俳優の池松壮亮さんが心に大きな喪失を抱えるシングルファーザーを演じた映画『アジアの天使』(石井裕也監督)が7月2日に公開されます。
最愛の妻を亡くした池松さん演じる剛が8歳の息子を連れて韓国在住の兄・透(オダギリジョーさん)の元に身を寄せる……という展開で、95%以上のスタッフ・キャストが韓国チームという座組で撮影されました。
映画では、ソウルで出会った日本と韓国の二つの家族が国籍や言葉を超えて次第に心を通わせていく様子が丁寧に描かれています。池松さんにお話を伺いました。
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「小さな救い手の一部に」コロナ禍で公開される意味
——まず、脚本を読んだ感想を教えてください。
池松壮亮さん(以下、池松):今回、プロデューサーとして参加しているパク・ジョンボムさんという韓国の映画監督がいるのですが、僕は6年ほど前に石井監督からパクさんを紹介していただいたんです。その後、お互い日本と韓国を行き来したり交流が始まりました。
数年対話を繰り返す中で互いの真ん中には常に映画がありました。だからいつかきっとみんなで映画を作ることになるんだろうなというのはうすうす感じていました。
そんな中で2018年くらいかな? 石井さんが今回の映画の脚本を読ませてくれたんです。最初の形とはだいぶ変わったのですが、挑戦しようとしている作品のテーマが本当にすばらしいなと思いました。当時日本と韓国の関係は戦後最悪ともいわれ、冷えきっていました。日本と韓国は手を組んだりいがみあったり長い歴史があります。なんとか、この映画を成功させたいと思いました。
人や国が内に向かい、どんどん孤立していって分断があらわになってしまうこの世界において、その再生の兆しがあるとすれば、この映画における家族のようなもの、ゆるやかな団結によって希望を得ていくことなんではないかと感じましたし、それを二つの国の家族にフォーカスして描こうとするこの作品は、非常に先進的かつ優れていて、挑戦のしがいがありました。
——撮影が終わって日本に帰国したのが最初の緊急事態宣言(2020年4月7日)が発令される直前のタイミングだったと伺いました。くしくもコロナ禍の今、この作品が公開される意味についてはどう感じていますか?
池松:決してこうなることを見据えて作ったわけではないのですが、この映画がこの困難な時代に何か小さな救いの手になれるとしたらすごくうれしいことです。コロナの前の数年間の、世界各地であらゆるものが急速に崩壊してゆく様を受けて生み出された物語であることは確かですし、この世界にとって必要な映画を目指してきました。
そこにコロナが重なって、コロナ前に企画され、コロナと共に進行し、コロナ後に公開されるというこの映画の運命に、何かを感じています。傷ついてきた世界への救いとなれれば嬉しいですし、新しい時代を切り開くための冒険、希望を得て、互いの間よりも互いの前にある未来に目を向けるようなこの作品に、大きな自信を持っています。
「100%分かり合うことは無理。でも分かり合おうとしないのはもっとナンセンス」
——韓国で言葉も通じず途方に暮れる剛ですが、「必要なのは相互理解だ」と自分自身と息子に言い聞かせます。「相互理解」はこの映画のテーマの一つですが、コロナ禍でいろんな人の考えや立場が分断されている状況で相互理解というのはますます大変になってきています。「相互理解」について池松さん自身はどうお考えでしょうか?
