恋のこと、仕事のこと、家族のこと、友達のこと……オンナの人生って結局、 割り切れないことばかり。3.14159265……と永遠に割り切れない円周率(π)みたいな人生を生き抜く術を、エッセイストの小島慶子さんに教えていただきます。
第39回のテーマは「わきまえる/わきまえない」ことについて。
私も「わきまえて」きた
あなたは、空気を読むのが得意ですか? 求められる役割をちゃんとわきまえて行動しているでしょうか。
森喜朗東京五輪・パラリンピック大会組織委員会・前会長の女性差別発言をうけてTwitterでは「#わきまえない女」というタグが盛り上がりました。森氏は、日本ラグビー協会では女性理事が活発に発言するので会議が延びて困るが、五輪組織委員会の女性理事たちはそれと違って「わきまえておられる」ので余計な発言はしない、そういう女性理事なら歓迎だという趣旨の発言をしました。
つまり、森氏の方針に従順な女性なら仲間に入れてやるということです。さらには、女性理事は発言時間に制限が必要だとも。当然、こうした女性差別発言は国内外から強く批判され、森氏は辞任。けれど謝罪会見でも、ことの本質を理解しているとは言い難い態度でした。
こうした「森さん」的な人はあちこちにいますよね。これまでそんな男社会の空気を読んで、オンナの身の程を「わきまえた」行動をしてきた女性はたくさんいます。私にもその経験があります。そうしなければそこにいられないのですから、他に選択肢はありません。女は男に口を挟まない、女は男に異を唱えない、女は可愛げのある態度で、男をケアすることに専念するべき。場を和ませ、華やげて、男をいい気分にさせるのが務め。
女にしかできない役割だと誇りを持っている女性もいるでしょう。けれど私は、それは対等な扱いではないと思いました。いくら制度上男性と同じ待遇でも、実際に求められる役割が男尊女卑を強化するようなものであるなら、対等な扱いとは言えません。
「共演者の男性を立てるようにリアクションして」
かつて私がメインパーソナリティを務めていたあるラジオ番組で、プロデューサーから「中年男性にもっと聴いてもらいたいから、日替わり共演者の男性たちを立てるようなリアクションをして、おじさん受けする喋りに変えてほしい」と言われました。急にそんな不自然な喋り方になったらリスナーはすぐにおかしいと気がつきます。それはできないと言いましたが、どうしても意見が折り合わず、自ら番組を降板しました。
私は共演男性に対しても男性リスナーに対しても対等な立場で敬意を持って喋っていました。男に聴かせるには男をいい気分にさせればいいというそのプロデューサーの発想は、女性も男性もバカにした態度だと思いました。自ら降板するのはまさに「わきまえない」行動だったため、わがままだとか勝手だとか言う人もいましたが、性差別的な番組の方針と合わないなら、自ら身を引くほかありませんでした。
こういう話をすると必ず、それくらいのことで意地を張らなくてもとか、男だって同じことを求められて耐えているという声が上がります。部下は上司に口を挟まず、異を唱えず、従順な草履取りであるべし。上司がご機嫌になるよう場を盛り上げるのが務め。俺たちはそれを当たり前のこととして耐えているのに、女だけ被害者ヅラするな。むしろ女は、俺たちよりも若い時から目をかけられ、可愛がられて得をしているじゃないか。女を売りにして、上司に取り入っているじゃないか。都合のいい時だけセクハラや差別を持ち出して、男がみんな悪者みたいな言い方をするな。女はいいよな、声をあげれば世間が味方してくれて。俺たちはたとえ声をあげても、単に負け犬扱いされて終わりなのに、と。
敵は女性ではない
そう、問題は同根です。男性が権威主義的な上下関係の下で個を抑圧された「兵隊」をやらされるその構造に、性差別が掛け算になったのが、女性の置かれている立場です。女性のしんどさは「俺たちのつらさ」と別物なのではなく、男のつらさに「常に性的な眼差しに晒され、性別を理由に不当に扱われ、排除される苦しみ」が掛け算になっているのです。だから、もし女性差別に対して「男の方がもっと……」と言いたくなったら、その自分を苦しめている理不尽な男社会を変えるには、女性差別をなくすことが近道なのだと気づいてほしいです。同質性の高い組織で、”正規メンバー”以外は理不尽な扱いをされて当然というその価値観と構造こそが闘う相手なのであって、敵は女性ではありません。
