恋のこと、仕事のこと、家族のこと、友達のこと……オンナの人生って結局、 割り切れないことばかり。3.14159265……と永遠に割り切れない円周率(π)みたいな人生を生き抜く術を、エッセイストの小島慶子さんに教えていただきます。
小島さんの最新著書『さよなら!ハラスメント』(晶文社)の刊行を記念して、「ハラスメント」について3回にわたり書いていただくことに。最終回は、ハラスメントを生む「自虐」と「仲間意識」の関係について。
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「ぶっちゃけヒールキャラ」でサバイブしていた頃
先日、私のオンラインサロンのオフ会でも話題に上がったのですが、今は誰しも「ハラスメントはよくないし、自分も嫌だ。でもどこからがハラスメントなの?」という不安を抱えているようです。悩ましいですよね。悩みながらも人々の意識が変わって、最近は”いじり”が”いじめ”になり得るという認識も浸透しつつあります。
対談集『さよなら!ハラスメント』では、ジャーナリストの中野円佳さんにその辺りを詳しく伺いました。
中野さんは「こいつには何言ってもいい系女子」というロールに注目しています。男性が圧倒的多数の職場で、女性が「男性化、面白い子化」することで認められようとする生存戦略のこと。下ネタOK、職場で寝るのも平気、恋愛要素もゼロというキャラを演じることで、男性のメンバーに入れてもらうのです。
でも、そうやってブサイクだとか非モテだとかをネタにされてもむしろ自ら笑いを取りにいくようなことをしているうちに、実はすごく傷ついて消耗してしまう……それで仕事を辞めたり、中には病気になってしまう人も。
23歳で働き始めて程なく、私は「ぶっちゃけヒールキャラ」で人々の印象に残ろうと思うようになりました。自分にはアイドル系の人気はないことが自明だったので、「こいつには何言ってもいい系女子路線」で行くしかないと思ったんです。その意識は30代半ばまで続きました。ラジオで自虐下ネタもよく言ってました。根底には「女子アナはお高くとまっているとか、優等生ぶっていると思われているはずだから、そうではないところを見せて信用してもらわなくちゃ」という強い不安があったんです。
自虐しないとサバイブできない環境がおかしい
実際それで喜んでくれるリスナーもいたし、盛り上がることも多かったんです。でも、ある時からすうっとその思い込みが冷めていきました。会社を辞めて、特に決まった集団に属することなく仕事をするようになって、仲間に入れてもらわなくちゃという強迫意識がなくなったんですね。アナウンサーも廃業したので、世間から見た「女子アナっぽさ」を薄めなくちゃ、という気負いもなくなりました。
あとは年齢です。経験を積んだら自然と周囲がそれなりにまともな存在として扱ってくれるようになり、若い時のように存在をアピールしようと焦らなくてもよくなったのです。
そういえば30代の頃、初対面の女性3人で話している時に一人の女性が話すことすべてに過剰に「私なんか」と自虐を盛り込んできて、残り二人が毎度「そんなことないですよ」とフォローせざるを得なくなり、かえって自虐という名の暴力みたいになってしまったことがありました。
よくよく聞いてみたら彼女は一流大を卒業して外資系の広告会社で働いたのちに独立してアート系の仕事をしており、その肩書きゆえに男性の同僚に敬遠されることも少なくないそうで、何とか圧迫感を取りのぞこうと度が過ぎた自虐の習慣がついてしまったようなのでした。男社会で生きるハイスペック女性ならではの苦しみかもしれません。そんなことまでしないと仲間に入れてもらえないとは、なんて理不尽なのでしょう。
「仲間」を大事にするからハラスメントが生まれる?
