『負け犬の遠吠え』(講談社)や『男尊女子』(集英社)など、話題作を発表し続ける酒井順子さん。最新刊『家族終了』では、タイトルの通り家族をテーマに、さまざまな角度から変わりゆく日本の家族スタイルについて考察されています。
刊行を記念して、3月26日に代官山 蔦屋書店(東京都渋谷区)にて、ライターの武田砂鉄さんとのトークイベントが開催されました。このイベントの様子を全3回に分けてお届けします。
死ぬまでセックスからアラ死へ
武田砂鉄さん(以下、武田):「週刊現代」の連載で知ったのですが、酒井さんは夜寝る前に数えるものをその日によって変えているそうですね。今日のお題も決まっているんですか?
酒井順子さん(以下、酒井):知り合いの「鈴木」さんの数とか、さんずいがつく漢字の数とか、とにかく何かを数えながら眠りにつくのが毎日の楽しみで。当日あったことと関係のあるテーマで数えるようにしているのですが、「砂鉄」という名前は少ないでしょうから、今日は「武田」を数えてみようかな。
武田:ところで、この数年、「週刊現代」は記事の方向性も見出しも変わってきましたよね。
酒井:そうですね。つい数年前までは「死ぬまでセックス」だったのが、最近は「アラ死(アラウンド死)」になっていて、読者もおじさんを通り越しておじいさんに。特集も、遺言、財産、お葬式、お墓……といった話題ばかりです。
武田:毎週読んでいますが、とにかく迷惑をかけずに死ぬことばかりが謳われていて重い。そして、グラビア写真も、今のアイドルではなく、アグネス・ラムのような、かつてのアイドルの未公開写真とか、振り返りに入っていますよね。
酒井:私が「週刊現代」に書きはじめた15年前は、まだ“新体操ヌード”とか、外連味のあるヌード企画が多かったのですが……。
武田:最近は、NHKの『チコちゃんに叱られる!』のブームに乗っかって「ボーっとやってんじゃねーよ! チコちゃんに叱られちゃうかな」というセックス特集記事を作ったり、意味や内容よりも、流行と情念をどう絡めるかという感じ。
酒井:元号が変わればまたそれも絡まってくるでしょうね。東京オリンピックになったら「夜のオリンピック」とか言われるのが目に浮かぶ……。
届けたい人に届かないジレンマ
武田:酒井さんはその連載コラムで、かなり意識的に世間のおじさまたちに向けて、今起きているジェンダーの問題や、家族観の多様さを伝えている印象がありました。手応えはありましたか?
酒井:ゼロですね。全く読まれていなかったと思います。「週刊現代」には、日本で唯一女性議員がいない鹿児島県垂水市議会*の議長のインタビューについても書きました。朝日新聞のインタビューで、議長が「うちの市は男女平等なので、これで全く問題はない」といった論旨で答えていたことに、私は驚いたのですけれども。
*編集部注:イベント後の4月22日の統一地方選挙にて、元税理士事務所事務員の池田みすず氏が当選した。
武田:世の中の声を聞き取ろうとする少しばかりの姿勢があれば、「これから努力して女性の議員も増やしていかなきゃいけないと思う」くらいは言えそうなものですが。
酒井:そう予測しながら読んだのですが、始終「女性候補者が今まで一人もいなかったのも、女性議員が一人もいないのも、たまたまです」と。それでも「我が市は男女平等だ」と言い切るその手法に驚きました。本気でそう思っているのか、単なる手法なのか。手法だとしたら、「自分のところはすでに男女平等」と言い切って議論をしないというのは、とても新しいような気もして(笑)。
そのインタビューを読んで思ったのは、多分この手の人はこのまま最後まで逃げ切るのだろうな、ということ。男女差別と向き合うとか変えていくということを考えないままに生涯を終えるような気がして、おそらく男性向け週刊誌の読者も似たような感覚なのかも、と思いました。私がどれほど女性の立場について書いたとしても、ページをめくってしまえばそれで終わる。読まないという選択肢も、彼等にはありますから。
武田:逃げ切るおじさまたち……逃げ切る体力を温存し続けている感じはある。でも、そうはいっても、どうしたら気づいてもらえるのか、考えていかなきゃいけないですよね。自分も、今、「週刊現代」で月イチで読書日記を書いていて、家族が置かれている問題や性差別についての本を取り上げることがありますが、やっぱり響かないなと感じています。
先日、韓国文学の『82年生まれ、キム・ジヨン』(著:チョ・ナムジュ、翻訳:斎藤 真理子・筑摩書房)の刊行記念で、来日した著者と川上未映子さんが対談するイベントに出向き、とても熱のこもった場所で興奮したのですが、逆に言えば、もうすでに理解している人が再確認する場でもありました。
もちろん、再確認というのは、そこから広めていく起点にもなるのですから、とっても大事な行為なのですが、どうしたらまだ気づいていない人に気づいてもらえるのだろうと感じもした。『家族終了』の帯に「家族に”普通”はありません」と書かれていますが、そのメッセージが届くのは、おそらくすでにある程度理解している人だろうなというジレンマがありますよね。
女性の問題と言われるものの根元にマッチョな仕組みあり?
