コラムニストのジェーン・スーさんが会いたい人と会って対談する企画。今回のゲストはAV監督で『すべてはモテるためである』『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』などの著書がある二村ヒトシさんです。全3回。
芸能人の炎上や不倫騒動…「心の穴」との関係は?
スー:最初に二村さんとお話ししたのは『淑女のはらわた 二村ヒトシ恋愛対談集』で声をかけていただいた時で。犬山紙子さん、まんきつさんをはじめ7人くらいの方と対談されてましたね。
二村:その本が出た後で深澤真紀さんとも対談して、叱られたわけです。「あんたって、あんたが書いた本を読んで『私のことが書いてある!』って思うような女には先生ぶるけど、ジェーン・スーみたいなそう思わなさそうな女に対してはペコペコしてるよね」って。おっしゃる通りで、返す言葉もなかりけりって感じだったんですけど。
スー:ははは。そんなふうには思わなかったけどな。もう6年も前のことですね。
二村:スーさんは、まだ『生きるとか死ぬとか父親とか』を書かれる前だったけど、お父さんのことを少しお話しされてましたよね。それを聞いて僕は、なんか見当違いのことを喋っていました。
スー:いえいえ。その後もイベントなどで時々お会いして。いつも話し足りないまま終わってしまうので、今回お呼びたてしました。
というのも、最近の芸能人の炎上やら不倫騒動やら政治家の言動やらを見ていて、二村さんが提唱する「心の穴」の話を思い出すことが多かったんです。もちろん自分のことも含めてなんですが、自分の心についた傷なり痛みなり不安なりを認識しないまま平気なフリで過ごしていると、他者の傷にも鈍感になってしまう。挙句、ひどいことをして人を傷つけ、のちのちどえらい目に遭うんだなって。
不誠実な態度や行動にシンパシーを感じることはありませんが、同時に、この人たちは自分が深く傷ついていることに気付いていないんだろうなとも思って。自分の穴や傷や不安に対して鈍感な人ほど、出世したり人の上に立てたりするのが現行のシステムで、それが問題なのだとは思いますが。
二村さんは以前から「心の穴」――誰もが心に穴をあけている――という話をされてますが、いつ頃から心の穴に興味を持ったんですか。
二村:まあAV監督やってたからですよ。た例えば、ある一人のAV女優さんが、なんでAV女優になったのか。
スカウトマンにおだてられたせいだったとしたら、彼女は「エロい女としておだてられること」を強烈に求めていたわけですよね。その承認欲求の根源にあるのは何なのか。もしくは「昼間の仕事をしていると、うまく生きていけない」からだったのかもしれないし、「性的な冒険がしたかったから」かもしれないし、「親に復讐するため」だったのかもしれない。それはなぜなのか。散財した借金を返すためだったとしたら、なぜ彼女には「お金を使ってしまうという行為が必要」だったのか。AV女優という同じことをやっているのに、一人一人みんな心の奥にある動機が違う。
でも僕はAV女優を特殊な人種だとは思えないので。あらゆる人間の職業選択、あらゆる恋愛の傾向、あらゆる対人関係、あらゆる生き方が、実は本人が意識的にコントロールできてるわけじゃなくて、いつか誰かによって心にあけられた穴を無意識に埋めようとして、つまり自分の穴に操られて生きていると思うんです。
人間の性格が「その人が幼少期から、何を、どうやって諦めてきたか」の集積によって形成されるっていうのはフロイトが言ってます。
スー:傷でも癖でもなく、「穴」と表現したのはなぜでしょう。
二村:穴があること自体は良いも悪いもないと思っているので。心の穴からはトラブルの種も生じるかもしれないけど、仕事をしていくエネルギーとか、その人の魅力も生じるわけでしょう。
誰の心にも必ず欠落があって、それを埋めようとして恋愛をしたり何かに依存したり依存症になったり、何かを憎んだりしている。子供の頃に得られていなかったものをなんとか得ようとする。あるいは逆に、親との関係を大人になってから誰かを相手に再現しようとする。自分が親からされたことを他人に対してやってしまう。あるいは親が絶対しなかったことをしようとしてもがく。でも、穴そのものが埋まることは一生ない。埋まったら、その人は何もしない人になっちゃいますよ。
フロイトの流れをくむラカンという精神分析家は「人間は、自分が本当に欲しいものは、自分では絶対わからない」と言います。とくに男性的な人は自分の欠落をあまり認めないよね。自分で自分をコントロールできていると思い込んでいて、それで周囲を傷つける。
女性的な人は逆に自分のさみしさには敏感だけど、そのさみしさや苦しさを目の前の人や社会のせいにしてると被害者意識が強くなって、ますます苦しくなる。
でも少なくとも、だんだん自分のパターンがわかってくれば、お互いの心の穴を悪いほうに刺激しない人と付き合うようになって、そうすると、相当マシになるんじゃないですか。
スー:なるほど。おっしゃる通り、生きていく上で「お互いの心の穴を悪いほうに刺激しない人とつきあう」ことって、幸せな状態でいるのにすごく重要なことですね。私は、あとからどうにかなると思ったら大間違いな気質が、二村さんおっしゃるところの「穴」なのかなと思いました。
二村:個性っていうのは感情の部分だけじゃなくて、変えようがない気質とかも重要な要素ですよね。親の性格や生育環境をこっちが選んで生まれてくることもできないわけだし。
スー:不祥事を起こす人を見ると、明日は我が身と思います。自分の「穴」に落とし前をつけておかないと、中年以降ヤバイんじゃないかっていう恐怖を感じていて。例えばですけど、「自分が欲しいものはこれだ」って猪突猛進していった先に何もなかったらどうしよう、とか。
心の穴をうまく飼い慣らせなくなるのが「中年クライシス」?
二村:中年クライシスってことがある。ある年齢や立場になって仕事のことがある程度わかっちゃって「もう、ここから先は見えた」という虚(むな)しさ、あと加齢による鬱(うつ)とかで心の穴が広がります。成功した男なら若い女に溺れる、子供がいる人なら子供の教育に執着したりスポイルしたり。僕も40代で一回AVが嫌になったんですよ。半年ばかり仕事を休んで妻と子と過ごしたんで、なんとか持ち直しましたけど。
心の穴をうまく飼い慣らせなくなる季節が来ると、心の病気になる。破滅願望も育っていく。
スー:自分の傷に無自覚なゆえに破滅願望を持ってしまった人が近くにいると、大変でしょうね。でも不祥事が起きたら起きたで、近しい男性が「おまえ、ダメだぞ!」って世間の代わりに叱って、それで手打ちになる。
二村:相棒とか親友が、私は彼の悪いところわかってますって、世間に向かって「俺が叱っておきますから」ってステートメントを出すやつだ。ホモソーシャルの中では美談になるけど。
スー:そうそう。あれ、世間で女性が不祥事とされることをやったときには機能しないシステム。
二村:僕、ああいうザ・男性社会が嫌いなんですけど、一方で性の専門家みたいな顔をして偉そうなこと言っちゃってるっていうのもあるんで、いつバチが当たって足を踏み外すかわからないわけです。それは怖いですね。
スー:最近、善悪の軸が強く固定されすぎているような気がしています。実はほとんどのことはグラデーションだから、そう簡単に善悪の二項対立には分けられないと思っていて。善悪だけで言えば、悪の側に回らない人なんていないですからね。
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情報元リンク: ウートピ
自分の傷に無自覚だとどうなる?中年クライシスと「心の穴」の関係【二村ヒトシ×ジェーン・スー】