池松:難しい質問ですね……。変なふうに聞こえてしまうかもしれないのですが、人と人が100%理解し合うことって無理だと思うんです。ただ、理解し合おうとしないことはもっとナンセンスです。違うということ、理解し合えないことを大前提にして、愛をもってどれだけ対象に迫ることができるか、そのことが今人類に試されているんではないかと思っています。
おっしゃるように、より人間が社会的なつながりから隔離や孤立に向かい、グローバル資本主義の行き止まりからナショナリズムに移行する思想が強くなってきた中で、きっと映画もそうなっていきます。映画がこれからいかにして人とコネクトできるかをずっと探っています。
今、この世界の隅々まですべての人がある意味共通の”痛み”を味わったわけですよね。このことは長い目でみれば、人類にとっての好機になると思います。コロナをどう定義するかはまだ早い段階だろうとは思いますが、これまでも長い人類の歴史の中で疫病や困難を乗り越えてきたことの恩恵はあるわけですから、ここから人がどういう未来を求めていくかが何より重要だと思います。
違いを認め合い、相互理解をもとに真の民主主義に迎えていけるのか、映画や表現がその助けとなれるか、自分たち次第だと思います。大変な時期ではありますが、社会とのつながりや人とのつながりをみんながこれほど求めている機会は少なくとも僕がこれまで30年間生きていきた世界ではなかったので、これをどう一人一人が考えて、みんなで生き延びる術(すべ)を考えられるか、見つけられるかはおそらく映画だけではなくいろいろなところで課題なのだと思います。
「食べることと生きることがつながっている」韓国のやり方を見て思ったこと
——95%以上のスタッフ・キャストが韓国チームという座組で撮影されたそうですね。韓国の撮影スタイルややり方で「ここは日本と違うな」と思ったことや発見はありますか?
池松:たくさんありますね(笑)。本当にいっぱいあるんですけど、どれにしようかな? ほっこりするやつがいいですかね……。あ、撮影中のご飯なんですが、お弁当ではないんですよ。撮影場所の近くの食堂を人数分予約して、昼になったら全員が撮影を止めるんです。みんなで食堂に行ってご飯を食べるのですが、そのやり方がすごくいいなあと思いました。
朝は軽食なんですが、昼と夜はいったん撮影を止める。日本は時間をずらしてお弁当を個々に食べるスタイルが多いんですが、韓国ではみんなで食べるんですね。みんなで「いただきます」って言ったらみんなで「おいしく召し上がれ」って言うんですよ。誰かがいただきますというたびにおいしく召し上がれという言葉が返ってくる。最初は作った人じゃないのに変な会話だなと思っていましたけど、確かに誰が言っても良い言葉じゃないかと思ってとても好きになりました。愛情深い言葉ですよね。韓国では食べるということをとても大切にしているように感じました。テーブルにはたくさんのおかずが並び、体に良いものを好みます。生きることと食べることが密接につながっている感じがしました。
——お互いの距離は近づきましたか?
池松:近づきましたね。みんなで地べたに座って。おいしく召し上がれですから。
——最後のシーンもご飯を食べているシーンでしたね。
池松:石井さんも韓国の食文化、食卓文化にはもともと非常に興味を抱いていました。あのシーンは、共に生きているということが感じられるお気に入りのシーンです。
——最後に、池松さんが決めている仕事ルールってありますか?
池松:なんだろうな……難しいですね。そうだなあ……人を見ることかな。俳優って、表現全般的にそうなのかもしれないですが、表現を形にして与えることに目が行きがちなんです。それってすごく簡単なことですし、個人レベルではやるべき前提だと思うのですが、人と何かを作ったりお芝居をするときに、人を見つめた上でやるべきことの可能性を探っていかなきゃいけないと思っているんです。与えることと受けとることのバランスが重要といいますか……。
あとは、こんなこと言うとまた変な人だと思われるからあんまり言いたくないんですが、自分が関わって世の中に手渡す作品に当然責任を感じますし、もっと言うとその中の役柄のそれぞれの人生に責任を取りたいと思ってやっています。何かすみません、「勝負パンツをはいています」とかじゃなくて(笑)。
■映画情報
『アジアの天使』2021年 7月2日(金)テアトル新宿ほか全国公開
【監督・脚本】石井裕也
【出演】池松壮亮 チェ・ヒソ オダギリジョー キム・ミンジェ キム・イェウン 佐藤凌
【クレジット】 (C)2021 The Asian Angel Film Partners
【配給・宣伝】クロックワークス
(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子、写真:宇高尚弘)
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情報元リンク: ウートピ
池松壮亮「人とどうつながっていけるかを模索」『アジアの天使』が今、公開される意味