身に覚えのないことで世間から責められ、気付けば加害者へと転落していた——7月26日公開の映画『よこがお』は、主人公・市子(筒井真理子さん)が不条理なことで“これまでの日常”を失いながらも、どん底から再び立ち上がろうとする物語です。
訪問看護師として働く市子は、訪問先の大石家の長女・基子(市川実日子さん)の介護福祉士の勉強を見てあげるほど一家から信頼されている存在。ある日、基子の妹・サキが行方不明になる事件が起こり、犯人が意外な人物だったことから市子は事件への関与が疑われ、ねじ曲げられた真実と世間によって追い詰められていきます。
分かりやすく「悪」を定義することの危うさを突き付ける『よこがお』。監督・脚本は、『淵に立つ』など人間の心の深淵を描く手腕に定評がある深田晃司監督です。映画を作る際の女性の描き方や表現への向き合い方などについて、3回にわたってお話を聞きました。
【前回】分かりやすく「悪」を断罪する危うさ…『よこがお』深田晃司監督に聞く
いたずらに「強い女性」を描く危うさ
——『よこがお』のプレスシートに掲載されているインタビューで「(現代日本の男性にとって有利な社会が形成されているという事実)に目をつむって実現されてもいない平等を仮構し、いたずらに『強い女性』を描くことは、悪くいえばガス抜きでしかなく、現実の格差を隠蔽(いんぺい)する危険を伴います」とおっしゃっていました。その部分を詳しく伺いたいです。
深田晃司監督(以下、深田):「強い女性」を描くことを悪いと言っているわけではないんです。
映画業界もひっくるめて、ずっと男社会でしたよね。映画の中には男優も女優もいるけど、プロデューサーは大半が男性という時代があった。今は女性も増えてきましたが、全体バランスでいえば、まだ男性のほうが断然多い。
男性的な価値観で映画が作られてきた中で、女性が主人公になっている作品を見ると、男性に負けない強い女性像が描かれがち。『アベンジャーズ』シリーズなどもそうですよね。女性の価値を描くとなると、基本的には「男勝り」な強い女性が描かれる。でもそれって、難しいところだなといつも思っているんです。
——というのは?
深田:もちろん、そういう描かれ方自体は悪くないと思うし、私はマーベル作品も好きなので楽しんで見ているんですけど。じゃあ現実的にそれが社会の鏡になっているのかというと、そうではない。
ハリウッド映画には、上司が黒人という設定も多いですよね。アメリカでは一時期、バランスを考えた政治的配慮で黒人の登場人物が増えたという話も耳にしました。現実的に映画の中ほど黒人が社会進出しているかというとそんなことはないのに、あたかも理想的な社会が実現しているかのようにフィクションが描かれてしまう。
それは未来にあるべき理想をフィクションが率先して描くという意味では正しいのかもしれないけど、一方でガス抜きのようになってしまう危うさはあるかなと思っています。
だから女性をどう描くかと考えたときにも、いたずらに強くでも、いたずらに弱くでもなく描きたいと思いました。
登場人物が男性か女性かは意識しない
深田:ただ、今回の作品に限らずなんですけど、映画を作るときに逆にあえて意識していることは、「登場人物が男性であるか女性であるかを意識しないようにする」ということなんです。
自分は男性なので、どうしても女性というのは異性ではあるんだけど、物語を書くときには「女性だからこうするだろう」とか「男性だからこうするだろう」ということを一切考えないようにすることは意識してやっていますね。1回リセットしたほうが、いわゆるステレオタイプなジェンダーから逃れやすいのかもしれないと感じます。
不思議とそうやって書いてみたほうが「女性のことをよく分かってるね」とか「男性ってこうだよね」と言われることは経験則的に感じています。物語の作り方だけではなく、日常でも「男性だから」「女性だから」と考えないようにするというのは気をつけていますね。
——例えば私たちも「女子力」などという言葉を安易に使いがちですが、情報を発信するメディアとしても気をつけたいです。
深田:それは、フェミニストとして知られた作家の富岡多恵子さんたちも文章の中で警告的に書かれていましたけど、男女差別といっても「男性が女性を差別する」だけではなく、「男性社会の中で育まれた男性的な価値感に女性が染まっている」ケースもたくさんあると思います。
男性社会の中で流通する慣習や価値観を無批判に継承することで差別が引き継がれていくことになります。
※次回は7月25日(木)公開です。
(聞き手:新田理恵、撮影:宇高尚弘)
■映画『よこがお』
7月26日(金)より角川シネマ有楽町、テアトル新宿ほか全国公開
公式サイト:yokogao-movie.jp
配給:KADOKAWA
(C)2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS
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情報元リンク: ウートピ
現実は男性中心の社会なのに…いたずらに「強い女性」を描く危うさ 深田晃司監督に聞く