「結婚とは何か」がまだイマイチ言語化できていない桃山商事の清田が、様々な方たちとの対話を通じて学びを深めていくこの連載。バタバタ暮らしているうちに時間が経ち、前の回から2年もブランクができてしまったが……その間に清田は双子の親となった。
子どもが生まれてから今日までの大半がコロナ禍と重なり、パートナーとともにずっと在宅で仕事&子育てに追われているが、食事を用意し、散歩に出かけ、お風呂に入れ、寝かしつけ、夜泣きしてはミルクをあげるという日々にもずいぶん慣れた。両親が手助けしてくれる恵まれた環境にあり、こうして原稿を書く時間もなんとか確保できている。そういう中で今度は「親になるとはどういうことか」という問いも生まれてきた。
そこで今回は、『私、子ども欲しいかもしれない。 妊娠・出産・育児の“どうしよう”をとことん考えてみました』(平凡社)や『すべての夫婦には問題があり、すべての問題には解決策がある』(扶桑社新書)などの著書があるエッセイストの犬山紙子さんと、ご自身の経験を『シングルファーザーの年下彼氏の子ども2人と格闘しまくって考えた「家族とは何なのか問題」のこと』(河出書房新社)にまとめた書店員の花田菜々子さんをゲストにお招きした。
妊娠、出産、パートナーシップ、親子関係など、家族と個人のあり方について考察を続けるお二人と一緒に、家族とは何か、親になるとはどういうことかについて語らってみたい。
あ、私どんどん子どもが欲しいって思い始めてる
清田隆之(以下、清田):花田さんと犬山さんの著書はどちらも「わからなさ」から出発しているものに感じたんですね。結婚、子育て、家族など、自明のものとされている概念を自分なりに問い直しながらそれぞれの問題と向き合われているように感じます。
花田菜々子(以下、花田):この連載のタイトルも「結婚がわからない」ですもんね。
清田:結婚してから4年以上経っていて、いつまでそんなこと言ってんだって話なのかもしれませんが……そんな簡単に答えはわからないよなって。
犬山紙子(以下、犬山):わかります。私も昔は「結婚しないと孤独死する」という変な刷り込みがあって、よくわからないまま「結婚しなきゃ!」と焦ってました。結婚という手段が孤独を取り除き、生涯の安心をもたらしてくれるような、そんな魅力的なものに思えていて。運良く大好きな人にめぐり会えて結婚するに至ったわけですが、今思うとそういう焦りや刷り込みの影響もあったかもなって。
清田:子を持つことに関してはいかがでしたか? 犬山さんは著書の中で、33歳のときに「子ども欲しいかもしれない、でもやっぱり子どもいなくてもいいかもしれない、どうしよう!?」って悩み始めたと書かれていましたよね。
犬山:まわりを見渡すと、子どもを産んで働いている人は大変だと言ってるし、専業主婦の人も大変だと言ってて……「これ、本当に私にできるの?」って。正直、結婚は離婚という選択肢もあるけれど、子どもの場合そうはいきませんよね。だからめちゃくちゃ悩んで、それでいろんな人の話を聞いてみたいと思ったのが『私、子ども欲しいかもしれない。』を書いたきっかけでした。
清田:取材を進める中で「あ、私どんどん子どもが欲しいって思い始めてる」と気づいていき、それから生理がくるたびに少しがっかりした気持ちになったという話が印象的でした。
犬山:がっかりするのと同時にほっとした気持ちにもなっていて、自分の中でも揺れ動いていました。妊娠が発覚した前日は仕事で名古屋に出張していて、いつもは帰りの新幹線でビールを飲むんですが、そのときは変な予感がしてやめといたんです。それで帰宅後に妊娠検査をしたら陽性で。
花田:私も犬山さんと同じような思いがあって、当時は元夫と結婚していたので、子どもがいたらいたで楽しい気もするし、でも欲しくない気もするし……と思いながら暮らしていたんですね。で、ここが分かれ道だと思いますが、生理が遅れて、もしかしたらできたかもと思う瞬間があり、そこで自分は「嫌だ」と感じたんです。
清田:それはこう、ハッキリとした感覚だったんですか?
