芳根京子さんが主演を務める映画『Arc アーク』が6月25日に全国公開されました。
本作は、『愚行録』(17年)『蜜蜂と遠雷』(19年)などで国内外から注目を集める石川慶監督が描く、人類史上初めて永遠の命を得た女性の生涯という壮大なエンターテインメントです。
30歳で「不老化処置」を受ける主人公リナを演じた芳根さんと、監督の石川慶さんにお話をうかがいました。
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「私では難しいと思う」オファーを断った理由
——芳根さんは、本作のオファーを一度断っているそうですね。その理由を聞いてもいいですか?
芳根京子さん(以下、芳根):実は、お話をいただいた時期の私はすごく不安でいっぱいだったんです。決意まで気持ちは固まっていませんでしたが、ちょっとだけ「他の仕事も選択肢にあるぞ」と思っていて。この仕事ではない他の道という可能性もあるよなぁ……と。全ては自信がなかったからなのですが。
石川慶さん(以下、石川):そうだったんだね。
——2016年に放送されたNHK連続テレビ小説「べっぴんさん」や『累-かさね-』(18年)、『散り椿』(18年)、『ファーストラヴ』(21年)など。演技に対する評価もよく耳にしますし、順調にキャリアを積んでいるように思っていたので意外な感じがします。
芳根:全然そんなことはなくて……まさかみなさん、私の知らない私を知っています?(笑)。オファーを頂いたときは、本当に自信がありませんでした。すごく面白くて素敵な作品ですし、いったいどんな映像になるのか楽しみな脚本だと思ったのですが、それが逆に今の自分では力不足だというプレッシャーにもなりました。それで、石川監督にその気持ちを全てお伝えしたんです。「人生の経験値もお芝居の経験値も不足していて、この役の人間的な深みを表現するのは私では難しいと思います」と。
石川:メールをいただいたときは、「ああフラれたな」と思いました。けれど、ドラマ「イノセント・デイズ」(18年)でご一緒したときの印象がすごく強く残っていて。僕は、本当に純粋に芳根さんが演じるリナが見たいと思いました。僕自身も思い描けない部分までしっかりリナを作ってくれるのはやはり芳根さんだろうと。一度フラれたにもかかわらず、往生際悪く、何度も説得させていただきました。
3年前は女優以外の道も考えていた
芳根:“今の私”が演じるリナを見たいとおっしゃってくれたことが、飛び込む勇気になりました。もし監督の説得がなかったら、本当に違う道に進んでいたかもしれません。
石川:本当に? 何をしようと思っていたの?
芳根:3年くらい前の話なのですが、実は料理の専門学校に通おうとしていて、体験入学にも行きました。他の入学希望者の方たちと料理を作ったあとに個別の進路相談にも参加して。両立の可能性を聞いたら先生が芳根だと気づいてくださって「本気ですか?」と(笑)。
石川:そりゃそうなるよね。
芳根:「こういう感じでスケジュールが入っているのですが、卒業することは可能でしょうか?」と相談したら「ちょっと、無理ですね」と即答されて「また来ます……」って。だからもしも、監督がオファーをくださらなかったら、説得がなかったら、この作品に出演することを決めていなかったら……。女優以外の道を歩み始めていた可能性もゼロじゃないなと思います。
石川:そっか。でも料理を作っている芳根さんも見てみたいかもね。
撮るたびに少しだけ喜びが増していく
——貴重なお話をありがとうございます。誰だって順調そうに見えるからといって迷いや葛藤がないなんてことはありませんよね。こうなったら、あるいは何者かになったら幸せになれると思ったけど、そうじゃなかったということも多いはず。お二人にもそのような経験があったら聞かせていただけませんか?
