「浅野真澄」名義で声優やナレーターとして活動している、あさのますみさんによるエッセイ『逝ってしまった君へ』(小学館)が6月30日に発売されました。
ある日突然、大切な人の自死を経験したあさのさんが、大きな悲しみの中で見つけた日々の気づきや遺された人々の思いを、“君”への手紙の形でつづった随想録で、「note」で掲載されるや否や反響を呼びました。
そんなあさのさんと対談するのは、燃え殻さん。デビュー作『ボクたちはみんな大人になれなかった』(新潮社)に続く小説第2弾『これはただの夏』(同、7月29日発売)の発売を控える燃え殻さんとあさのさんの対談の様子を2回に分けてお届けします。
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あさのさんと燃え殻さんの出会い
燃え殻さん(以下、燃え殻):あ、お久しぶりです。とは言ってもあさのさんと初めてお会いしたのは4月ですよね。
あさのますみさん(以下、あさの):そうですね(笑)。4月の半ばくらいですかね? 私は元々、燃え殻さんのファンだったんです。燃え殻さんの本がすごく好きで、それこそ、発売日に本が届くように予約してたくらい。それで最新のエッセイを読んでいたら、知ってる人の名前が出てきて。放送作家さんなんですけど、「燃え殻さんとお友だちなんですか? 私すごく好きなんです」ってメッセージを送ったら、「2人でラジオをやってみませんか?」って言われて。
でも、燃え殻さんはお忙しそうだし、ラジオを受けていただけるかどうか分からなくて……。4月に初めてお会いした時に、私が「ファンです!」と言ってしまったら、「断りづらいかな? 圧をかけてしまうかな?」と思って、最初は内緒にしていました(笑)。前向きに検討していただけそうだったら、「実は好きなんです」って言おうと思ってたんですけど。
燃え殻:僕はラジオがすごく好きなので、お話をいただいた時に、あさのさんのラジオを聞いてみたら、なんかキャッキャッしてたんですよ(笑)。でも、お会いした時に、「cakes」つながりで、いろいろな話をさせてもらって。ちょうど本を出されるということで、あさのさんに「本を、どうやって宣伝したんですか?」ということを質問されたり。
あさの:「燃え殻さんの本は、もちろんおもしろいのは大前提として、どうしてあんなに売れたんですか?」とか、今思うと失礼なこともたくさん聞いてしまいました。なのに嫌な顔ひとつせず寛大に経験談を話して下さって、なんて懐の深い方だ! と感動しました。
届けたい”この人”ではないけれど、その横で被弾するような本が好き
燃え殻:あさのさんの今回の本はとても大切な本だと読んだときに強く感じたんで、「いろいろな人に偏見なく読まれるには、どうしたらいいだろう?」と。僕も、最初は、「Twitterなどで知っている人以外の人に本を手にとってもらうにはどうしたら良いだろう?」と試行錯誤していたので……。色眼鏡二つくらいつけて、見られるのはわかっていたので。あさのさんの今までのキャリアを踏まえて読まれる方もいると思うんですが、本の内容から見ても、あさのさんのことを知らない人たちに届いてほしいなと思ったんです。
あさの:「色眼鏡」と言えば、私も声優ということで偏見がいまだにあるんですよ。それこそ、執筆活動を始めたばかりの頃はアフレコスタジオとかに行っても、「いよっ! 先生! 今でもアフレコしてるんですか~?」って言われたり。
燃え殻:そういうのは……ものすごいわかります。
あさの:「担当編集者さんがアニメファンだから、本を出せたの?」とか、「私も絵本だったら書けそう」とか言われることも。だから今でも、声優としての仕事先では、執筆のことは自分からは絶対に言いません。相手にとってはきっとただの冗談なんだと思いますが、真剣に取り組んでいる分、うまく返せなくて。
燃え殻:あさのさんの今回の本は、すごくパーソナルな内容になっていますよね。僕はガーッと一気読みしちゃって、長い手紙を読んでいるようでした。あさのさんの活動を追ってきた人たちからしても驚かれるポイントがたくさんあると思う。簡単にいうと本題以外もかなり赤裸々。読んだ人が自分事として考えて、「自分だったらどうするだろう?」って思える内容だと感じました。
これは僕の好みなんですけど、「たくさんの人を感動させたい」って意気込んでる本より、「この人に届けたい」って目がけて書いてる本の方が伝播する気がします。読んでいると作者の意図ではないですが、被弾してしまうような本。今回の本に関しては、完全に僕は被弾しました。彼を思うことだったり、自分の中でいろいろな選択をするなかで、「きっとこの場面を忘れないだろう」という誠実な記憶みたいなものが感じられて。文学的かどうかはわかりません。でも、とても人間的だなと思いました。
あさの:ありがとうございます。
自分にも起こることかもしれない 装丁に込めた思い
燃え殻:今回の本を読んで、「この人とは合うな」「この考え方は共感できるな」って思いました。思い出の処理の仕方や生き方が、不器用で誠実かつ不器用。不器用、二回言ってますが。
「こんなに真っ直ぐで誠実な本を久しぶりに読んだなあ」って思いました。文字だけの装丁にもビックリしたんですけど。直球ど真ん中でぶつかっていくのが、あさのさん、ぽいし、この本っぽいなって思いました。
あさの:本の装丁は、いろいろなデザインを出していただいたんですけど、どうしても選べなくて……。なるべく自由にイメージを膨らませて自分事のように読んでほしかったので、「文字だけのものが見たいです」ってお願いしたんです。大切な人の死は、特殊な経験なんだけど、決して他人事じゃない。自分にも起こることかもしれない。そういうことをイメージしたときに、文字だけというのが、実は一番膨らみのある表紙なんじゃないかなって思ったんですよね。
燃え殻:『逝ってしまった君へ』というタイトルも含めて重くなりがちな内容だと思うんですけど、あさのさんの人生の中の出来事を、多くの人たちと共有しながら、昇華してしていく。本の中では、あさのさん自身が、暗闇の中をさまよっていた時期のことも書かれていましたよね?
