女性が性の話をするのはタブーとされていた時代が過去のものになりつつある昨今。今よりももっとタブー視されていた時代に、「エイズへの偏見をなくすべく立ち上がり、中絶問題で女性の権利向上を後押し、LGBTQの人々に寄り添ってきた」ひとりの女性がいます。
その人は、「ドクタールース」。今年91歳になる、現役のセックスセラピストです。彼女の人生を振り返るドキュメンタリー映画『教えて!ドクタールース』が、8月30日に全国の劇場で公開されます。
性や身体の映画なの? と思いがちですが、ルースが私たちに教えてくれるものは何か、映画を一足先に観た、恋愛ウェブメディア「AM」編集長の金井茉利絵さんに寄稿していただきました。
性をフラットに語る90歳の女性のドキュメンタリー
性のことをフラットに語り、でも自分の過去を語るのも語らないのも自由だと考えていて、くくられることに敏感で……いろいろな顔を見せる90歳のセックスセラピストには、一言ではいえないかっこよさがありました。
「AM」という女性の恋愛や性を扱うウェブメディアを運営している金井です。このたび、前出の映画を観た感想と、エロをオープンに話すってどんな感じなのかとウートピさんから寄稿の依頼をいただき、お邪魔しています!
まず、ネタバレしない程度に映画について紹介します。ルースは今年91歳になった、ニューヨークに住むユダヤ系ドイツ人の現役セックス・セラピストです。
彼女は42歳で博士号をとり、50歳でセラピストとして開業。そして52歳の時に、NYでラジオ番組『セクシュアリー・スピーキング』のホストに抜擢されます。赤裸々な悩み相談への明瞭かつ学術的な回答が1980年当時はアメリカでも衝撃的で、日曜深夜に関わらず大ヒット。その後は全国ネットでさまざまな番組に出演、ガンガン売れていきました。
性の悩みを明るく切る。そう聞くと、押しが強めなきつい系のおばあちゃんを想像しがちですが、ルースには明るさや正義の押し売りみたいなところは全くありません。どんな相談者に対してもギャグを交えつつ、でもリアルな性を語っていて、ベタベタしていない、不思議な魅力が癖になる感じなんです。
明かされることが少なかった彼女の過去
この作品では、現在のルースだけでなく、今まであまり明かしていなかった彼女の過去についてもふれられています。
1928年ドイツで生まれたルースは、第二次世界大戦のホロコースト(ユダヤ大量虐殺)の時代を経験していて、のちに両親と親戚を失うことになります。
ルースは10歳半でスイスに集団疎開し、疎開先では身分を低い位置に置かれて育ちます。両親からの手紙も途絶え、希望を失ったまま終戦へ。
17歳になったルースは、パレスチナに移動しスナイパーの訓練を受けるのですが、あるとき、砲弾が建物に命中し、両足に大怪我を負い……ってまだまだセックス・セラピストにならないんですけど、予想をこえて過去が波乱万丈なのでハラハラします。見ていて「この人、人生本当に1回!?」ってなりますよ。
ただ、ヘビーな話もありつつ、恋愛禁止の疎開先で余裕で恋をしたり、パレスチナでは恋人の弟(イケメン) に速攻で乗り換えたり、砲弾で大怪我したときは看護師(すごくかっこいい)にご飯を食べられないふりして食べさせてもらったり……。怒涛の人生エピソードの途中に、ウキウキ恋する様子も突然混ざってくるので、リアルにルースに振り回される感じで笑えました。
人間って、悲しいか楽しいかのどちらか一面だけではない、ということを地でいく素敵な人です。
定義をされたくない
このように、彼女はあらゆる面で経験豊富なためか、徹底的に柔軟な人でもあります。「ノーマル」という言葉がとても嫌いで、「常にすべてに敬意をはらう」、と作中でも何度か話しています。
だからこそ、過去も90歳の今も、まったく頭が固くなくて、ユーモアもあり、性に関してもフラットに発言し続けられるんだと思います。
一方で、「えーそうなんだ!」と思うような、印象的だった点がいくつかあります。たとえば、孫に「おばあちゃんはフェミニストの見本のようなことをやっているしフェミニストだよね?」と何回か言われても、自分を「古い堅物よ」といってフェミニストだと認めないシーン。その他にも政治のことは語らないと決めている、と息子さんが語るシーンもあります。
それらは、相談者や読者と距離を作りたくない、というのが大きい理由のようでした。それも納得なのですが、ルースは、誰かが思い描く物語に自分が勝手に乗らされることが、それがいいことか悪いことか関係なく苦手なんじゃないかとも感じました。
あなたはこんな人、この派閥の人、こんな発言をする人、と定義されるのが嫌なんじゃないかと。それが「ノーマルなんてない」という言葉につながる気がしていて。
その「私はこんな人こんな派閥に分けられる訳じゃない、いろいろある私なんだ」って、日常でも割と感じることないですか?
