性交経験のないまま結婚し、“性交渉をしない妊活”をはじめた主婦のうなぎさん。その日々のことを綴ったブログをまとめたコミックエッセイ『奥さまは処女』(光文社)が2月25日(木)に発売されました。
「なんで私は“普通”のことができないの?」と葛藤を抱えていたうなぎさん。でも、“普通の妊娠”って何だ? “普通”じゃなくちゃいけないの?
そんな疑問を携えて、生殖心理カウンセラーの平山史朗さんと、妊活のモヤモヤについて語り合っていただきました。全4回の連載の最終回です。
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マイノリティになった自分を認めるつらさ
——『奥さまは処女』の中で印象的だったのが、「なんで私は“普通”のことが“普通”にできないの」という言葉でした。普通のこと、当たり前のこと以外も選択肢のひとつだし、わざわざ自分から“普通”におさまりに行かなくてもいいわけですが、なかなかそれができない。
平山史朗さん(以下、平山):“普通”の圧力って、すごく大きいんですよ。
うなぎさん(以下、うなぎ):わかります。
平山:マジョリティの集団にずっと属していた人が、マイノリティである自分を認めるのってすごくつらいんですよね。 “普通”に仕事して“普通”に結婚して“普通”に妊娠するつもりでいた方が、不妊になったとたんに「私なんて人間としての価値はないんです。社会に貢献してないんです」とかおっしゃるのもよく聞きます。
“普通”でいた自分が“普通”じゃなくなるかもしれない、“普通じゃない”と他人から思われるかもしれない、という恐怖は、そう簡単に割り切れるものじゃないと思います。
——「“普通”じゃなくていい」っていうメッセージも、もしかしたらある種の余計なお節介になってしまう側面もあるかもしれません。難しい。
平山:難しいですよね。1対1のカウンセリングでお話ししていても、なかなか“普通”の枠組みをはずせませんから。
——ほかにも、妊活中の心の持ち方についてお聞きしたいです。
うなぎ:私の場合、一番つらかったのが、努力しても報われるわけじゃないし、自分の体のことなのに全然わからないという点でした。毎月生理が来るたびに、一喜一憂しないようにしようと自分に言い聞かせていました。「妊活はストレスが一番よくないんだよ」って言われるのもストレスになっていたのですが、どういう心持ちでいればよかったのでしょうか。
平山:実は、不妊の心理学の専門家は、「ストレスで不妊になる」とは考えていない人が多数派なんです。
「ストレスをなくす」ことは不合理
うなぎ:えっ!? 不妊治療をやめたとたんに妊娠したっていう報告が多くて。実際、私もそうだったので、「やっぱりストレスが一番ダメだったんだ」と思っていたのですが、違うんですか?
平山:結果論としてそういうこともありますが、不妊治療を頑張って妊娠した方もいっぱいいるわけです。でも、そういう方はあまり情報発信しないでしょ。「不妊治療をやめたとたんに妊娠しました!」っていうほうが、情報として発信しやすいじゃないですか。
うなぎ:じゃあ、それがたまたま目や耳に入ってきちゃってるだけということでしょうか?
平山:はい。だって「不妊治療やめたら妊娠した」っていう報告のほうが嬉しいでしょ。私たちは欲しい情報を手に入れるクセがあるから、聞きたい情報ばかりが聞こえてくるんです。
うなぎ:なるほど……。
平山:それに、妊活中にストレスをなくすっていうこと自体が不合理なんです。無理なんです。だから、「ストレスをなくそう」っていうストレスのほうが、よっぽど大変。ストレスがあっても妊娠できる、妊娠にストレスは関係ないって思ったほうが、ストレスは少なくなるっていうことです。
「平穏でいないといけない」と思うからツラくなる
——もうちょっと詳しくお聞かせいただけますか。
平山:ストレスが原因で男性が勃起障害になり、妊娠しないというケースはありえます。ストレスが原因で女性の排卵が止まって、妊娠しないというケースもありえます。この2つのケースを、ヨーロッパの生殖医学会では“心因性の不妊”と呼びます。心因性の不妊というのは、この2つのケース“だけ”です。
なぜかというと、今は不妊は精子と卵子の問題だと、ハッキリわかっているからです。どんなにストレスがかかっていようが、いい精子といい卵子がちゃんと出会っていれば、ちゃんと妊娠するというのがハッキリわかっている。
うなぎ:そうだったんですね。全然知りませんでした。
平山:知っていても、ストレスがなくせないこともありますよね。特にストレスが高まるのは、シリンジ法でも人工授精でもタイミング法でも、試してから妊娠を待つ間の期間です。この10~14日間が一番不安だったりするわけです。ある文献によると、この時期のストレスレベルは心臓病やがんと同じくらいだそうです。そんな時期に、平常な気分でいられますか?
