缶を開けたときに「パキパキッ」と音がなる「ダイヤカット缶」でお馴染みのキリンの「氷結®*」。2001年7月の発売以来、累計約132億本(250ml換算)を出荷したロングセラー商品です。
*「氷結®」はキリンの登録商標です。
氷結を開発したのはキリンビールの佐野環さん(47)。1994年にキリンビールに入社し、営業を経て29歳のときにキリン初のチューハイ「氷結果汁」(現在は氷結)の開発担当に。“氷結の母”として、8年間氷結の開発に携わり、計29種類の氷結を世の中に送り出してきました。
開発当時は「チューハイはどちらかと言うと“安酒”というイメージ」「冷蔵庫にチューハイが入っているのは恥ずかしいと思っている女性も多かった」と振り返る佐野さん。
佐野さんに3回にわたってお話を伺います。第1回目は佐野さんのキャリアにとってもターニングポイントとなった氷結の開発秘話と、氷結に込められた思いについて聞きました。
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営業が天職だと思っていたけれど…
——ウートピを読んでいる読者はだいたい20代後半から30代の女性が中心なのですが、佐野さんが30歳くらいのときはどんな仕事をしていたのでしょうか?
佐野:2000年、ちょうど29歳のときにキリンで初のチューハイ開発担当に着任しました。それ以来、18年間前任のいないプロジェクトを担当しています。今思えばターニングポイントでしたね。
——それまではどんな仕事をしていたのですか?
佐野:1994年にキリンビールに入社して、酒屋さんやスーパー、百貨店といろいろな業態のお店の営業を担当していました。私が入社した頃はちょうど男女雇用機会均等法がある程度浸透してきた時期で、男女にかかわらず文系の大学の出身者はだいたい営業担当でしたね。
私はとにかく営業の仕事が楽しくてしょうがなかったんです。まわりの女性が結婚や出産などのライフイベントがあって辞めていく中で、私はこのまま営業を天職として働き続けていくのかなとぼんやり思っていたときに異動になったんです。
——天職とまで思えるなんて羨ましいです。
佐野:私も最初から営業は好きだったわけではないです。学生から社会人になって初めての仕事が営業で、自分の頭をガラガラと洗濯機に入れられるような経験をしました。
学生のときは仕事のイメージなんてつかないまま思い込みや妄想を抱いて入社したんですが、会社に入って営業の現場に行くと、酒屋さんから社会人の基本から徹底的に叩き込まれ、怒られたり、叱られたりするんですよね。世間知らずの学生だった私を外の人が教育し直してくれました。
同世代の女性がキレイな服を着て会社に行っている中、私は汗だくになってビールをケースごと抱えて陳列したり百貨店の倉庫のネズミ捕りに引っかかったりしていました(笑)。
わずか4人のチームから始まった「氷結」
——「氷結」の開発担当になったのは?
佐野:入社して7年目、2000年のことです。29歳のときでした。氷結はキリン初のチューハイなのですが、洋酒の開発や「淡麗」の開発をした人をリーダーに、キリンビバレッジで「生茶」や「きりり」の開発をしていた人、入社して3 年の若い男性と営業出身のど素人の私の4人がポンと集められて「キリン初のチューハイを作ってほしい」と言われました。
——氷結の発売は2001年7月でしたね。開けるとパキパキッと音が鳴る缶を見たときは衝撃的でした。当時、私は学生だったのですが、それまでチューハイはどんな立ち位置だったのですか?
佐野:当時はチューハイといえばやっぱりちょっとおじさんっぽいというか、酔いたい人が飲むものというイメージだったんです。「とにかく早く酔いたい」みたいな。焼酎を薄めたものでビールよりも安くて早く酔える、のような“安酒”のイメージは拭えなかったと思います。
そんな中でサントリーさんが「スーパーチューハイ」などを発売して、チューハイのマイナスイメージからの脱却を図るというタイミングだったんです。
弊社はどちらかと言えば後発で社内には「なぜ今さらチューハイなんだ。キリンはビールでいいじゃないか」という空気もありましたね。
氷結が届けたかった「幸せ」
——「氷結」のミッションはどんなことだったのですか?
佐野:チームで「人が感動するような仕事をしよう」と決めました。お客様にとって一番よいこと、お客様が幸せになることだけを考えてやろうと。いろいろな社内事情はあるけれど、それを先に考えるのではなくて、お客様が感動してくれるような大きい仕事をしようということと、100年ブランドを作ろうという意気込みで、すごく夢があるチームでした。
でも、おそらく傍からは「なんかチューハイを作れって言われているチーム」みたいに映っていたと思います(笑)。貧乏くじを引いたように見られていたかもしれないですね。
歴史やポジション、プライドもビールのほうが圧倒的に強かった雰囲気でした。「クリスタル麦芽」や「ザーツホップ」など“格好いい”ワードが飛び交っている隣で「次はりんごか桃にしようか」などと話していたので、格差がありましたね(笑)。
——その格差に対して「なんで私だけ」とか悔しい思いはなかったのでしょうか?
