中学時代にいじめを受けたことをきっかけに不登校になり、7年間引きこもっている長男とその家族の姿を描いた林真理子さんの小説『小説8050』(新潮社)が4月28日に発売されました。
80代の親が50代になった子供を支えるいわゆる「8050問題」を題材に、ある一家の絶望と再生を描いた物語で『週刊新潮』での連載当時から話題になり、単行本も発売前に重版が決定。8万部*を突破しました。*2021年5月28日現在
はたから見たら恵まれた生活を送っているかに見える歯科医・大澤正樹は、長女の結婚をきっかけに引きこもりの長男と向き合う決心をします--。
「発売前からこんなに反響のある作品は、作家生活40年で初めて」と話す林さんにお話を伺いました。前後編。
「7年前のことでも裁判は可能」目の前が開けた瞬間
——『小説8050』は2019年5月に起きた農林水産省の元事務次官が息子を殺害した事件をきっかけに執筆されたと伺いました。執筆の経緯を教えてください。
林真理子さん(以下、林):小説を執筆する際は、私からこのテーマで書きたいとお伝えするときもあるのですが、今回は新潮社さんから引きこもりの問題、いわゆる「8050問題」をテーマにどうですかと提案されました。
正直に申し上げると最初は気乗りしませんでした。重いテーマなので、そのまま書いても小説にならないと思いました。その時は、新聞や雑誌の連載も抱えて大変な時期だったのですが、私にとって都合がいいことに新潮社の事情で連載が1年延期になったんです。そのおかげで、2年くらいは資料を読む時間も取れました。でも資料を読めば読むほど切実で、どんなふうに小説にしたらいいのか本当にわかりませんでした。
そんなときに「過去に自分をいじめたクラスメートを裁く」という展開を思いつきました。実際に可能なのか弁護士の先生に伺ったところ「7年前のことでも裁判は可能です」とおっしゃった。目の前がパーっと広がるような気がして「それなら書ける!」と思いました。
——執筆する上で意識されたことは?
林:深刻な現実をそのまま書いても読者の興味を引けないので、希望が持てる小説にしようと思いました。「8050問題」は「80」代の親が「50」代の子供の生活を支えることを指しますが、それでは遅すぎると思い、年齢を下げて50歳の父と20歳の息子という設定にしました。
——7年前に息子をいじめたクラスメートを訴えると決めたところから父と息子のドラマがさらに盛り上がりを見せます。裁判という展開にしたのは?
林:いじめで学校に行けなくなってしまった子はよく「復讐(ふくしゅう)したい」と口にします。私自身も、社会的に裁いてもらわないと救われないと思いました。いじめられた子は、自分が自殺すればいじめっ子が社会的に制裁を受けると思うかもしれないですが、未成年なので名前も公表されません。そしていじめたほうはそんなこともいつの間にか忘れて、普通に社会に出ていく。だったら自殺なんてしないで生きて戦わないといけないと私は思います。
年を取ってからの女の友情っていい
——正樹の妻・節子は会社員時代の上司の葬式でかつての同僚・奈津子と再会します。2人がそれぞれ家族の問題を抱えながらも”女の友情”を育んでいく姿に希望が持てました。
林:そう読んでくださったのはうれしいです。若い時って、学歴や旦那の収入なんかで同窓会に行くのに気後れしたりもしますが、私くらいの歳になると親の介護の話ですごく盛り上がるんです。私の親は亡くなりましたが、親の介護をしている同世代って多い。いくら相手がお金持ちやエリートでも、親の介護を口にした途端、すごく心が寄り添うんです。年取ってからの女の友情っていいですよね。
——奈津子の影響で節子自身も変化していきます。
林:奈津子が浅草の仏壇屋の女房というのも気に入っています。浅草の仏壇屋という設定にしたのは、昔、バラエティ番組に山口もえさんのご実家(浅草の大手仏具店)が出ていてそれが頭に残っていたからなんです。
——小説を執筆する際、人物の設定はどんなふうに決めていくのですか?
林:予定のない日は、夕方から夜までずっとテレビを見ているので、いつの間にか頭の引き出しに入っているのかもしれないですね。あとは街へ出かけたりして見聞きしたものも大体引き出しに収められているので「どんな仕事にしようかな」と考えたときに引っぱり出してくるんです。
不思議なのが、モデルにしようと考えている人がいたとして、「まるまる同じ設定にするのはよくないな」と思ってちょっとズラすとまったくリアリティがなくなっちゃうことなんです(笑)。例えば、仏壇屋のおばさんも「仏壇屋そのままはマズイから洋品店にしよう」と変えると、人物のイメージが全然違ってきちゃうんです。
なんとか2人には幸せになってほしい
——裁判の場面を執筆するにあたり、裁判所に足を運ばれたと伺いました。執筆する上で大変だったことは?
林:東京地裁に行って弁護士さんが模擬裁判のようなことをしてくださったんです。私は忙しい編集者に付き合わせるのは申し訳ないからと一人で行ったんですが、頭の容量を超えちゃって。「今度からは若い人を連れてきてください」と言われちゃいました。次からは担当編集さんが同行してくれて全部テープに起こしてくれました。法廷なんて私が一番苦手な分野なので頭の中がこんがらがっちゃって噴火しそうになりました。
でも、自分がわからないまま書いても読者に伝わらないので、自分自身が理解できるように言葉や表現を言い換えたりして書いたのですが、今回はいろいろなことがわかったし勉強になりましたね。弁護士の先生からは「リーガルドラマの見過ぎです」って笑われましたけど。
——週刊誌での連載を経て、一冊の本になってみていかがですか?
林:本当に大変でした。私の得意分野ではないので一つの挑戦でしたが、こんなに反響をいただいてびっくりしました。引きこもりは100万人と言われています。書く前は「本当かな?」と思っていましたが、反響の大きさを見ると本当なのかもしれないと思い至りました。長い間連載していたせいか、だんだん(長男の)翔太くんやお父さんが生きているような気がしてきて、最後はなんとかこの2人には幸せになってほしいと思って書いていました。
人生はフルに使わないともったいない
——最後に読者へのメッセージをお願いします。
林:この小説は、父と子の物語であり、家族の物語です。沢木耕太郎さんに「世界は『使われなかった人生』であふれてる」という本があって、これは私の好きな言葉なのですが、私たちは実は人生を6割くらいしか使っていないんじゃないかと思っています。この話は、息子を奮い立たせて、使い切らないまでも、人生を使用中にしようと奮闘するお父さんの物語です。
この本を手に取って、せっかく人生を与えられたのなら使わないともったいないと思っていただければうれしいですね。特に若い女性には人生をフルに使い切ってほしいです。
※後編は6月3日(木)に公開します。
(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子)
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情報元リンク: ウートピ
「人生はフルに使い切らないともったいない」林真理子が『小説8050』で伝えたいこと