石川:どうだろうな……。僕は今、監督をしていてすごく幸せだと思う反面、すごく辛いと思うこともあります。どちらかというと辛いと思うほうが多いかな。今回、芳根さんは僕が撮影中にすごく苦しんでしっちゃかめっちゃかになっている姿も見ていて、僕も彼女が葛藤する姿を見ている。隣を見て、辛いのは自分だけじゃないと思えたから立ち上がれた。『Arc アーク』という作品はそうやって出来上がりました。
毎回思うことなのですが、作っている間の辛さよりも、出来上がったときの喜びが少しだけ勝るんですよね。その大きさは、作品を撮るごとに増しているような気がします。新しい撮影の準備が始まると「なんでまたこういうことをしているんだろう……」って思うんだけど(笑)。
芳根:すごくわかります。この仕事ってすごく楽しいけれど、楽しいことだけじゃない。具体的には、自分の時間がないとか、睡眠時間が不規則になってしまうこともありますし。それでもこの仕事を続けているのは、それ以上の喜びを感じる瞬間があるから。だけど、自分の人生は一度きりなので「こんなはずじゃなかった」という声が大きくなるようであれば、辞めてもいいと思っているんですよね。自分を救えるのは、最終的には自分しかいないので。逃げ道を持っておくことは大切なのではないかと。
——そうですね。
芳根:女優の芳根京子の周りには、応援してくださる方たちも、支えてくださる方たちも大勢います。その方たちに恩返しをしたい気持ちもあるので、なんでも思うように心のままにとはいかないかもしれませんが、立ち止まって周りを見渡して道を決めて行けたらいいなと思います。
毎回ハッとする、リナの登場シーン
——劇中で印象に残っているシーンはありますか?
芳根:私は後半に登場する小林薫さんと風吹ジュンさんのシーンです! 物語の鍵を握る夫婦の役なのですが、その在り方に心を掴まれました。何度見てもお二人のシーンで泣いてしまうほどです。
石川:僕は特定のシーンというよりも、物語全体を通してリナの成長が見えるところが好きですね。各年代でバン!と登場するところにハッとさせられて。ああ、こんなふうに成長したんだ、こうなったんだと。その移り変わりの瞬間が楽しくて、そこを繰り返し見ています。
——若い頃のリナは髪型や衣裳によって変化を感じられますが、30歳で「不老化処置」をしてからは姿が変わることはありません。精神だけが老いていくのを表現するのは難しかったのでは?
石川:そうだと思います。本来、導く役割の僕も「リナはこうです」と明確な答えを出せずにいましたから。現場で芳根さんと二人三脚で作り上げていくような形でした。移り変わりの瞬間は、もう自分が演出したものではないと思いながら見ていましたね。どうやって作っていたのか僕も知りたいです。
芳根:人間って、心に秘めているものが表情に出ると思っていて……。例えば幸せな気持ちでいる人は口角が上がっているし、意地悪なことを考えていたら口が下がる。ほとんどの役でもそうしているのですが、リナへのアプローチも、まずはどんな気持ちでいるのか想像するところから入りました。こんな表情に見せたいというよりも、10代のリナの心はどうなっているかなと。込めた想いが表情や仕草に現れていたならよかったなと思います。
今、永遠の命をテーマにした理由
——なぜ今このテーマにしようと思ったのでしょうか?
石川:不老不死というと、SFの領域を想像される方も多いと思いますが、僕としては「ストップエイジング」と呼びたいぐらいで。感覚としては、アンチエイジングの延長線上にあるもの。アンチエイジングがもたらすものとは、単純に科学的に老いを止めることではなく、それによって学生時代が長くなったり、結婚の時期がちょっと遅くなったり。人生がゆるやかに伸びてきている現象があると思うんです。それはこの10年、20年の間にすごく顕著に現れていますよね。
この状況が、将来どんなふうに進む可能性があるか。「ストップエイジング」の時代が訪れたら——死なないというより生きている時間が延びることになったら——どんなことが起こるのか。これはまさに今の問題だと思って企画を出しました。
芳根:私、考えたこともありませんでした。時は流れていくもので、年はとっていくもの。そういう自覚さえなくて……。そういう中で生きてきたので、すごく新しい価値観をもらえた作品ですし、新しいジャンルの作品なのではないかと思っています。
——監督はどんなときにこのような「問い」が生まれてくるのでしょうか?
石川:当たり前だと思っているものに対して一瞬「本当にそうなのかな?」と思うことはありませんか? 僕の場合は、みんなが「こうだよね?」と言うと「いやいや、こっちもあり得るんじゃない?」と思い始めてしまうんですよね。どうしてみんなは「こう」だと言うんだろうとか。そんな自分だけが思っている疑問の種のようなものが多いのかもしれないですね。
■作品情報
(取材・文:安次富陽子、撮影:面川雄大)
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情報元リンク: ウートピ
映画『Arc アーク』が問いかける、アンチエイジングの先【芳根京子・石川慶】