人だったら思いついてもやらない場所や、やりたくてもできなかったことをやれるのは楽しい」というふうに考えが変わっていました。
それを実現できる資金力はうらやましい限りだということも、みんな口をそろえて言っていました。
映画作りは楽しくてしょうがない
——最後に、今後のプランについて聞かせてください。
湯:コロナ禍の前に、自分がプロデューサーとして作品を作る時のために、知人と一緒に会社を作っているので、いずれそこで自分が作りたい映画を制作できればと思います。ただ、自分主導で何かモノを作るときは100%思いどおりのものを作りたいので、そうなるとさまざまな人が参加する「映画」という表現では難しいのかもしれない……ということに気づきつつあります。絵とかマンガとか文章とか、1人で完結するもののほうが向いているんじゃないかと思い始めています。
映画の現場スタッフには面白い人がたくさんいて、いろいろな経験やエピソードを持っているのに、それを進んで発信する人はあまりいないんです。「演技事務って何?」「助監督の仕事って?」みたいな話を、興味を持ってもらえるように発信するなら、私でもできるのかもしれない。映画作りという集団作業でインプットしたことを、個人作業でアウトプットするようなことができたらいいなと思っています。
——確かに、日本映画の現場は「キツくて大変」というイメージだけが一人歩きして、実態をよく知らないかも。
湯:マイナス面の話のほうが報道やSNSなどで拾われやすいからだと思うのですが、マイナスを発信して共感してほしいという気持ちが私にはありません。私は映画の現場が楽しくてしょうがないので、マイナス面を発信したくてもできないというか、笑い話がどんどんたまっていくだけなんですよね。学生時代って文化祭の準備も当日もすごく楽しかったんですけど、映画作りって終わらない文化祭みたいなものなんです。いい大人たちがけんかしたり、分かり合ったり、絶交したり、泣いて喜んだり、とても人間臭くておかしな場所です。そういう楽しくて奥が深いということを伝えることで、映画作りに興味を持って、映画界に入る人が少しでも増えればいいですね。
■映画情報
『唐人街探偵 東京MISSION』
7月9日(金)より全国公開
配給:アスミック・エース
(C)WANDA MEDIA CO.,LTD. AS ONE PICTURES(BEIJING)CO.,LTD.CHINA FILM CO.,LTD “DETECTIVE CHINATOWN3”
(聞き手:新田理恵)
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情報元リンク: ウートピ
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