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“当たり前の日常”を取り戻すことの困難さ 『すばらしき世界』西川美和監督の挑戦

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俳優の役所広司さん演じる、人生の大半を刑務所で過ごしてきた元殺人犯が社会のレールに外れながらもなんとか真っ当に生きようと悪戦苦闘する姿を描いた、西川美和監督の最新作『すばらしき世界』が2月11日に公開されました。

原案は佐木隆三さんの小説「身分帳」で、小説が刊行された1990年当時の時代設定を現代に置き換え、人間の愛おしさやせつなさ、社会の光と影をあぶりだしています。

前作の『永い言い訳』から約5年ぶりの新作で、長編映画としては初めての原作ものに挑戦した西川監督にお話を伺いました。前後編。

西川美和監督

西川美和監督

初の原作ものに挑戦した理由

——私小説的な側面があった前作の『永い言い訳』に対して、今回の『すばらしき世界』は西川監督が世界や時代、社会に目を向けた位置付けの作品と伺いました。「身分帳」を映画化しようと思った理由を教えてください。

西川美和監督(以下、西川):これまで犯罪を犯した人のその後について、特別に関心を寄せてきたわけではありませんでした。人が悪に染まっていく話が面白いのはわかるのですが、真人間になろうとしていく話は考えたこともなかった。でも、「身分帳」という作品に出会い、ある一人の男が当たり前の日常を取り戻していく話であるのにも関わらず、これだけややこしくて苦労も多くて七転八倒を繰り返す日々がまるで冒険小説のように面白いなあと思いました。

自分からは絶対に出てこない発想なのでぜひ映画にしてみたいと思いましたし、映画にすることでより多くの方が「身分帳」をもう1回手に取るチャンスになれば、佐木さんのファンの一人としてこんなにうれしいことはないと思いました。

『すばらしき世界』サブ7

——その上で挑戦したことは?

西川:これまでは自分の発案のアイデアをもとにしたオリジナルの脚本しか書いてこなかったのですが、初めて原案がある作品をやること自体が挑戦でした。モデルになった方も有名人ではないし身寄りがなかったのでまったく資料がなく、唯一、深く関わった人が佐木さんで、佐木さんが亡くなったことがきっかけで私はこの小説に出会ったので本当に手がかりがなかったんです。

でも、佐木さんがたくさんのことをきちんと調べて小説を書かれたのに準ずるように、自分もいろいろなことをちゃんと裏を取った上で、確かな情報として出していかないといけない責任感もありました。多分に社会的なテーマも含まれているので、想像だけで書いていくのは違うと思ったので、たくさんの方にお会いしました。

服役経験のある人やかつて暴力団に籍を置いていた人にお会いして、どうやって社会復帰をしていったのか、あるいはそういう人たちを受け入れている側はどんな努力をされているのか、というお話を聞きながらシナリオに落とし込んでいきました。それが自分にとっての新しい体験でもあり、良い作品を背負っているからこそ自分の作品以上に緊張感がありました。

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「正解は役所広司の中にある」

——役所さんとの初タッグはいかがでしたか?

西川:やっぱり憧れの人と相対するもんじゃないなっていうくらいものすごく緊張しました(笑)。自分が自分じゃないくらい緊張しました。それは役所さんが私の憧れというのもそうですし、俳優としての力量が申し分ないので私ごときがNGを出すとかそういうレベルではないんですよね。一方で、役所さんに気圧されて、黙りこくってイエスしか言わないのでは意味がない、何かお願いしたいことがあれば遠慮せずに相談したほうがせっかく私の作品を選んでくださった役所さんにとってもきっと誠実なんじゃないかなと思いました。

——役所さんと作品についてお話したことは?

西川:作品についてはほとんど話さなかったです。だけどそれは役所さんが全てを受け入れて、演出家の世界観が自由でいられるように、静かに尊重してくださっているのだと私は勝手に理解していました。ただ、クランクインの1年以上前から脚本に書かれたセリフの一言一句まで、言い回しも含めてものすごく細かくチェックされました。「この言葉はなくてもいいですか?」とか「省いてもいいですか?」とおっしゃっていて、その程度の言い換えは現場でも「構いませんよ」と言えるレベルの話なのですが、役所さんはものすごく時間をかけてしっかり役を自分の中に落とし込む準備期間を持たれるんだなと思いました。

後日、ご本人に話を聞いたら「現場でこういう言い方にしたいと言って監督のお時間を取るのが嫌なんです」とおっしゃっていました。クランクインしてスタートをかけたときにはもう、三上正夫という人物になっていましたから。正解は役所さんの中にある。そういうお芝居だったように思います。

撮影の様子

撮影の様子

「人目を気にする雰囲気や息苦しさ」仲野太賀や長澤まさみの役に込めた思い

——小説の舞台はバブルの時代ですが、今の時代に設定されるにあたり意識したことや気づいたことはありますか?

西川:原案の小説の時代のほうがまだ何となく人と人がダイレクトに関わる時代だったのかなと思います。今って、電話かけるのでさえ躊躇(ちゅうちょ)するというか、いきなり電話するなんて不躾なこととされますよね。

——確認しますもんね。「今電話していいですか?」って。

西川:LINEで確認してから電話するなんて、すごく人と人の距離が遠くなっちゃったなあと。私はそういう関わりの仕方が苦手かもしれないです。SNSのように最初から顔が見えない、名前も知らない者同士が関わることって私自身は馴染みがないことなのですが、そういう人ってどんどん孤立してしまう。何かを挟んでコミュニケートするのが得意な人は、時代のコミュニケーションに乗れていけるけれど。そういうものが信用できない人間はすごく孤立していく世の中だなと思います。

最近は「多様性」や「インクルーシブ(包摂的な)」という言葉をよく耳にしますが、実は結局、あい通じる価値観の人たちだけを選別してやり取りをしていて、自分と境遇がまったく違う人との交わり合いの場ってかえって少なくなっているような気もします。

映画に話を戻すと、原案では人と人とのダイレクトなつながりが描かれていたのでそのまま書きましたけど、若い世代の俳優が担った役、仲野太賀くんとか長澤まさみさんの役に、私たちが感じてる、今の時代の便利で簡単でスマートだけど一方で異様なほど人目を気にしている雰囲気や息苦しさを込めました。

『すばらしき世界』サブ1

■映画情報
『すばらしき世界』2021年2月11日(木・祝)全国公開
【クレジット】 (C)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会 
【配給】ワーナー・ブラザース映画

(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子、写真:宇高尚弘)

情報元リンク: ウートピ
“当たり前の日常”を取り戻すことの困難さ 『すばらしき世界』西川美和監督の挑戦

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