私も「AM」を運営していて、エロや恋愛をオープンにしているから、「じゃあこれが大好きなんだろう」「こういうことが許せないんでしょう」と何となく雰囲気的に決めつけられるとき、そういうところもあるけど、ちょっと違うんだよな~と複雑な思いになることがちょくちょくあります。
たとえば不倫の話をすれば、不倫全肯定派ということになるとか、ビッチといえばセックス以外興味のない人のように扱われるとか、何かを発信すると、すぐその枠にはいっちゃうのか?という。
何かの型に入ったほうがわかりやすさもあるし、なんだかんだ出世もしそうだし、でもそういう訳じゃないんだよな(そういう日もあるけど)ってことって、どんな人にもあるあるなんじゃないかなと。
単純なセックスの話なんてない
恋愛メディアの中で、“エロい”テーマも扱ってるので、前はよくそこだけ取り上げられたり、なぜそんなオープンに?と変な感じで聞かれることもありました。
メディアのテーマとして、「女性の選択肢を広げて背中を押すこと」だからと答えたりもしますが、単純に性と恋愛の関係は深いことと、そもそもセックスの後日談って笑えるし面白いから、みんなで楽しみたかったんですよね。
そういう風になった流れとしては、「AM」が立ち上がった2012年、同年代の友人である前編集長と、ただただ面白い恋愛話やエロ話をしてずっと笑っていて、この感じをそのまま入れたかった、というのがありました。
だから、ことさら女性の性をもっと肯定しよう!というよりは、元々当たり前のように話しているし、さらにいうと、自分たちなりにめちゃくちゃウケた話の中にたまたまエロい話があった、というのが近いです。
その一方で、当時から、世間への違和感自体は感じていて、それは「女性だから真面目に真剣に性を語らなきゃ!」みたいな空気に対してだったと思います。なので、逆に「女性は笑いながら性を語らないといけません!」という空気だったら、真面目に語っていたかもしれないです……(笑)。
これこそ、誰かの考えた物語に乗らされることが嫌だったからですね。今はそうでもないですけど、女性はふざけてないのが当たり前みたいな空気が少しあったんですよね。
といいつつ、自分も空気に飲まれて、きちんと語る人を装う日もあります。さらっと説明されていたけど、ルースも威厳のある話し方を基本的にはしていると知って、確かにそれも必要だ、と気づきました。自分がありのままでいるための、さわやかだけど巧妙な見せ方がうまいので、そこも参考になります。
いろんな自分がいてそれを全部自分だと認めていたいと思うので、それでいいんだと感じられる、素晴らしすぎる90歳でした。
まだまだこの先も楽しむというようなセリフもあり、この先も自分の物語を作って本当の意味で生きないとな、とより決心がつく作品です。同じように何かにくくられるような感覚がある人にはぜひ見ていただきたいです。
■イベント情報
8月25日(日)、本屋B&B(東京都世田谷区)にて、『おしえて!ドクター・ルース』の公開を記念したイベントが開催されます。ゲストに金井さんと、エッセイストの紫原明子さんが登壇します。詳細はこちら
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情報元リンク: ウートピ
恋愛とエロを深掘りするメディアの編集長の私が、90歳のセックスセラピストに感じたこと