「周りに求められるまま振舞っていても、時代はよくなりません」
柚木麻子さんの小説『マジカルグランマ』(朝日新聞出版)に登場するのは「理想の日本のおばあちゃん」だ。元女優の主人公・正子は75歳。きれいな白髪&着物姿に柔和な笑顔を浮かべて芸能界に再デビューするものの夫の死をきっかけに仮面夫婦だったことがバレ、世間から手のひらを返すような仕打ちを受ける……。
冒頭のセリフは「理想のおばあちゃん(マジカルグランマ)」から脱皮し、本当に自分が望む人生を突進する正子の言葉。
私たちもいつの間にか、「母親らしく」「老人らしく」「女らしく」と、他者が望む「~らしく」という理想像を引き受けて、周りや世間に都合良く振る舞ってはいないだろうか?
これまでも、今の社会や女性が直面している問題を物語に落とし込んで描いてきた柚木さんに、3回にわたってお話を聞きました。
【第1回】妊娠したとたん弱体化した…私が『マジカルグランマ』を書いた理由
おばあちゃんなのに? わがままな野心家で何が悪い
——『マジカルグランマ』の正子は、イメージダウンで女優の仕事がなくなった後も、スポットライトを浴びる快感を求め続け、自宅をお化け屋敷にして「自分でお化けを演じれば、ずっと働き続けられる」と気付きます。居候させている引きこもりの若い女性・杏奈や近所の主婦らも巻き込んで実現にこぎ着けますが、自分の欲望に正直な正子のキャラクターを「強欲だ」という読者の感想も目にしました。
柚木麻子さん(以下、柚木):私は別に強欲ではないと思っています。だって、まず夫がひどい男だったじゃないですか。正子は誰にも頼らず、なんとか自宅を解体して息子たちにお金を分配しようと頑張っている。杏奈も失礼な若者だし、何もおかしくない。たぶん、「強欲」だという意見は、正子がおばあさんだからビックリしたんだと思うんです。これが24歳の若い女の子であれば、強欲だとは思われない。
——75歳になってなお、「私ひとりで輝きたい」とスターを夢見る正子の野心がいいですね。
柚木:女の人がわがままな野心を遂げたいと言うと、名誉男性と一緒にくくられることがあるんですけど、別に「一等になりたい」ということは、他の女性を蹴落とすことでも、女性を分断することでもない。正子さんは野心満々だけど、周りに友達がいるということも大事にしたいと思っている人です。
野心家の女性というと、同性と連帯できないとか、人を蹴落とすことしか考えていないというふうに思われがちですけど、今回はわりと初期の段階から、正子のおかげで皆がうまくいくのに、正子だけが思いどおりにいかない展開にしようと思っていました。
——若い頃は「いつか自分は何者かになる」とか「いつかこういう生活がしたい」という理想を抱いて生きているけど、結局いくつになっても理想は理想のまま、人生を歩き続けるんだなと思いました。
柚木:そうなんですよ。子供を産んだからといって、すごくいいお母さんになることもなく、凡人のまま新しいスキルを身に付けていかなくてはいけない。たぶんお年寄りになっても、今とあまり変わらないと思う。今とあまり変わらないまま、体は衰えるということを先に知っておくこともまた、いいことだと思います。
「ノー」を言うことで世の中が変わる
——不平不満の多い正子ですが、「こんなに不満があるんだから、文句を言って何が悪いの」という考え方に共感しました。自分の幸せを真剣に考えて何が悪いのだ、と。
柚木:それが恨みや悲しみではなく、爆発的に新しいエンターテインメントを生むのではないかと思うんですよね。きっと上野千鶴子さんの東大祝辞をたたいたようなエリートの人たちって、不満は世の中を悪くすると考えていると思うのですが、黒人の公民権運動のきっかけだって、バスに座っていた黒人が「立て」と言われて「ノー」と返したことから始まったわけですから。「ノー」というのは世の中が良くなる契機なんです。
——正子もおとなしく老いを生きるのではなく、不満をまき散らしながらも正直に生きることで、お化け屋敷を成功に導き、ハリウッドに行くという壮大な夢にも王手をかけます。
柚木:そこでまた雇用が生まれますよね。70歳、80歳になっても正子みたいなことを言う人のための娯楽施設ができたり。誰かが「ノー」や「嫌だ」と言ったことから新しい雇用が生まれると思うので、積極的に不満を言うことは経済を活性化させるんじゃないかなと思います。
——正子の親友で、認知症の陽子ちゃんもハリウッドに行くという展開が衝撃でした!
柚木:「注文をまちがえる料理店」が話題になった時、認知症の方の雇用が今後増えるだろうなと思って、今、別件で認知症の方の取材をしているんです。昔のことはよく覚えていらっしゃるので、こちらが様相を変えると、1時間半ぐらい2人で夢中になっておしゃべりすることもある。
だから、認知症の人に変わってもらうのではなく、こちらが出方を変えることで、雇用は大いにあり得る。例えば認知症の俳優専門の芸能事務所をつくるとか、搾取が起きない形を見つけることができれば、そこからまた新しい経済活動も生まれてくるのではないかなと思いました。
——そうなれば周りでサポートする人も必要になるし、また雇用が生まれますね。
柚木:例えば、黒柳徹子さんのInstagramって面白いですよね。あれはたぶん、写真を撮っている人は別にいると思うんですけど、「黒柳徹子のSNS担当、月収19万円」だったらアリじゃないですか? もっといただけるかもしれないですね。
例えば、「浅丘ルリ子のインフルエンス担当、月30万円でどうか?」とか。しかも、引きこもりの子でもいいわけですよ。マネージャーさんと連絡を取って、「じゃあ、写真送ってください。絶対バズらせます」みたいな。そうやっていくことで、どんどん雇用も生まれる。
最近、雇用を生むって「善」だなと思うようになりました。「いいお母さん」や「いいおばあちゃん」でいて家事労働を全部引き受けても、雇用を生まないですよね。でも、「ノー」を言うことで生まれる。「ノー」を言ったり、ふてくされることって、実はいいことではないかなと、この小説を書きながら思いました。
——「ノー」を突き付けることで何かが生まれるという考え方をしたことはなかったです。不満を言うのはいけないことだという空気があります。
柚木:世の中のせいにすることで、正子のお化け屋敷は生まれたわけですから。「私のやりたい役がないのよ」って信じられないわがままじゃないですか(笑)。でも、それでお化け屋敷でやりたい役を作ったら、社会現象になって雇用が生まれた。
「もっと大変な人がいるから声を小さくしよう」じゃなくて、「あれしてほしい、これしてほしい」と文句を言うことがデフォになれば、世の中もっと良くなるのではないでしょうか。アイスを買いに行くような感覚でデモに参加すればいいと思います。
※次回は8月30日(金)公開です。
(聞き手:新田理恵)
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情報元リンク: ウートピ
“わがまま”で何が悪い?「ノー」を言うことで世界は変わる【柚木麻子】