乳がんで失った乳房を元の形に戻す「乳房再建手術」。しかし乳房再建に踏み切る人は、意外にも「全摘出した人の3割程度にとどまる」のだと形成外科医でくさのたろうクリニック(東京都品川区)の院長、草野太郎さんは言います。
これまで多くの乳房再建手術を執刀してきた草野先生に、乳がんで乳房を摘出することになったらどのような選択肢があるのかうかがいました。
胸を摘出することになったら考えておきたいこと
——草野先生は形成外科医として乳房再建をメインにされているということですが、乳房再建にいらっしゃる患者さんは多いのでしょうか?
草野太郎先生(以下、草野):いえ。乳房を摘出した方で実際に再建手術をされるのは、そのうちの4割ほどなんです。僕が今も所属している昭和大学ではもう少し多いのですが、それでも5割程度。この差は、乳房再建ができる形成外科医がいない地域も多いですし、再建したくてもさまざまな事情でできないという方もいます。また、担当する医師の価値観に影響を受ける部分も少なからずあると思います。
——確かに、もし自分に再建するかどうか迷いがある場合、医師に「必要ないですよ」と言われたらそのアドバイスを受け入れてしまうかも。乳房再建を希望する理由に何らかの傾向はありますか?
草野:再建に踏み切る理由は本当に個人差があるものなので、一概には言えないですね。ただ、ひとつ言えるのは「対男性」への配慮ではないということでしょうか。
——「なくなった胸を男性に見られるのが嫌」みたいなことではない?
草野:そうですね。それよりも、「ずっとそこにあったはずのものがない」喪失感や違和感が強い方ほど、再建を選ばれているように思います。生まれてから当たり前にあったものがある日突然、なくなってしまうのを受け入れるのは簡単ではないですよね。他人にはそうそう見られないにしても、お風呂や着替えの際に、自分の目にはほぼ毎日入ってくるわけですから。
一方で、将来誰かに介護してもらう時、自分の胸を見て気を遣わせてしまうのが申し訳ないと考えて再建に踏み切った方もいました。それから、母娘で乳がんになった方のお話ですが、お母さんは再建しないまま亡くなられたそうなんです。その時、お母様のご遺体をきれいにしてくれている納棺師の方が一瞬、胸を見て間があったようで……。その様子を見た娘さんは、「自分は再建しよう」と誓ったのだと言っていました。再建に至るまでのエピソードは本当に人それぞれで、語り尽くせないものがありますね。
何よりも優先するべきはがんの治療
——再建するかどうするか迷われている方に、草野先生はどのようにお声がけしますか。
草野:まず「乳房再建はやらなくてもいい治療です」とはっきりお伝えします。何よりも優先するべきはがんをしっかり治療するということだからです。自分にとって本当に再建が必要かどうかは、よく検討するべきことなのですが、一方で再建は告知から手術まで1ヶ月程度なので気持ちが追いつかないまま術式の選択を迫られることになるので、時間的に猶予がないことが多いという面もあります。ただ再建を決めた後、どのようなプランで再建するかはもう少し猶予があります。
例えば、再建方法は大きく分けて、自らのお腹の組織などを使う自家組織再建と、シリコンなどの人工物による再建があり、どちらにもメリット・デメリットがあります。また、腫瘍切除と同時に胸を作る「同時再建」、腫瘍切除の際にエキスパンダーという水風船を入れて、後日そのスペースに詰め物を入れる「一次二期再建」という手術のタイミングの違いもあります。
——「再建します!」で終わりではなく、“なに”で、“いつ”乳房を作るかも自分で決めないといけないんですね。
草野:その手術が向いている人/向いていない人も考慮する必要があります。例えば、胸が大きくて身体が痩せている方は乳房分のお腹の肉がとれない場合があり、そうなると自家組織での再建は難しい。逆に胸が小さい方はシリコンのサイズが適合しない可能性もあります。
このように身体的な条件で自動的に決まってしまう場合もありますが、方法を選べる方には、ある程度、年齢別におすすめをするようにしています。
まず若い方には自家組織をすすめます。人工物のシリコンは長期使用に耐えられないので、入れ替えの手術が必要になります。となると、予測される人生が長い人ほど手術回数が増えてしまうことになるので、若い患者さんにはその必要がない自家組織再建をすすめます。
一方で人工物は身体の他の部分を傷つけることがないので負担が軽くすむ。高齢の方だけでなく、時間がない方にもおすすめの方法かなと思います。
その上で、当院が特に力を入れているのが「脂肪注入」です。自分の脂肪を使うので定着率がいいですし、傷も小さくてすみます。ただ保険適用外のため、150万円以上はかかってしまいます(注:くさのたろうクリニックの場合)。どの再建方法を選ぶかは予算や時間、ライフスタイルなどと照らし合わせて考えるところかと思いますね。
日本では11人に1人が乳がんになる時代
――乳房再建に踏み切った患者さんたちの満足度はいかがでしょうか。
草野:明らかにQOL(クオリティ・オブ・ライフ)が上がっているなと感じる瞬間はあります。はじめは緊張していた患者さんが「先生にお願いしてよかったです」と笑顔を見せてくれるようになると、こちらもよかったなと思いますね。
とはいえ繰り返しになりますが、乳房再建はがん治療あっての話で、本来はやらなくてもいい治療です。何をおいてもがん治療優先であることに変わりありませんし、脂肪やシリコンを入れれば魔法のようにすぐにできるというわけじゃない。痛みも伴うし時間も費用もかかる。だから、よく考えてくださいと僕はお伝えしています。
アラサー世代の読者の方たちだと、「もし、自分が乳がんになったら……」と考えるのは難しいかもしれません。けれど、いま日本では11人に1人が乳がんになる時代です。40代になると特に増えますし、もしかすると、身内やお友達の中にひとりくらいは乳がんに罹患している方がいるのではないでしょうか。これまで関心のなかった人が乳房再建のことまで考えるのは難しいとは思いますが、まずは自分の身体についてもっと関心を持ってほしいですね。
(取材・文:小泉なつみ、撮影:青木勇太、編集:安次富陽子)
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情報元リンク: ウートピ
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