元厚生労働事務次官で、現在は「一般社団法人 若草プロジェクト」の代表呼びかけ人を務める村木厚子さんが9月に開催されたミュージカル『Little Women 〜若草物語〜』とコラボし、トークショーを行いました。客席はほぼ満席で、約600人の観客が村木さんとキャストの話に耳を傾けました。
村木さんが携わっている「若草プロジェクト」って何? と思った人も多いのではないでしょうか? 2015年に37年間勤めた厚生労働省を退官した村木さんが取り組んでいることとは? 村木さんにお話を伺いました。
設立から3年「若草プロジェクト」を立ち上げた理由
——「若草プロジェクト」は家や学校、職場に居場所がなく生きづらい思いをしていたり、貧困の中にあったり、虐待や性的な搾取に遭っていたりする女性を支援する団体だそうですね。「若草プロジェクト」が立ち上がった経緯を教えてください。
村木厚子さん(以下、村木):大学を卒業して、私は当時の労働省に入り、仕事として働く女性に関わることを担当していました。役所の再編で厚生労働省になってからは子供に関する分野の担当もするようになり、その中で虐待の問題に関わるようになりました。
2009年に郵政不正事件で拘留されたときは、裁判が終わるまで強制的に休職扱いになる「起訴休職」をさせられました。肩書きも担当もなくなって、拘置所では昼と夜にかかるラジオをずっと聞いていたのですが、一番聞いていて嫌だなあと思ったのが虐待のニュースだったんです。仕事から離れたときに自分が一番嫌だなあと思うことって児童虐待なんだと、ちょっと不思議な感じがしたのを覚えています。
また、拘置所で私にご飯を運んできてくれた若い女性の受刑者の方が、見た目はとてもかわいらしくていい子なのに、薬物や売春に手を出してしまってここにいると知って、自分がこれまでやってきた仕事で発見できていなかったり、救えていない子がたくさんいるんだなと気付きました。一人で何とかしなければと苦しんでいたり、頑張っている彼女たちに何かアクションを起こせればと思いました。
——作家の瀬戸内寂聴さんも代表呼びかけ人だそうですね。
村木:「若草プロジェクト」代表理事の大谷恭子弁護士から、「瀬戸内さんが『自分は高齢になったし、京都には『寂庵』もあるし、何か世の中のためにできることはないだろうか?』と言っているんだけれど、村木さんはどう思う?」と聞かれたので、日頃から思っていた若い女性が厳しい状況にあることをお伝えしたところ、多くの少年事件に関わってきた大谷弁護士も「やっぱりそうだよね」と同意してくださり、若年女性の支援をしようということになりました。
制度としては、児童福祉や婦人保護などに関する制度はいくつかあるんです。でも、既存の制度だけではうまくキャッチできない女性たちがいて、彼女たちは彼女たちで自分は悪い子だからSOSを求めてはいけない、と思ってしまっているんです。
——「自分は悪い子だから助けてもらう資格はない」と思っているということでしょうか?
村木:例えば、家出した少女は「家出するなんて悪い子だ」というレッテルを貼られてしまうし、本人もそう思ってしまう。お巡りさんに見つかれば家に戻されるから、SOSを出さない。そういう子たちに「あなたは悪くないよ」と気付いてもらえる仕掛けがほしいなと思ったんです。
そんな少女たちを支援する団体はうちだけではなくて、「bondプロジェクト」など、いろいろな団体があって素晴らしい活動をしてます。でもみんな小さい団体で、運営もすごく大変。特に事柄が事柄なので、大キャンペーンを張るというわけにもいかないし、プライバシーに関わることなのでシェルターを持っているところなどは場所もオープンにはできない。なので、多くの方に広く知ってもらうのと同時に、プライバシーをきちんと守りながらサポートをしていく難しさを痛感しているところです。
——設立は2016年だそうですね。3年たちましたが、いかがですか?
