妻がマルチ商法にハマって娘と一緒に出て行ってしまったことをきっかけにマルチ商法の情報収集と情報発信を開始したズュータンさんの『妻がマルチ商法にハマって家庭崩壊した僕の話。』(ポプラ社)が1月13日に発売されました。
ズュータンさんんの妻がマルチ商法にハマり家を出るまでの2年間のこと、妻の身に起こっていたこと、ズュータンさんがSNSでマルチ商法の被害を発信し始めたら起こったことや5人の被害者たちの体験などが赤裸々につづられています。
ウートピでは第3章「SNSで被害を発信しはじめたら起こったことー5人の被害者たちから」の中のエピソード「燕さんと夫 2016年3月」を抜粋して掲載します。前後編。
夫がX社にハマってしまって
「ズュータンさんの活動に協力したいです。少しでもお力になれれば」
そんなDMを送ってくれた燕さんは、20代後半の主婦。彼女の家庭にマルチ商法の製品が目立ちはじめたのは、はじめての妊娠中のこと。手を出していたのは彼女の夫だった。
「夫がX社にハマってしまって……。すみません、言いたいことが多すぎてうまく話せるかわからないのですが……」
僕と燕さんで男女の違いこそあるものの、お互いに小さな子どもがいること、配偶者がX社にハマってしまったこと、はじめは見過ごしていたことなど、共通点が多かった。
「ズュータンさんのツイッターは、毎回心が痛くなるほどよくわかります」
そして、「マルチ商法の怖さがひとりでも多くの人に伝わってほしい」という想いも文面から読み取れた。彼女はゆっくりと、自分の愛した人がマルチ商法にハマり、「マインドコントロール」された経緯を語りだしてくれた。なお、自分、あるいは身近な人がマルチ商法の被害に遭った、と語る人の多くは、洗脳やマインドコントロールという言葉をよく使う傾向がある。ハマってからマルチ商法の人たちとの人間関係が濃くなり、今までのその人とは別人のようになってしまったことを、まずはそうした言葉で理解するのだ。
すべては義弟の贈り物からはじまった
「この1年半はあっという間でした。苦しかったぶん、すごく長いようにも感じますね。前ほどではないですが、今でも製品は買ってます。何度も離婚を考えましたが、今は私と娘とX社の信者となった夫の3人で暮らしています」
燕さんの夫がマルチ商法にハマったのは、1年半前のことだった。ご主人がX社を知ったきっかけはなんだったのだろう。
「結婚して2年。はじめての妊娠で私は不安定で、夫もストレスを感じてたろうと思います。ある日、義弟から油と調味料のセットが届きました。それがすべてのはじまりでした」燕さんの身体を思いやった義弟が贈り物をしてくれた。微笑ましい光景に見えそうだが、中身はすべてX社の製品だったという。しかし、当時の燕さんはそのことに疑念を抱かなかった。
「義弟が私の体を気づかってくれてるんだってウルッとしてしまいました。あまり連絡を取ってない義弟だったので。突然プレゼントをもらって家族として仲良くしていこうと言われているような気がしたんです。ただ……」そう、このとき燕さんは、義弟から驚きの言葉をかけられていた。「『この油は飲んでも体に良いんだよ!』そう言われて、『え?』と思いました」
「すごい人」と会って豹変した夫
それでもなお、義弟からマルチ商法の勧誘をされているとは思いもしなかった燕さん。しかし、違和感は徐々に大きくなっていった。たとえば、マルチ商法の勧誘における常套句(じょうとうく)もかけられるようになった。
「妊娠後期になると、義弟から『会わせたい人がいる。すごい人だから話を聞いてみてよ』って何度も誘われるようになって。それほど親しくしていなかったので、怪しむより気にかけてくれてるっていう気持ちのほうが強かったですね。だけど、義弟からの誘いが本当にしつこかったんです。わずらわしいと感じるぐらい。私と夫のどちらかでも『すごい人』に会いに行かないと、義弟が引き下がりそうにありませんでした。私は行きたくなかったので、『ひとりで行ってきなよ!』と夫に行かせたんです」
今、冷静に話を振り返ると、ここが運命の分岐点だったのかもしれない。それにしても、である。油や調味料のセットにX社と書いてあるのを見たときに、燕さんは何も感じなかったのだろうか?