佐野:全然なかったです。この商品で幸せになる人がいるという誇りがあったというか、この商品が出たら絶対に「生活が変わった」とか「私のお酒を選べるようになった」「パートナーと会話が増えた」とか幸せをお届けできる商品になると信じていたので、逆に「未来をつくれてラッキー」と思っていました(笑)。
“働いている私”が飲んでも恥ずかしくないお酒を
——ターゲットは女性だったということですか?
佐野:女性とは限定していなかったですね。ただ、新しい時代の新しいお酒にしたかったので、別に女性でも男性でも、新しい時代の新しい人たちなので、ニュートラルでいこうというのが根底にありました。
——“新しい時代”というのは21世紀を前にして、という意味ですか?
佐野:それもありますが、営業時代当時にずっと思っていたことで、新幹線の中で缶ビールをプシュッと開けてグビグビやるというのは恥ずかしくてできなかったんです。隣でビールの匂いがするのも女性としてどう見られるんだろう? と思っていたので、「仕事帰りの新幹線にいる私が飲んでもおかしくないお酒」が欲しかったんですね。
たまたま私は女性ですが、こういう感覚を持つ男性もいるはずだと思ったんです。突き詰めると、新しい価値観を持った新しい時代の人たちが、恥ずかしくなく飲めるお酒を作りたかったんです。
——働いている私が飲めるお酒っていいですね。
佐野:「平成あるある」なのですが、ちょっと前は「28歳くらいになったら、だんだん辞めていくのが花道」という空気があって……。
——「女の幸せ」みたいな?
佐野:でも、そんな風潮もどんどん変わってきて、別に私が男性と同じように働き続けてもいいじゃない、男性と同じように仕事してもいいんじゃないかなって。女性だけある年齢に達したらお疲れ様っていうのも不公平じゃないかな? と思ったんです。
——本当にそうですね。
佐野:28歳を過ぎても普通に働いて、出張したって、海外に勉強しに行ったっていい。そういうことを望んでいる女性もいっぱいいるはずだし、男性だって、もっと自由に、自分が自分らしくいられるような時代が来るのではないかと願望も含めて思ったんですよね。
そんな新しい時代を象徴するようなお酒を作りたかったので、「とりあえずビール」から脱却したいという気持ちがあったんです。「あなたはビール、私は氷結」って。
しかも、「氷結」の中でもレモンもグレープフルーツもオレンジもアップルもシャルドネもいろいろあって、私の好きなものを選ぶという文化をお酒の世界で作りたかったんです。
「上野公園のゴミ箱に捨てられたら一人前」
——発売して反響はいかがでしたか?
佐野:すごくありましたね。多くの女性から「ありがとう」と言われたんです。なぜなら、これまではお酒といえば夫のために缶ビールを6本買っていたけれど、いまは2本を自分のために氷結を買うようになった、と。一緒に晩酌して夫婦の時間が持てるようになったとか、旦那さんも自分だけ晩酌している後ろめたさがなくなったという声がありましたね。
デザインも、氷結が出る前は「冷蔵庫を開けたときに気が滅入る」というチューハイユーザーの声があったんです。だから彼氏が来るときはチューハイを隠していたらしいのですが、氷結は堂々と飲めるって。最初、その声を聞いたときは悲しくなっちゃったんです。自分の好きなものを選んで何が悪いの? って。
やっぱり、何かをするときにまわりの目が気になって堂々とできないのはお客様が幸せじゃないんですね。堂々と好きなものを好きって言える時代がきてほしいと思ったし、そんなお客様のためにも、デザインにはこだわりました。
——ほかに嬉しかったことはありますか?
佐野:私たちメーカーはゴミ箱に捨てられた缶を見て「この商品は売れている」という指標にするのですが、氷結も一人前になる証として、お花見や花火の後のゴミとして捨てられているか? を指標にしました。
「花火大会の後に、ビールの3分の1くらい氷結がゴミ箱に捨てられていたらいいね」って。お花見の時期に上野公園でちゃんと捨てられていたら一人前のブランドに認められたっていうことなんです。だからゴミ箱に氷結の缶がたくさん捨てられていたときは嬉しかったですね。キラキラしたエピソードではなくてすみません(笑)。
※第2回は1月28日(月)公開です。
(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子)
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情報元リンク: ウートピ
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