酒井:そうですね。「そうそう」とか、「私も同じだ」とか。そういう感覚で読んでくださる方が多いだろうと思っています。武田さんが女性差別やジェンダーについても書くのはなぜですか? 男性なのに……というのも失礼な話ですが、私の世代では、男性で男女差別問題について敏感な人は少なかった。
武田:女性の問題、というか、それは往々にして男性の問題です。自分が女性の味方をしたいと歩み寄っているわけでもなく、今世の中で起こっている問題の根っこをたどると、男性社会的な、マッチョな仕組みから生まれてきているな、と感じることばかり。で、自分はそれを検証したい、という動機に過ぎないんです。
酒井:男尊女卑感覚をどう捉えるのかは、生育環境の要素が大きいと思います。本にも書きましたが、うちは父親が昭和1桁の生まれで、「俺が黒と言ったら白いものも黒」という人で、母親はその10歳年下。夫に従いつつも、そのことが不満で母は不倫をしていました。
母親が「女」であるという現場を見てきたので、私の中には両極端な感覚があるんですよね。自分の好きなように楽しく生きればいいという意識と、でも男の人のいうことに従わないとなんだか面倒なことになるみたい、という意識が。その結果、まぁこういう人生になっているわけですが。武田さんが持つマッチョな仕組みに対する疑問は、ご自身の家庭環境に関連していると思いますか?
武田:自分は、父が四国の人間で、母が東京なので、家族が集まるといえば東京の祖母の家でした。そこでは祖母と母の姉が2人暮らしをしているのですが、自分の母親も含めなかなか口が悪くて(苦笑)。
テレビを見ながら、片っ端から悪口を言う。特定の芸能人の恋愛遍歴、離婚歴や借金歴や失言・暴言なんかがインプットされていて、局地的なウィキペディア状態。その背中を見て育ったというか……。要するに、男性の指示に従っている状態の女性が近くにいなかったんです。祖父も早くに亡くなっていたので。
酒井:おばあさんもおばさんも、働いてらしたんですか?
武田:はい。おばは今もコピーライターの仕事をしていますし、祖母は数年前まで下着屋を営んでいました。母も今でも銀行で仕事をしています。
酒井:女性が働いている中で育ったのですね。以前武田さんが、「今時の若いアーティストですら、自分よりも2歩下がって歩くような女性を理想像としてあげている」と著書でお書きになっていましたが、その手の感覚はない?
武田:全くなかったですね。
『ばーばVERY』の登場で
武田:どういうわけか3年くらい女性誌『VERY』で連載しているのですが、最近の号で『ばーばVERY』という別刷りの小冊子が挟まれていたんですよ。それを見て「こうきたか」と感心しまして。
酒井:それは孫を持つ女性のための『VERY』なのですよね?
武田:はい。『VERY』は(夫や家などの)「基盤」のある女性に、と銘打っているのですが、その一方で、このところは、多様な生き方を認めようという発信も強い。『ばーばVERY』では、ばーばたちの孫育て白書のような記事が載っているのですが、「子どもたちの子育てには口出ししすぎない」とばーばたちに言わせておくのがとても上手いな、と。
酒井:そこに新たな市場を開拓していくのでしょうね。
武田:こういった雑誌やテキストを読んでいれば、たとえ保守的な人であっても、多様な考え方があるという状況は目に入ってくると思う。その一方で中年向け男性雑誌を読むおじさまたちはどうか。そこで多様な家族のあり方をひとまず伝える、ってことすら難しいなと思いますね。
例えば、先日歌手の西野カナさんが活動休止後に結婚を発表されたのですが、朝のワイドショーで小倉智昭さんは「ママになって復活するのかなあ」と言った。彼はその発言をすることになんのためらいもなかったと思うのですが、自分は「それってどうなんだよ」と思った。そのことを彼に理解してもらうのは大変な道のりだと思いますね。
(写真・構成:安次富陽子)
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情報元リンク: ウートピ
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