あさの:逝ってしまったかつての恋人の遺書だったり、亡くなった時のことを書くにあたって、私自身も自分のことをさらけ出さないとダメだと思ったんです。ご遺族の了承を得たうえですけど、彼が私たちに見せてくれたものを世間に出すからには、私自身も、学生時代に水商売をしていたこととか、彼とお付き合いしてこんなことを思って、傷ついて泣いてっていうことを、全部書かないとフェアじゃないような気がして。私の中では、上半身裸になったような気持ちで、覚悟を持って書きました。
だから最後まで書けて良かったし、小学館の担当編集者さんが手を挙げてくれたからこそ、本という形にしてもらえて良かったなと思ってます。
燃え殻:亡くなってしまった人を語っているとは思えないくらい、近い距離感に魂がある気がしました。生きていても二度と会えないほど遠くに感じる人もいるし、亡くなっていても常に近くに感じる人もいますよね。
人の“生き死に”の不思議、自分に影響を与えた人、その人の存在が自分のベースにあるみたいな感じは、みんな誰しも心当たりあると思うんです。そういう普遍的なことが書かれているので、偏見なく、色眼鏡でなしで読んでほしいですね。
伝えたい言葉はだいたい間に合わない
あさの:このエッセイを書いている時は、当時の感情を思い出さないと文章にできないので、ほぼ泣きながら書いた箇所も多くありました。自分が一回通り過ぎて、どうにか昇華したところに、もう一回戻って書かないと文章にできなかったんです。でも、泣きながら書いていて、「これ、私以外の人が読んだらどう思うんだろう?」っていうのが分からなくて……。普通のエッセイを書いているときはある程度客観的に読み返せるんだけど、今回は自分の感情を客観視できなくて。「他の人にどういうふうに受け止められるんだろう?」と不安でしたね。
でも、担当編集者さんに原稿を送ってみると、めちゃくちゃ褒めてくれて。とにかく褒め上手で、「このエッセイは祈りだと思いました。これは世に出したほうがいい」って褒めちぎってくれるんですよ。その言葉にすごく救われて、「泣きながら書いて良かったな。このまま書き続けよう」と。自分で客観視できないまま、最後まで書いちゃったけど、他の人が読んでも、自分事のように感じてくれるものになったなら良かったなと思いました。
燃え殻:俺も原稿送りたいです。誰も褒めてくれないから……。でも、この本は本当に手紙みたいな内容ですよね。「私、実はこんなこともあったんだよね」「これ、あなたに言ってたかな? 言っててももう一度言うね」という感じ。読む人からすると、あさのさんの立場だったり、彼の立場だったり、友人の立場だったり、いろいろな人たちの気持ちになると思う。自分がどの立場になるかというのは、次の瞬間、実は分からないじゃないですか。
もし彼の立場になったときに、「こんなに熱量を持って手紙を書いてくれる人はいるかな?」って考える人もきっといると思うし。僕は、「誰かに分かってもらいたい」「言ってなかったことがある気がする」っていう人が、自分の周りにいるかな? って思いながら読んでいました。
あさの:でも、書いてあることのほとんどは、本人に直接言えなかったこと。まさか死んでしまうとは思っていないので、「じゃあどんなタイミングで言うんだ?」っていうことばかりなんですよね。別れてから2人でいる時に、「付き合ってた時さ……」という話もしたことがなかったし。多分その話をしちゃうと、照れくささとか遠慮とか、友達とは違う感じになっちゃうのが嫌だなっていうのが、お互いにあったんだと思う。
だから、ここに書いてあることのほとんどは、彼に言ってないんです。「本当は、こんなふうに思ってるって彼に言えたら良かったな」って思いながら書き綴っていて。集中して書いていると、彼の遺品整理をしていた時と同じように、明け方泣きながら目が覚めちゃうんです。当時と同じ、生々しい感情がまだ自分の中にある感じで。ただ、これを書いてる時は、彼が聞いてくれるような、読んでくれるような気がして。辛いんだけど、癒されるところもありましたね。
燃え殻:だいたい間に合わなくて言えなくて。もしくは、思ってることと違うことを言って、「なんであんなことを言っちゃったんだろう?」って後悔して。
あさの:「いつかタイミングがあったら言おうかな?」って思ってると、目の前から突然ポンといなくなっちゃうこともある。私も、彼が亡くなったという電話を受ける瞬間まで、そんなことが起こるなんて、まったく思っていなかったんです。消えてしまいそうな人とか、傷つきやすそうな人っていると思うんですけど、全然そんなタイプじゃなかったですし。
自分の思いを伝えることは勇気が必要だったり、気まずかったりすると思うんですけど、伝えた相手が窮地に陥ったり、心が疲れたりしたときに、その人の栄養になるような言葉になるかもしれないと思うんですよね。だから私は、「大切な人に思いを伝える」ことを推奨したい。恥ずかしいかもしれないけど、その人の人生のどこかのタイミングで、救いの言葉になるかもしれないから。
※後編は7月5日(月)公開です。
(構成:ウートピ編集部・堀池沙知子)
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情報元リンク: ウートピ
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