花田:そうですね。例えば高校生のときに「やばいやばい、生理きてないよ」「妊娠してたらどうしよう」みたいな話を友達としたことのある人も多いと思いますが、感覚としてはあのときのまんまというか(笑)。自分は子ども欲しくないんだなって、そこで自覚した感じがありました。
子どもを産む側に立てないという劣等感
犬山:清田さんはどうだったんですか?
清田:30代前半くらいまではまったく考えたことがなかったのですが、妹が子どもを産み、姪っ子や甥っ子と接する機会が増えたことなどもあり、子を持つ未来が少しずつ想像できるようになりました。結婚相手のしおりさんもまさにお二人と同じような感覚で、欲しい/欲しくないが半々でした。じゃあ避妊はせず、自然にできたらそれもいいねって話していたんですが、いつしか夫婦生活が控え目になっていきまして……あるとき「自然にとは?」という話が出た。それで1年ぶりくらいの機会があったときに妊娠に至りまして、「的中率やばい」って(笑)。ただ、とても悲しいことにその子は安定期を迎える直前くらいのタイミングで死産となってしまったんです。
花田:私も帯文を書かせてもらった清田さんの著書『さよなら、俺たち』に、そのときの経験が詳しくつづられていましたね。
清田:しおりさんの子宮には元々大きめの筋腫がふたつありまして、それもあってしばらく身体を休ませようとなりました。それで1年後くらいにまた改めて相談し、子を持てたらいいねって話になりまして、今度は前よりも計画的に、アプリで生理のタイミングを見計らいながらゆるやかな妊活を始めたところ、驚くことに今度は双子の女の子を授かったというのが大まかな経緯です。
犬山:いろんな経験をする中で少しずつリアリティが出てきたというのはすごくわかるような気がします。
清田:ただ、犬山さんは生理がこなかったときにがっかりした気持ちになり、花田さんは妊娠したかもってときにハッキリ嫌だって感じたと言っていましたが、自分にはそういう瞬間があったわけでは正直なく……その身体感覚を伴う確信みたいなものの有無に関しては、やはり男女差が大きかったりするんですかね。
犬山:うーん、どうなんですかね。自分の中に「子ども欲しい」って気持ちが芽生えたのは、取材を重ねる中で徐々に覚悟みたいなものができていったのが大きかった気がします。生理のがっかり感に関しても、私もアプリを入れたことで妊活しているという意識が強くなったので、どちらかというと「努力が報われなかった……残念」みたいな感じで。
花田:わかります。本能的というより頭で考えてのことって感じですよね。私の場合も「今妊娠したら海外旅行に行けなくなっちゃうじゃん」とか「せっかく仕事が楽しくなってきたのに……」とか、ほんとしょうもないんですけど、女も意外と社会的というか、打算とかそういうことも込み込みの気持ちじゃないかなって思います。
清田:そうか、そうですよね。いわゆる“母性本能”みたいな、女性の身体を過度に神聖視するような発想が自分の中にあったかもですね……。
花田:なるほど(笑)。清田さんからしてみたら、子どもを産む側に立てないという劣等感みたいなものがそういう気持ちにさせているのかもしれないなって私は感じました。
自分変わろうキャンペーンと完璧主義の呪縛
犬山:私は妊娠したあと、「今の自分のままじゃまずいぞ」って気持ちになり、そのとき徹底的に内省した記憶があります。その少し前から、あれ、私が昔書いていたことって、人をカテゴライズしたり、すごく偏見をぶつけるようなものだったりしたかもしれない。自分にぶつけていたつもりの自虐も、もしかしたら同じ属性の人たちを攻撃するようなものになっていたのではないか……というようなことを思うようになっていて、将来、子どもが読んだときに「お母さん、これ何?」って聞かれるなって。
花田:わかります。家に著書が置いてあったら、なおさら手に取る可能性ありますもんね。
犬山:ちゃんと説明できるようにしておかないといけないし、自分自身もこれではダメだと思って。しっかり反省の念をネットや記事で表明しようって。子どもが欲しいかどうか迷っているくらいからそういうモードになってきたのかな。他にも、私は長いこと自分の容姿にコンプレックスがあったんですけど、子どもにも同じように悩ませたら嫌だなって気持ちがすごく湧いてきて、それで自分の中のルッキズムの問題に決着をつけようって。あと自分の未熟な部分というか、理不尽に不機嫌やイライラを出してしまうところがあって、子どもにこの姿を見せちゃダメだなって。それでカウンセリングを受けるなど、自分変わろうキャンペーンが始まりました。
清田:それで言うと自分も、昔から“詰め込み癖”みたいなが課題がありまして、キャパシティ以上の予定やタスクを抱え、パツパツになって首がまわらなくなる……みたいなことを繰り返してきました。フリーランスの文筆業は基本的に受注側なので、仕事のオファーをたくさんいただけるのは幸運なことなのですが、双子が生まれ、育児が生活の中心になっていく中で仕事とどうバランスを取っていくか、常に悩みの種になっています。
花田:在宅だと仕事と生活の切り替えが難しそうですが、実際どうやって時間をやりくりしてるんですか?
