翻訳家の村井理子(むらい・りこ)さんによるエッセイ『村井さんちの生活』(新潮社)が8月に発売されました。
新潮社のウェブマガジン『考える人』で2016年から連載中の人気エッセイを書籍化。夫と思春期の双子の息子たち、大型犬1匹と琵琶湖のほとりで暮らす日常をつづっています。
4年間の連載期間の間には小学生だった息子たちは中学生に。村井さん自身は大病を患い、手術を経験しました。村井さんに子育てのこと、自分ではどうにもならないことが起こったときの受け止め方などを伺いました。前後編。
村井さんちだけじゃなかったこと
——エッセイでは翻訳家としての仕事についてもつづられています。最近はエッセイなども手掛けられていますが、翻訳とエッセイを書くのはやはり違いますか?
村井理子さん(以下、村井):全然違いますね。翻訳は原作があるのである程度安心して作業ができるのですが、エッセイは何もないところから書いていくので大変だなと思いながらいつも書いてます。両方とも体力を使いますが、翻訳は一つの仕事が始まって終わるまでだいたい半年くらい。長丁場という意味で大変なのですが、エッセイは自分ですべて書いていくことのしんどさみたいなものはありますね。特に育児のことは書きにくい。書けないことのほうが多いです。
——もともとはウェブでの連載ですが、読者からの反響はいかがでしたか?
村井:双子のお母さんからの声が多いですね。私だけの感覚で書いているつもりでしたが、ほかのお母さんたちも意外にも私と同じようなことを考えているんだなという発見があって面白かったです。自分んちだけの悩みと思っていたのが、共通の悩みだったとかが分かって意外でした。
——「村井さんち」だけのことではなかったんですね。
子供たちにはいちいち絡んでいくスタンス
——連載当初は小学生だった息子さんたちも今では中学生です。エッセイでも息子さんたちとの日々のやりとりや三者面談のエピソードなどがつづられていますが、子育てで意識していることはどんなことですか?
村井:双子だからと言って、2人をまとめて扱うような言われ方をされるのがすごく嫌で。2人とも全然違うキャラクターだし、当たり前ですが違う人間同士なので。本人たちもそう思ってると思うので、そこはいつも意識しながら育てているつもりです。ニコイチではなくて一人一人違う人格を持っていることを意識しながら育てています。
——あとがきでも「(双子の息子たちに)同じであることを押しつけるのは、周囲の大人であることが多い」と書かれていました。
村井:そうですね、「男の子だからこうだよね」「思春期だからこうだよね」という言い方もしないように気をつけています。「男の子は幼くて女の子はしっかりしている」のような一般的なイメージってあると思うのですが、そういうことを言わないように書かないようにはしています。たとえ実際に「女の子のほうがしっかりしているなあ」と思ったとしても。決めつけてはいけないと思うので注意しています。
一方で、子供たちを見ていると昔に比べればそういう決めつけは薄れてはきているのかなと思います。このまま徐々に変わっていってくれればいいなと思います。ただ、息子たちの話を聞いていると「中学で赤いTシャツを着てきたやつがいてさ。女っぽいよな」なんて言うこともある。親がどれだけ「それは違うよ」「それぞれが好きなものを着ればいいんだよ」と言ってもやっぱり周りに影響されるんですよね。ネットにもフルアクセスでYouTubeとかにすごく影響を受けています。親がいくら頑張っても全く追いつかないレベルで影響されるので大人の責任は大きいなと思いますね。
——そういうときはどうするんですか? 見守る感じのスタンスですか?
村井:いや、私はいちいち絡んでいくスタンスです(笑)。「それはどうかな?」「本当にそうなの?」みたいに絡む。「それはYouTubeの情報?」と情報源をいちいち聞く。本当にいい加減な情報も完全にうのみにしているのでいちいち確認しています。
——息子さんたちが成長して楽になった部分はありますか?
村井:体力的には楽になりましたね。勝手に自分たちでどこにでも行くから楽なのですが、その代わり精神的な消耗戦があるのでそういう意味では大変ですね。それに、いくら自由に生きてほしいと思っても成績が悪ければびっくりしちゃいますし。あとは、些細(ささい)なことがものすごく気になります。
——些細(ささい)なこと?
