【今週のボヤき】
この前、久しぶりに会った学生時代の友達に近況を聞かれたので転職したばかりの仕事の話をしました。一通り話が終わったあとに彼女に「大変そうだね。私にはできないわ」と言われてもやっとしました。
振り返ると彼女は学生時代からちょこちょこ偉そうというか人をばかにするというか、見下しているのかな? と思う言動がありました。ほかの職業についても「私にはできないわ」と言うことが時々あって、「もしかしたらその職業に私の家族や大事な人が就いている可能性だってあるのによく言うよな。想像力がないのかな」と思っていました。彼女が「私にはできない」と思うのは勝手なのですが、「その一言必要?」と思ってしまいます。
「私にはできないわ」にイラっとする理由
「私にはできないわ」と上から見下す人、いますよねぇ。
「私にはできない」と敗北を認めているくせになぜあんなにも偉そうなのでしょう?
敗北を認めるのなら膝でもついて「すみません! 私にはできません!」と全力で土下座でもしてくれれば「大丈夫だよ、君にもきっとできるはずさ、さぁ顔を上げてごらん? 僕たちはその気になれば空だって飛べるんだ」と慈しみ深き言葉でも掛けて罪も咎(とが)も憂いも全て包み込んであげるのに、あんな斜め上からのまさかの角度で「私にはできないわw」なんて草混じりの言葉で言われたらそりゃマザーテレサだって若干イラッとしますよ。
何が腹立たしいかって敗北宣言の中に「嘲笑」が隠し味として入っているのが腹立たしいんですよね。
嘲笑なら嘲笑で「バッカじゃないのwww」と100パーセントの嘲笑で挑んできてくれたらこちらも100パーセントの全力で思う存分手加減抜きで反撃もできるのですが、ほんのり匂う程度の嘲笑なので「あれ? これって嘲笑? もしかしてバカにされている?」と嘲笑の確証がつかめないんですよ。
そして相手はまがいなりにも「私にはできない」と敗北を認めているので、ここでブチギレて反撃しようものならこちらが悪者にされてしまうのでもうお手上げ。
手も足も出ないままほんのりとした嘲笑に晒(さら)されイライラを蓄積させることしかできなくなってしまうんです。
そう考えると「私にはできないわ」という嘲笑は攻防一体のよく出来た無敵の兵法なのかもしれませんね、ムカつきますけどね。
怒りという感情は損得勘定という理性で制する
どうしても懲らしめたいのなら嘲笑合戦をするしかないのですが、嘲笑なんて実は簡単で、語尾に草を生やせばなんでも嘲笑になってしまうんです。
「私にはできないわw」と嘲笑をされても「私にはできない?w」と嘲笑すれば勝ち。
「何がおかしいの?w」と嘲笑をされても「何がおかしいの?w」と嘲笑すれば勝ち。
嘲笑で勝つのなんて簡単で、ずっと語尾に草を生やしていればいいだけ、実は誰でも勝てる簡単な勝負なんです。
でもそんな勝負に勝ったところで得るものなんてないじゃないですか、むしろ人間としての損失の方が大きいじゃないですか。
損得勘定で考えれば負けた方が得、不毛な勝利を手に入れるくらいなら負けて得をしたほうがいい、怒りという感情は損得勘定という理性で制するように心掛けてください。
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