清田:今年の4月から保育園に通い始めたので、平日の9時〜18時が仕事にあてられる時間なんですが、まだ夜中のミルクがあったりで常に寝不足状態で、午前中はほとんど仕事にならずで。あとは家事や買い物、事務作業やメール返信などやっているとあっという間に夕方になり、原稿仕事に取りかかれるのが結局寝かしつけしたあとの数時間って感じになってしまいます。あらゆる締め切りを延ばしてもらいながらやっているのが現状なので、子どもが風邪を引いたりすると一瞬ですべてが詰んでしまう一方、仕事が進まないことの焦りや苛立ちを抱えたままだと妻や子どもとのコミュニケーションに悪影響が出てしまったりもするので、本当にどうしたらいいかわからなくて。
花田:清田さん、かなり疲れてますね……。シングルファーザーのパートナーを見ていると、ポジティブな意味で子育てがいい加減というか、「あのあと仕事に行ったってことは、子どもたちのご飯はどうしたの?」とかって聞くと、「まあ自分たちで何か食べるでしょ」みたいな感じなんですよ。「えっ!?」って。もし私がその立場だったら「親として失格だ……」とか思ってしまいそうなんですが、実際に中学生と小学生の子どもたちはレトルト食品とかカップ麺とか適当に食べてるし、自分たちのことを別に不幸だなんて思ってないわけですよね。彼らを見ていると、子育てってそれくらいルーズでもいいのかなと思ったりもして。
清田:そう言えば前回この連載に出てくれた漫画家の田房永子さんも、「豚汁とご飯を堂々と出してきた夫がまぶしく見えた」という話をしてました。自分だったらおかずを複数用意しないとソワソワしてしまうのに、豚汁で一汁一菜をやってる夫がまぶしい!って。
花田:そうそう(笑)。清田さんも完璧主義になりかけているというか、「自分はあれもできていない、これもできていない」って思っているのでは? 仕事をしたいという気持ちすらも罪悪感の中で語らなくちゃいけないような状態はなかなかしんどいですよね。
犬山:私も豚汁ひとつでドヤァ!ってするタイプかも(笑)。でもそれは、元からそういう性質だったわけではなく、20代の頃に母親の介護をしていた経験があるからなんです。要介護5という大変な状態だったのですが、その頃は完璧主義というか、「私たちきょうだいでお母さんを看る!」と意気込んでまんまと精神的にしんどくなり……。当時は彼氏に当たり散らしたりしてました。自分が無理してることにも気づけない状態に長くあって、そこから徐々に自分が追い詰められていることを自覚し、ヘルパーさんの力なども借りられるようになって。そういう経験があったから子育てでは自分を追い詰めないよう意識しています。むしろ「楽をしろ!」「サボれ!」って、寝転んだら「偉いぞ!」と自分を褒めてあげるほどです(笑)。
(文:清田隆之/桃山商事)
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情報元リンク: ウートピ
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