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もう勝手にしてよ…こだわりが少ない私は熱意が足りない?【DJあおい】

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DJあおいさんと「仕事がデキること」について考えていく連載「私は仕事ができない。」91回目のボヤきは「こだわりが少ない私って熱意が足りない?」です。

<p style="text-align: center"【今週のボヤき】

仕事をしていると議論になったり、言い合いになったりすることがあると思うのですが、揉めるのが苦手でつい逃げてしまいます。議論のうちはいいのですが、相手がヒートアップしてくると「めんどくさいな」という気持ちが大きくなり、「じゃあ勝手にしてください」という気持ちになってしまいます。「こうしたほうがいいな」「ここは譲れないな」というときは粘るのですが、それ以外のときは「ハイハイ」と相手の希望を聞きます。よっぽど重要なとき以外はどうでもいいと言うか、あまり関心がありません。何事にもこだわりがある人を見ると「一生懸命で偉いな。それに引き換え私は……」と無駄に落ち込みます。私には熱意が足りないのでしょうか?

「こだわりを持つ」ということ

人が成長する過程において「こだわりを持つ」ということはとても大切なことです。

こだわりがあるから自分を律することができ、自分を律することができるから精神的に成熟することができるわけです。

こだわりを持つことによって人は大人へと成長することができるわけですね。

しかしある程度大人へと成長すると、今度は自分が持っているこだわりが邪魔になってきます。

多過ぎるこだわりの中で矛盾が生じて身動きができなくなってしまったり、こだわりが多過ぎるゆえにまわりとの親和性を欠いてしまったり、自分の持つこだわりのせいで葛藤することになってしまうんです。

そこが分岐点となり、今度はこだわりをひとつずつ捨てていく行程に入ります。

今の自分にはもう必要のないこだわりを捨てていき身軽になっていく行程です。

ひとつこだわりを捨てる度に自由になっていき、やがて「これだけは譲れない」というこだわりが残ります。

そのこだわりこそが自分の価値観、それは自分自身の存在そのもの、そこでやっと「自分」という存在を確認することができるわけです。

そうやってこだわりを整理整頓していくことにより「自分」という存在を知り、もう一段階大人へと成長することができるということです。

経験を積むほど増えるものは?

経験を積むほど増えるものは「どうでもいいこと」。

自分にとって大事なものが何かを知っているから、どうでもいいことが増えるんです。

だから達観した大人というものは、どうでもいいことは他人に従う柔軟性を持っていて、ここぞという場面では責任を持ってワガママを貫き通す強さも持っているというわけですね。

何に対しても自分の意見を通そうとする人は、まだ自分の持つこだわりを整理整頓できていない人。

自分にとって本当に大切なものが何なのかをまだ知らない人なので、自分の持つこだわりを手当たり次第にすべて押し通そうとしてしまうわけです。

もちろんそこにはすべて責任が生じてしまい、そのこだわりのすべてが自分を苦しめる重圧となってしまいます。

責任にがんじがらめにされて青息吐息、やがて責任から逃れようと誰かのせいにしたり、ある日突然自暴自棄になりすべての責任を放棄してしまったりするわけです。

人間一人命がひとつ、そんなに多くのこだわりは身に余ります。

過信はまだ成長過程にある証、その人がすごいわけではなくまだ未熟なだけ。

腹が立つ気持ちもわかりますが手出しは無用です。

こちらが何もせずともその人は、自らのこだわりによって不自由な思いを強いられているわけですから。

情報元リンク: ウートピ
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