コラムニストのジェーン・スーさんが会いたい人と会って対談する企画。今回のゲストはAV監督で『すべてはモテるためである』『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』などの著書がある二村ヒトシさんです。全3回。
【第1回】自分の傷に無自覚だとどうなる?中年クライシスと「心の穴」の関係
仕事の充実感も性的興奮?
スー:アダルトビデオのジャンルって、本当に細分化されてますよね。ピザ食べたくてデリバリーのサイト見ても、あんなにピザのバリエーションないですよ。
食欲より男性の性欲のほうが産業として細分化されてるんだなと思いました。それぞれのカテゴリーにニーズとお客さんがいることを考えると、性欲は心の穴を如実に反映している可能性がありますよね。人の心にあいている穴は、千差万別だろうから。そしてなぜか、男性は自分の欲望の形をよくわかっているんだな。自分が何に興奮するか。私はよくわからないんです。ここにきて、性的欲望と自分というものを捉え直したいと思ってまして。
二村:それ、ニッポン放送の吉田尚記アナと対談した時にも出た話題で、男は昔ならレンタルビデオ屋の暖簾(のれん)の奥の棚の前で、今ならFANZAのジャンルのタグ一覧を見て「それまで気づいてなかった自分の欲望と出会ってしまう」「自分自身を発見する」ということがあります。これもポルノ表現規制派の人に言わせると「ということは、やはり男はポルノによってまともではない性癖を刷り込まれてしまっているのだ、ポルノは危険だ!」という議論になっちゃうんですが……。
ポルノだけでなく実際の行為でも、例えば子供の頃に母親から受験勉強を無理強いされて虐待されていたので、大人になった今も、女性からボコボコに殴られた後で同じ女性から「よしよし痛かったね」ってされないと満足を得られないというエリート男性の話を聞いたことがあります。
スー:なるほど。心の穴を埋めるような行為が性的満足と同一線上にあるとするなら、私の場合それは何なのか。マジでわからないんですよねー。自分が性的に何に欲情するのか、この年になってもまったくわからん。
二村:スーさんがジェーン・スーとしての仕事をバリバリやってて、それが「お母さんの生き直し」をしていることなんだって自分で気づいたのは、セックスではないけれど充分に性的なことだって思いますよ。性的興奮って、誰かの体に触りたい触られたいと思うことや性器が充血することだけとは限らなくて、ようするに「それをすると心の穴が埋まること」だから。
スー:確かに、仕事の成果が出たときが一番興奮するという自覚はあります。でもそれって性的興奮なのかな。
二村:仕事ができる人の多くがそうで、つまりセックスそのものの代わりになるわけじゃないけど、単にお金を稼ぐためだけじゃなく、自分の何らかの本質的な充足のために、その仕事をしている。
スー:そうか。お金のためだけじゃないっていうのはそうですね。興奮するためにやっているところはあるかも。
二村:ていうか、モテやセックスへの過剰な欲望も、相手の肉体への執着も、じつは何らかの「心の穴埋め」なんですよ。
で、お互いがそうなんだから、お互いさまなんです。スーさんのお父さんが女性にモテるのは、お父さんのキャラクターがお相手の女性の心の穴を刺激して、引き寄せるからだろうし。
スー:そうそう、自分にハマる相手を探すのがうまいんですよね。
「愛されたい」欲望が否定される社会はキツい
二村:よく「三大欲求」っていうじゃないですか。いわゆる食欲、性欲、睡眠欲。でも食欲っていっても、生きてくために必要な栄養を摂取したい「欲求」と、うまいものを食いたい欲とかFacebookにあげて自慢できるようなレストランに行きたい「欲望」は違う。
スー:おっしゃる通りですね。インスタ映え優先の食欲もある。
二村:寝るための場所と、充分に眠れる時間は誰にとっても生きていくために必要だけど、寝るベッドが豪華かどうかは人権の範疇(はんちゅう)じゃない。性欲について考えるのはさらに難しくて、すべての人間に平等にセックスの相手が配給されるなんてばかなことがあるわけがない。でも「愛されたい」という気持ち、これを人間は、どうしても持ってしまう。
スー:うんうん。「愛されたい」という欲望を持つこと自体が否定される社会はキツいですよ。
二村:人間、セックスしなくても「いわゆる恋愛」をしなくても、死にはしませんよね。でもちょっと意味を拡大して、まったく誰からも愛されなかったり何も愛することができなかったり、何かを愛することを完全に禁じられたら、心が死ぬというより、人間は本当に死んじゃうと思うんです。
人間関係において、この世の誰かがあなたの存在を肯定してますよって思えることがないと、生きていくのが大変です。できれば人生の最初で、それを親からされておいたほうが後々の人生で生きていきやすくなる。
でも自分が愛されることについて不器用な人間になっても、愛させてもらえる何かを見つけられれば、生きていくことができる。アイドル産業はショービジネスというより、応援することで「愛したい」という欲望をかなえてくれるビジネスですよね。あるいは、とにかく見返りを求めず他人に優しくすることで人柄が良くなって、ぜんぜん別の誰かから思いもかけず優しくしてもらえるというような贈与の関係が起きることもある。
でも「無条件で愛してくれる相手を得たい。それは基本的人権に含まれているはずだ」って思っちゃったり、さらには「俺を愛さない女という存在は、みんなクソだ」みたいな思想にまでたどり着いちゃう場合もある。
スー:人権の部分と、その先の+αを混同してしまう。
二村:そう。人間として肯定されるというのは基本的人権だけど、恋愛の機会は人権じゃないし、すべての人に公平に与えられるもんじゃない。
スー:キツいけど、恋愛機会は人権の範疇じゃない。なるほどね。
二村:日本でもアメリカでも、国の成長期にはみんなが働いてみんなが結婚して人口を増やして経済を回そうというのが世の中の空気で、モテない男性もお見合いで結婚していた。働いてさえいれば非モテが非モテのままセックスできて子供がつくれる時代。その頃の感覚が今も残ってる人が多いのかもしれない。でも逆にいうと、その頃は「結婚しない自由」はあまりなかった。未婚の男女も同性愛者も今よりもっと差別されていた。
スー:あーそれはあったかも。そして異性愛の場合、女性が経済的に自立して自由意思を主張できる時代になれば、パートナーになる男性側にマッチングしづらい人が出てくるのは当然ですよね。国策でどうにかしていた時代は家、学歴、稼ぎみたいな三高が効いたけど、女が自立をすればするほど、パートナーに求められるニーズも多様化する。男女の社会的格差があるから、受け皿としてのしわ寄せが女性に寄りがちなのが悩ましいところですが。
二村:多くの男性を支配しているのは、じつは性欲じゃなくて、本当は「愛されたい欲」なんだと思います。人間として尊重してくれる他人が近くにいるかどうか。ところが、そのへんが不器用な男性ほど一足飛びに「女を得られない俺は、差別されている!」みたいな被害者意識を持っちゃう。
スー:それが、女性という種族への憎しみになっちゃうケースだ。
二村:さみしさが根っこにあって人を憎むようになってしまうの、きついよね。
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情報元リンク: ウートピ
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