私たちの周りにあふれている「あたりまえ」なこと。けれど、昔はあたりまえじゃなかったかもしれないし、世界ではいまでも悪い習慣が根付いているかもしれません。
長いことこびりついてカチコチになった思い込みは、なかなか取り除くのが難しいもの。そのタブーをかえることに挑んだ男性の実話を元にしたインド映画『パッドマン 5億人の女性を救った男』です。いまだ生理を「穢れ」としてみなす風潮があるインド社会のタブーに挑んだ本作。インドで公開されると同時に「オープニングNo. 1」を獲得し、大きな話題となりました。
ウートピでは、この映画の日本上映を待っていた!という歴史社会学者の田中ひかるさんと、日本上映を決める選定試写の段階から関わっているという、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントの後藤優さんの対談を企画。『パッドマン』が私たちの胸を打つ理由について語り合っていただきました。最終回は「信念を持つということ」についてです。
初経をお祝いするのはなぜ?
——作品の中では、大人の女性たちが歌や踊りで、初経を迎えた少女を祝うシーンがあります。しかし、夜になると一転して少女は冷たいベランダで眠ることに。「穢れ」の概念により家の中に入ることが許されないからです。日本も赤飯を炊いてお祝いする風習がありますが、“そういうものだから続けている”というのに違和感があるんですよね。
田中ひかるさん(以下、田中):初経を祝うのは、共同体として子どもを増やす必要があるという考え方によるものですね。「大人の体になって子どもが産めるようになってよかったね」ということです。その一方で、月経時の隔離の慣習や、宗教施設への立ち入り禁止といった慣習を守るのは、共同体から外れたら、冠婚葬祭も行えないシステムだったからです。協力しあって生きていくという前提では、「うちだけやりません」とは言えません。
——そうやってはみ出すことを拒んでいたら、変わるのが難しそう。欧米と比べて、日本でナプキンの開発が遅れたのも、そういった風習が原因なのでしょうか。
田中:確かに、「生理用品を改良したいなんて恥ずかしくて言えない」と、月経不浄視が一因になった面もあるとは思います。けれど、生理用品がそこまで必要なかったという側面もあるでしょうね。
後藤優さん(以下、後藤):必要なかった?
田中:昔は、結婚する年齢も若く、その後はすぐに妊娠、出産、授乳、間を開けずに次の子どもをまた出産する……というようなサイクルで、閉経までほとんど月経がなかったという女性も多かったのです。だから、布や古紙の代用でもあまり支障がなかったのだと考えられます。
発明品で意識改革まで行った『パッドマン』
後藤:「血の穢れ」の概念はどこから来ているのでしょうか?
田中:最初は血液に対する恐怖心だったと考えられます。経験的に、血液が感染症を媒介することがわかり、女性が血を流している時——お産や生理の時——は隔離した方がいい、と。日本の場合は、平安時代に女性の「血の穢れ(血穢)」が『弘仁式』や『貞観式』『延喜式』に規定されました。それが正式に廃止されたのは、なんと明治時代になってからです。
月経小屋については、女性の体を休ませるためだという説もありますが、実際に小屋で生活していた人たちからの聞き取り調査では、月経中も重労働をしていたことがわかっています。もちろん、小屋の慣習にも地域差はあったと思いますが。
後藤:なるほど。
田中:隔離されて、「汚らわしい」などと言われたら、自己卑下の気持ちが積み重なりますよね。でも、生理用品が未発達な時代には、月経中であることを隠しきれなかったですし、自由に活動することもできなかった。それが、使い捨てナプキンの普及によって周囲から悟られることがなくなり、忌むことを求められなくなった。さらに、生理中でも普段どおりの生活ができるようになった。つまり、女性たちが自己卑下から解放されて、自信を持てるようになったということなんです。
後藤:『パッドマン』はインドでそれを成し遂げたということですよね。
田中:そうです。彼が発明したのはただの日用品ではありません。人々の意識を大きく変革しているのですから。
——そのストーリーがまさに怒涛の展開でしたね。絶え間なく絶望がやって来ては乗り越えて。
後藤:そうですね。そこにあるものは、何よりも強い『パッドマン』自身の思いです。どんなに「お前は狂っている」とか、「おかしい」と言われても「愛する人の恥を誇りに変えたい、守りたい」という信念ですよね。これがほぼ実話なのですから、勇気をもらえますよね。
原作のモデルとなったムルガナンダムさんも、事実にこだわったと言っていました。自分でも現場に立ち会って、言っていないことは言わせなかった、と。ただし、パリーさんの存在はちょっと作ったと言っていました。実際、サポートしてくれた女性はいたようなのですが、「ロマンスはなかったよ」と(笑)。
田中:パリーさんとどうなるの? というのも見どころですよね。
強い思い込みを解放するには強い信念が必要
——トラブルは絶好の機会だという考え方にも刺激を受けました。
後藤:そうですね。インドはトラブルが多いからチャンスもたくさんあります。ただ、ムルガナンダムさん自身は、それをビジネスで成功するための絶好の機会だと思っているわけではなくて、純粋に「妻を助けたい、苦しんでいる人たちを救いたい」という一心で行動しているんです。
田中:映画の中でパリーさんが、「特許を取ればいいじゃない」「お金が入るわよ」と助言しますが、そこにも乗りませんでしたよね。女性たちに快適な生理用品を、という思いから始まったのは、日本のアンネナプキンも同じですね。
坂井泰子さんという主婦が1961年にアンネ社を立ち上げ、ナプキンを開発、販売したのですが、それ以前の経血処置は、ゴムで防水してあるショーツの中に脱脂綿を当てる形が主流でした。その方法では不十分で、電車やバスの中、学校の廊下などに血のついた脱脂綿が落ちていたそうです。それでは女性があまりにも惨めで恥ずかしいので、なんとかしようと起業したそうです。
——思いが大切ですよね。
田中:坂井さんがやらなくても、ナプキンやサニタリーショーツは誰かが発売したと思います。けれど、彼女の思いがなければ、月経に対する気持ちやイメージを変革することはできなかったかもしれません。やはり最初にアクションを起こす人は偉大ですよね。
後藤:ラクシュミを演じた、アクシャイ・クマールさんもインタビューで「何も変えようとしなければ、変化は生まれません。そして肝心なのは教育です」と言っていました。目をそらして来たことや、社会の現状を知ることも小さな一歩ですよね。『パッドマン』が誰かの行動を変えるきっかけにつながったらうれしいです。
『パッドマン 5億人の女性を救った男』上映中
(構成:ウートピ編集部 安次富陽子、撮影:大澤妹)
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情報元リンク: ウートピ
変えようとしなければ、変化は生まれない。信念を持つということ