村木:まずは大人が信用してもらう必要があると思っています。そうでないと、SOSを出してもらえない。そのために、勉強のための研修会を始めました。そして、研修会で学んだことをみんなに知ってもらうためにシンポジウムを開催しています。それから、少女たちの声を拾うために、ライン相談を実施しています。彼女たちを迎えるハウスも作ってやっと1年たったところです。政策提言まで含めて関係者は力を合わせてこの問題に取り組んでいかなければいけないと身に染みて分かってきたという段階ですね。
——少女たちを支援していくにあたり、一番必要なことや課題はどんなことですか?
村木:子供に関する制度は原則18歳までで、自立援助ホームのようなところもあるのですが、入居できるのは最大でも22歳までなんです。傷が大きい子ほど、長い間闘ってきた子ほど、自立するのに時間がかかるのですが、そのような子のアフターケアのための仕組みがないんですね。売春に関する法律も婦人保護の発想で「悪い世界に足を突っ込んだ人を更生させるための法律」なんです。
彼女たちの被害を理解し、そのうえで自立を促したり、応援したりというコンセプトではできていないので、彼女たちにピッタリとはまる制度がないのが実情です。いろいろな制度を拡大解釈するなどして何とか手助けしようとしているけれど、ターゲットに対して強力に支援できる仕組みがないことを実感しました。
特に虐待の被害に遭った子や、育ってきた環境が厳しい子たちの立ち直りはすごく時間がかかる。良くなったように見えても、落ち込んだり挫折があったりという波がある。だから、そんな子たちが困ったらいつでも来られる場所、相談できる場所が必要だと強く感じました。
苦しみや悩みは他人と比較できない
——村木さんが「若草物語」のトークショーに出演したことで、プロジェクトのことを知った人も少なくないそうですね。「若草物語」とコラボしていかがでしたか?
村木:今まで、「若草プロジェクト」でも研修会やシンポジウムをたびたび開いてきて、確かにこのような問題に関心がある人たちへの訴求効果はあったのですが、なかなかそれ以上広がらないという課題があったんです。でも、今回はコラボしたことで、ミュージカルや舞台に立っている俳優さんに関心がある方やファンの方にも知っていただけたのがうれしかったですし、実際に効果を感じました。
——実際に反響があったのですね。
村木:今まで勉強会には絶対来てくれなかった人が、「ミュージカルなら行くわ」と言って来てくれて、トークショーが終わったら「じゃあ賛助会員になってあげる」という方もいましたし、Twitterの反応も「この人のファンだから見に行ったんだけど、こんなのあるんだね」とつぶやいてくれる方もいた。そういう反応を見て「いろいろな形で知ってもらう努力をしなきゃダメだな」と実感しました。
——若草プロジェクトの名前は『若草物語』から名前をもらったそうですね。トークショーでも「それぞれの個性がある四姉妹のように『自分らしくあっていいよ』というメッセージを伝えたかった」と伺いました。
村木:児童養護に携わっていらっしゃる、高橋亜美さんという方の言葉なのですが「苦しみは比較できない」んです。だから、「これくらいのことで大変なんて言っちゃいけない」「世の中にはもっと苦労している人がいる」とつい我慢してしまう人もいるかもしれないけれど、それぞれに抱える苦しみは人それぞれ違う。他の人が耐えられることでも自分は耐えられなかったり、すごくつらかったりすることはある。
『若草物語』の四姉妹もそれぞれ良いところが違うし、本人が抱えている悩みも違う。うまくサラッと生きていける子と、壁にぶつかり、苦労している子と、いろいろな子がいるというのが『若草物語』の魅力だと思います。そして、四姉妹を見守る“お母さま”もどの子もいとおしくてどの子も応援しているというのがこちらに伝わってくる。
そのメッセージは我々が伝えたいメッセージでもあるし、今回、ミュージカルを拝見して改めてこの名前にしてよかったと思いました。
■イベント情報
10月22日(火)に「大妻女子大学千代田キャンパス大妻講堂」(東京都千代田区)で「若草プロジェクト2019年シンポジウム」が開催されます。12時半開場、13時半開会、16時50分閉会。詳しくは公式HPまで。
(聞き手:ウートピ編集部:堀池沙知子)
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情報元リンク: ウートピ
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