同調圧力の高い組織では、「森さん」的なリーダーの下で空気を読んで身の程をわきまえればわきまえるほど、抑圧的で差別的な価値観に加担することになってしまいます。では、”わきまえない”人になるにはどうしたらいいのでしょう。女性差別は許せないけど、いきなり文章を書いたりデモをする勇気はないし……という人がほとんどでしょう。けれど、普段の行動をほんの少し変えるだけでも、確実に世の中の空気は変えられます。
まずは、政治家や著名人などの差別発言のニュースをスルーせずに、これはおかしいよね!と思ったらSNSなどでシェアしたり、家族に話したり、一言「差別にNO」と書き込むところから始めてもいいですね。テレビの差別的な表現には、放送局にメールや電話で意見を送るのも効果的です。そうした意見は制作現場に届きます。現場は視聴者の意見をかなり気にしているのです。
身近なところでできることで言えば、職場などで今までは同調していた場面で同調するのをやめるというのもアリです。たとえば上司がセクハラ発言をしたり、女性をバカにしたような発言をしたときに一緒になって笑わない、というのは地味なようですが、無理なく確実に空気を変えるいい方法です。
男性だけでなく、女性も「こんなことで怒ったら頭の固い女だと思われる」と周囲に合わせて差別的な冗談に笑うことも少なくありません。でもそれは「女性だって笑っているのだから、女性を侮蔑するようなことを言っても構わない」と差別発言にお墨付きを与えることになってしまいます。その場で「今のはひどいです」と言うのはハードルが高すぎるなら、今まで笑っていた場面で笑わないようにするだけでも、それを見た周囲の人が「ここで笑うべきではないのかな」と気づくきっかけになります。
堂々と「わきまえない」言動ができなくてもやれること
誰かが女性をバカにしたり、性的少数者を貶めるような発言をしたときに、その場のみんながどんな態度をとるかを当事者はよく見ています。みんながドッと笑っている中で、孤独や不安を感じている人が必ずいるのです。だからもし「ここは笑うべきではない」という態度をとる人が一人でもいれば、誰かを孤独にしないですむかもしれないのです。差別されて傷ついたり落ち込んでいる人がいたら、さりげなく声をかけるのも無理なくできることですね。
まずはそんな小さなことから始めてみると、次第に小さなわきまえない運動をしている仲間が見つかります。仲間ができれば、例えば組合に相談するとか、会社の窓口に連絡するなどの行動も取りやすくなるでしょう。会議の場などで堂々と「わきまえない」言動をする勇気がなくても、できることはあるのです。
そしてもし、勇気を出してわきまえない発言、つまり理不尽な圧力に屈せずに大事なことを発言した人がいたら、どうかその人を一人にしないでください。その場で「私もそう思う」と言うのがどうしても難しければ、その人に目で同意を伝えたり、頷いたり、後で賛同を伝えることもできます。そして同じ気持ちの人を見つけて、次は何人かで発言することもできるかもしれません。
そんなことで何が変わる?と思うかもしれませんね。でも、変わるのです。ここ5年の日本の社会の変化を見ても、目覚ましいものがあります。森氏の発言が2016年だったら、よくあること扱いで、辞任には至らなかったでしょう。この5年で一人のヒーローが日本を変えたのではありません。大勢の人が暮らしの中で地道に「おかしいよね?』「これ、怒っていいよね」と考え、言葉に出してきたから世論が変わったのです。一人の呟きは決して無駄ではありません。
息苦しい日本を変えたいと思ったら、まずは「小さなわきまえない運動」から、始めてみましょう。
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情報元リンク: ウートピ
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