村井:私自身、子供への評価を自分への評価と捉えてしまう部分があって、子供は自分の所有物ではないので切り分けたほうがいいとは頭では分かっているのですが、なかなかそうはいかない。先生に呼び出されると、呼び出された自分が恥ずかしいと思ってしまうんです。「子供がなぜ呼び出されたのか?」よりも呼び出された自分が恥ずかしいと思ってしまうのでそこが大変ですね。
——解決策は見つかりそうですか?
村井:そこが分からないんですよ。思う通りにまったく育たないですからね。子供って。自分を振り返れば分かるんですが、中学生なんて自分は無敵だと思っていますよね。成績が悪くても、俺は本当は天才だみたいな。最終的には挽回するからみたいな。自分よりも賢い大人なんて一人もいないみたいな感じで生きてるじゃないですか。そんなのが2人いる感じです。
「冷凍食品でいっぱい」村井さんちの冷凍庫
——コロナ禍で学校もお休みになりました。息子さんたちとの自粛生活はいかがでしたか?
村井:それが結構楽しかったんです。なぜかと言うと、昔の朝ドラ『あまちゃん』を3人でイッキ見したんです。ああいうのを見ると子供の視野が変わるんだなあと身近で見ていて感じました。例えば、本人たちはまったく東日本大震災のことを覚えていないのですが、ああいうドラマを見ることで理解が深まるんですよね。のんちゃんの大ファンになったり、NHKの番組をずっと見たり、映画を見たりとかそんなことを繰り返していたら3カ月があっという間でした。最初はずっと一緒に過ごすなんてありえないと思っていましたが、楽しかったですね。
——結構大きい発見ですね。
村井:私がずっと家にいられる環境にいるからできたことでもあるのですが……。外に仕事に行かなければいけない環境だったらすごく大変だったろうなと思います。うちはほぼ買ってきたご飯で過ごしました。ピザとか出前とか。
——毎日三食用意するのは大変ですよね。そういえばちょっと前にTwitterで「ポテサラおじさん」というのが話題になりました。幼児を連れた女性に対して「母親なら、ポテトサラダくらい作ったらどうだ」と高齢男性が言い放ち立ち去ったという内容です。投稿者はその様子をみていた人らしいですが、その投稿を見て「楽して何がいけないの?」と思いました。
村井:同感です。料理ってすごく面倒くさくって私にとってはやりたくないことの一つなんです。子供も好き嫌いが多いので作っても食べないこともある。作っても食べないというほんの少しの傷が蓄積して何も作りたくなくなってしまう。残されたりするのもたまっていくと本気で嫌になるんです。ちょうど今が料理が嫌で仕方ない時期で。うちの冷凍庫はたこ焼きからパスタまで冷凍食品でいっぱいですよ(笑)。自分で料理するものは本当に限られています。
——冷凍食品やレトルト食品食べるたびにおいしくて感動します。メーカーの努力ってすごいんだなあと。
村井:一生のうちそういう時期があってもいいんじゃないですか。子供も大きくなって一人暮らしするようになったら「冷凍食品でも何でもいいから食べておけばいいじゃないか」という感覚で育ったほうが強いでしょう?
——ただ、件のツイートの「母親なら〜」のようなメッセージが呪いとなって、お母さんの中には料理をしないことやちゃんとできないことに罪悪感を感じている人も多いのかなと。
村井:手作り信仰ってまだまだ根強いですからね。
——手作り=愛情という風潮もあります。
村井:母乳信仰と似ていますよね。私が双子を産んだときの先生が「母乳にそんなに栄養があると思っているなんてうぬぼれているね。人間って何様なの?」「今のミルクはすごいよ」という感じの人だったのですごく楽でした。そういう人がいてもいいですよね。
——村井さん自身は例えば子育てで思うようにいかなかったときなど、罪悪感など感じることはありましたか?
村井:うちは双子だったのでそういうのは最初からまったくなかったです。頼れるものは頼ろう、お金で解決できるものはお金で解決しようとそのために働いていた感じです。小さい頃から保育園に預けるのはいかがなものか? と言われたこともありますが言わせたい人には言わせておこうと思ったし、今もそう思っています。
(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子、メイン写真クレジット:(C)霜越春樹)
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情報元リンク: ウートピ
手作り信仰が根強いけれど…「うちは冷凍食品でいっぱいです」村井さんちの子育て