仕事や生き方に行き詰まりを感じている人々が図書室を訪れたことをきっかけに次の一歩を踏み出す様子を短編の連作で綴(つづ)った青山美智子(あおやま・みちこ)さんの小説『お探し物は図書室まで』(ポプラ社)が11月に発売されました。
年齢も職業もバラバラの5人が探していた物とは? そして一歩踏み出した先に見えたものは?
今年の年末年始は家でゆっくり本でも読もうかなと考えている人も多いのでは? 「コロナ禍で大きく変化したのが仕事。広い意味で『働くって何だろう?』と考えてみたかった」という青山さんに、作品のテーマと小説がもつ魅力について伺いました。前後編。
あからさまに本が好きな人の話にはしたくなかった
——『お探し物は図書室まで』では、無愛想だけれど聞き上手の司書・小町さゆりが選んだ一風変わった本と羊毛フェルトの“付録”をきっかけに変わっていく人々の姿が綴(つづ)られています。この小説を書こうと思ったきっかけを教えてください。
青山美智子さん(以下、青山):昨年の夏に担当編集の三枝さんから「仕事のお話を書きませんか?」とお話をいただきました。私も転職が多かったので「仕事をテーマにするのは面白いな」と思ってすぐにでも取り掛かりたかったのですが、ちょうど前作を執筆していた最中だったのもあり、そのときは「脱稿したらお会いしましょう」とお伝えしました。
次にお会いしたのは1月末で、まさにダイヤモンド・プリンセス号が停泊している横浜で打ち合わせしたのを覚えています。まさかこんな状況になるなんて思ってもいなかったです。それから構想を練って4月に入って書き始めようとしたのですが、緊急事態宣言で図書館が軒並みお休みになってしまいました。図書室が舞台のお話で実際にある本を選ばなければいけなかったので大変でした。でも、コロナ禍で仕事について書くのは運命的なものを感じましたし、小説にコロナは登場しないのですが、コロナを踏まえながら書いていきたいと思いました。
——コミュニティハウスの中の図書室を舞台にしたのは?
青山:最初はハローワークを舞台にした物語を考えていてタイトルも『ハロー・ハローワーク』とかいいな、と考えていたのですが、誰でも無料で会えて話ができるキーパーソンがいて、つい胸の内をポロっと話しちゃうような人の仕事って何かな? と考えたときに司書さんが思い浮かびました。ただ、図書館の司書さんを設定にするとはじめから本を求めていく人が前提になってしまうので、それよりも違う目的で行ったけれど成り行きで本にたどり着くほうが面白いかなと思ったんです。あからさまに本が好きな人の話にしたくなかったんです。
——それはなぜでしょうか?
青山:本ってたまたま出会っちゃうものだから。舞台を図書館ではなくコミュニティハウスの中の図書室にしたのも、違う目的で訪れて気づいたら図書室にいて小町さんに出会うのがいいなと思いました。
コロナ禍の仕事について考えてみたかった
——書き終えてみていかがですか?
青山:実は書いてる間はすごく苦しかったです。小説を書く喜び自体は変わらないのですが、やはりコロナ禍にあってどれだけコロナを入れていいのか悩みました。世の中の人は直面している状況がそれぞれ違うし、コロナで一番変化したことの一つに仕事があると思うので、考えることも多かったです。本に直接的にコロナは登場しないのですが、できあがった本を改めて読んでみると、私がコロナ禍で感じたことを登場人物に言わせているところはたくさんあります。それは読んだ人の物語として受け止めてもらえればいいなと思います。
——おっしゃる通り「コロナ」という言葉は登場しませんが、すごく今の空気を含んでいると思いました。
青山:そうおっしゃっていただけてすごくうれしいです。おそらくなのですが、小説って読まれた方の感性による部分が多いというか、私が狙って「ここはこう感じてください」「メッセージはこうですよ!」と押し付けるものではないと思うんですよね。読んでくださった方が自分の人生や生活にスライドしてくださるというか、それがやはりフィクションの面白さだし私はそこにすごくやりがいを感じています。
小町さんも悩める人たちにアドバイスするわけではないんです。小町さんに会った人が勝手にいろいろなことを感じていく。「あなたが自分で必要なものを受け取っただけ」という小町さんのセリフがありますが、本当はみんなにキャッチする力があってそれに気づかせてくれるのが小町さんという存在なんですよね。
——悩める登場人物たちは小町さんに出会って次の一歩を踏み出しますが、5人の登場人物を作る上で意識したことはどんなことですか?
青山:性別も年齢も職業もバラけるようにしたのですが、5人中2人は働いていません。広い意味で「働くって何だろう?」「仕事って何だろう?」と考えてみたかったんです。コロナで仕事に関する考えも変わる中、どんな状況になっても変わらないものは何だろうと。
読む人が自分と紐づけてくれるのが小説の魅力
——この作品に限らず青山さんの小説を読むと、一人の人間にいろいろな面から光が当てられていて、改めて人間の多面性に気づかされます。
青山:ドラマや映画を見ていても、私は光が当たっている主人公よりも脇役や隣にいる人のほうが気になっちゃうんです。例えば、ヒロインがご飯を食べている横でお茶をしている人たちは何を話しているんだろう? と。靴の中に小石が入っているとうまく歩けないように、私は小石の部分が気になってしまう。そんな小石の部分を描きたいなと思うので、一人の人物でもいろいろな面から光を当てたり、今回はこの人に光を当てるけど、次はその家族のほうに光を当ててみようと思うんです。
——そう考えると他人に対しても優しくなれる気がします。青山さんの小説を読むと優しい気分になれる理由がわかった気がします。
青山:それは読んでいただいた人の中に優しさがあるからだと思います。先ほどのお話にもつながりますが、私は特別なことは何も書いていなくて、読む人が自然に自分の生活に紐(ひも)づけてくれる。小町さんも言っていたように言葉ってそういうものだし、それが小説の面白さなんじゃないかなと思います。発する側のものではなくて受け取る側のものというか。
実生活でも、他人に「こうしたほうがいいよ」と言ったとしてもなかなか伝わらないことがあると思うのですが、受け取る側の能力も必要なんですよね。小町さんは絶対にアドバイスはしないで自分が思っていることを言うだけ。今まで私が書いてきた本に登場するキャラクターはみんなそうなのですが、関わった人たちが彼らの言葉を拾って勝手に自分のものにしていく。それでいいんじゃないかなと思うし、小説もそういうものだと思います。
※後編は12月30日(水)に公開です。
(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子)
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情報元リンク: ウートピ
“靴の中の小石”に光を当て続けたい…青山美智子さんに聞く、小説の魅力