中野さんは「日本の職場はジョブ型ではなく、入社したら会社へのコミットメントも含めて全人的かつ曖昧な基準で評価される」と指摘します。業績や能力だけではなくメンバーシップで評価されるのだと。「仲間かどうか」が大事なんですね。自分の仕事をきちっとやってればいいでしょ、では済まない。職場の文化に馴染もうとしているか、そうでないかをこそ見られているのです。
でも、そういう風土はハラスメントを生みやすいんじゃないかと思います。すでにメンバーである人々から、新入りへのからかいや嫌がらせが発生しやすいし、発生しても「そういうものだ」と誰も問題視しない。仲間の「いじり」は愛情表現だとか、罵倒や恫喝も「愛の鞭(むち)」だとか、巧みに言い換えられてしまいます。
ある知人男性は「自分は男の生きづらさなんて感じたことがないし、男尊女卑を実感してもいない。だって働くことって学校の延長で、大学出てからまた新しい学校に入るようなもんだから」と言いました。なるほど、学校だと思っているのか! そりゃ仲間意識優先になるわけだ。過酷な部活に慣れている人なら、年功序列の厳しい縦社会にも馴染むだろうし、終身雇用の仕組みの中であまりアウェー感なく定年まで生きていけるのかもしれません。
一方で、男性でも「仲間」の通過儀礼に馴染めない人たちもいます。ある知人は、入社後に新人男子全員が先輩に風俗に連れていかれる風習がある職場で、行きたくないからと誘いをただ一人、断りました。その結果、先輩たちに白眼視され、こんなことをするためにこの会社に入ったのではないのに、とトイレで悔し泣きしたそうです。また別の知人も同様の誘いを断ったところ、社内でしばらくネタにされたそうです。こうした「仲間入りのための通過儀礼」は理不尽そのもの。力の差のある関係において、力がある方がない方に対して、尊厳を傷つけたり不利益を与えたり脅威を感じさせたりする行為をすれば、それはされた側にとったらハラスメントになります。
彼らは先輩から風俗店での性行為を強いられるというセクハラにあい、NOと言ったら、仲間として認めないという嫌がらせを受けたのです。男性だってハラスメントの被害にあっているのですね。
2つの場所で「マイノリティ」として生きてみて
力って、腕力や地位や経済力だけじゃありません。社会の多数派と少数派、主流と非主流など、いろんな力の差があります。自分はマジョリティだから差別や偏見に悩むことはないと思っていても、いくつかの属性のうち一つがマイノリティの側に入ることはあるかもしれません。その逆もしかり。環境が変われば、立場も変わります。ある社会で強者だった人が、場所を移せば弱い立場になることもあるのです。
例えば私は、女性という点ではまだ社会の非主流であることを意識せざるを得ないですが、発信力の高い仕事の内容を鑑みれば社会で「力のある」側に相当するでしょう。日本では、日本人であり、日本語を母語として流暢に話すことができるので多数派かつ主流派ですが、オーストラリアでは、日本人は超少数派かつ非主流です。
オーストラリアでマイノリティとして生きる経験をしていると、日本社会のメンバーシップ制が均質性を強いるものであることに不安を覚えます。これでは「異物は排除」という理屈になってしまう。外国人が増える状況にある中で、たとえば日本語が不完全であることを笑ったり、名前の響きをからかったりすることは、やった側にとっては何気ない「いじり」でも、された側はそうは感じないでしょう。
このあいだテレビの収録中に「おバカ女子キャラのタレントに漢字クイズを出して珍回答にみんなで呆れる」という場面があったんですが、彼女は外国にルーツを持っています。もしこれを同じような立場の人や、日本語学習中の人が見たら複雑な心境だろうなあと思いました。漢字を間違うとこんなに馬鹿にされるのか、って不安になるでしょう。すでにそうやって「いじられて」いる人もいるはずです。
だから私は珍回答にも呆れないで笑いながら応援しました。もしかしたら演出サイドにとっては空気の読めないタレントだったのかもしれません。でも、そんな空気は読みたくないし、吸いたくもありません。
「何言ってもいい系」扱い=承認の証!はやめよう
メンバーシップ制が重視される集団ではいじめが「いじり」に矮小化されやすく、実力を発揮すると「目立とうとしている」と批判される。一方で、とびきり優秀でなくても、気持ちのいい仲間であると認定されれば生きていけるというメリットもあります。だからパワハラやセクハラに目くじら立てるより、受け流す方が得策と考える人もいるのかもしれませんね。
私もかつて、周囲に合わせてそうやって人を追い詰めてしまったこともあるかもしれないと悔やんでいます。だから今は地道に「もうやめよう」って言い続けるし、いじりには乗らないようにしてます。
去年からいろんなところでハラスメントにNOの声が上がっているのは、「こいつには何言ってもいい系女子」が密かに悩んできたのと同じように、理不尽なルールにずっと耐えてきた人たちが、もういい加減嫌だ!って言いはじめたんだと思います。
自虐も通過儀礼も「しょうがないこと」なんかじゃない。ハラスメントが普通のコミュニケーションとしてまかり通るような世界には、住みたくありません。だから「もうやめよう」と言うのです。
ささやかでも、半径2メートルから世界を変えるのも無駄ではないと信じて。
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情報元リンク: ウートピ
仲間意識はハラスメントの温床?【小島慶子のパイな人生】