うなぎ:……いられません。
平山:ですよね。それなのに、平常な気分でいなきゃいけないと思うからつらいんです。だから、そのときの自分の気持ちの揺れとか、落ち込みや気分の波を許容することが大事なんです。許容というのは、自分がまず自分のその気持ちを許すということと、周囲の人がその知識をちゃんと持って、当人の気持ちの揺れに動揺しないということです。
不安な気持ちを自分で認めてあげる
——「またうまくいかないかもしれない」という不安に対しては、どう心構えを持っていればいいのでしょうか。
平山:「ネガティブな気持ちをなくすにはどうしたらいいんですか?」って、とーってもよく聞かれます。でも、ネガティブな気持ち、不安っていうものは、自然に出てくるものなんですよ。だって、想像してみてください。不妊治療なり、シリンジ法なりを試したときの妊娠確率って50%より絶対低いですよね。体外受精ですらそうです。
うまくいかない可能性のほうが、うまくいく可能性より高い、そういうものに今チャレンジしているんですから、「うまくいかないかもしれない」って不安が出てくるのって異常ですか? 全然異常じゃないですよね。むしろ、合理的な考え方です。だから、その考え方を消す必要はないんですよ。
うなぎ:ポジティブになれ、と言われてなれるものじゃないですよね。
平山:おっしゃる通りです。だから僕らプロは絶対そんなことは言いません。ネガティブな気持ちが出てくるのは必然であり、だからこそ「私またちょっと不安に思ってるんだな」って自分でその気持ちを認めてあげたほうが、ネガティブな気持ちと付き合いやすくなる。ネガティブな気持でいちゃいけない、いちゃいけないって押さえつけるから苦しくなるんです。
“ほどよい母親(Good Enough Mother)”
——ネガティブ・ケイパビリティ*という概念もありますね。
※詩人ジョン・キーツが提唱した、不確実なものや未解決のものを受容する能力のこと
平山:ネガティブ・ケイパビリティ、僕も注目しています。うまくいかないとき、予測不能な状況に直面したときに、それができるといいんだろうなとは思っています。
——最後に、これから出産を迎えるうなぎさんに、平山先生からメッセージをお願いします。
平山:直接カウンセリングにいらっしゃっていたら、もっとお話できることはあるのですが、あくまで今日うかがったことの範囲で申しますと、パートナーと、それぞれ思いを伝えられるようなカップルでいてもらえるといいな、と思います。
ご自身とパートナーとの思いが違うことって、特に子育てをしていくとどんどん出てくると思うんですよね。それを伝え合うというのは、自然にできるものではなくて、やっぱりちょっと意識してやらなきゃいけない。それは、これから産まれてくるお子さんに対してもなんじゃないかな、と思います。
あとは、「よい母親、パーフェクトな母親を目指さないでください」。とても大事なことです。専門的な言葉でいうと、“ほどよい母親(Good Enough Mother)”っていう用語があります。うまくいかないことがあっても、うまくいくことのほうが多少多ければ、だいたい子どもってちゃんと育ってくれるんですね。ほどよく、ほどよく。
うなぎ:ありがとうございました!
■TENGAヘルスケアのシリンジパック「Seed in」発売記念で、平山先生が妊活コミュニケーションについて語った記事はこちら(外部リンク)
(構成:須田奈津妃、編集:安次富陽子、取材協力:TENGAヘルスケア)
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情報元リンク: ウートピ
なんで私は“普通”のことが“普通”にできないの? 妊活中に感じていた不安