「その頃はX社のこともマルチ商法のことも知識がなかったんです。X社のことは、なんとなく名前を聞いたことがあるぐらいでしたから……」
僕の子ども時代にはたまたまX社の製品を使っている人が身近にいた。だが、普通に生活していたらマルチ商法と関わる機会はなかなかないのだろう。いずれにせよ、この日を境に燕さんの夫は変わってしまった。あまりの変化に、燕さんは「面食らった」という。
「もともと夫はポジティヴなんです。でも、『すごい人』と会って帰ってきたときの夫は、ポジティヴという枠を超えて、何かに取り憑かれてるの? というようなテンションでした。『このままの仕事、このままの生活で良いと思ってる?』『夢はある?』『労働してお金を稼ぐんじゃなく、権利収入で暮らそう! 自由人になろう!』と言いはじめて。私は『???』となって、『でも、ちょっとおかしいんじゃない?』と言うと、夫は『“でも”のような否定的な言葉は使わないようにしよう! 否定的なことを言うと、そのまま実現してしまうよ!』と言うので。私は何も言えなくなってしまいました」
断るのが面倒になる
「良く言えば少年のように純粋な目」をした夫の話に、「楽しそうでいいね」くらいしか返せなかったという燕さん。その日から、夫に「一緒にすごい人の話を聞きに行こうよ!」と誘われる毎日が続いた。はじめての妊娠と出産を控えて不安な時期に、である。普通なら断りたいに決まっているが、それでも彼女は夫と一緒に話を聞きに行ったという。
「行くって言わないと義弟と夫の誘いが止まらないので、嫌々ながら義弟のアップ(上位会員)と呼ばれる上位会員の家に行きました。そこで『自由人とは?』というテーマで話を聞かされました。はじめに、あらかじめ読むように言われていた『ユダヤ人大富豪の教え』に書いてあることと同じことを聞かされ、次に『パブロとブルーノの物語』のDVD を見せられ、そのあとに権利収入を手に入れるには? という話を聞かされました」この『ユダヤ人大富豪の教え』や『パブロとブルーノ』は、僕が調査している限りでは『金持ち父さん貧乏父さん』と並んで、マルチ商法をしている人たちから、よく勧められるものだ。そしてもちろん、その日の話はそれだけでは終わらなかった。
「最後に『X社って知ってる?』と、X社の説明を延々と聞かされ、帰り際にはDVDを渡されました。でも、そのときの私は、まだX社への警戒心が薄かったんです。『へーそうなんだ』『聞いた話が本当なら副収入が入っていいな』と思ってしまいました」
後日、燕さん夫婦は義弟から「水・空気・栄養」の健康セミナーにも誘われ、参加をしている。そのときの心境を、彼女はこう語ってくれた。「義弟がゴリ押ししてきて、断るのも面倒になってしまって、『もう登録しちゃえ!』という感じで夫婦でX社に登録しました。セミナーで渡されたDVDにも『ビジネスをするなら、まず日用品をX社に変えよう!』という説明があるんです。そのとおりに我が家の洗剤や調味料などの生活用品はX社に置き換えられていきました」
産後の病室にカタログを持参する夫
この時点になってもなお、燕さんはまだ自分たちの身に起きていることが「マルチ商法」とは気づかなかったそうだ。しかし、それは「変だな」と思えるような余裕が彼女になかったからでもある。
「出産で頭がいっぱいいっぱいで、X社のことを考える余裕がなかったんです。『X社の浄水器や空気清浄機がほしい』と夫の希望がエスカレートしていくんですけど、X社の浄水器や空気清浄機は10万円以上もしますよね。『そんなに高いもの買えないよ』とスルーしていました」
しかし、これは「おかしい」と、気づかされるときがやってくる。
「夫は出産に立ち会ってくれたし、何度も病室にきてくれたんですけど、毎回X社のカタログを持ってくるんですね。これが買いたいって説明をしてくるんです。子どものこととか、これからの生活のこととか話したいじゃないですか。なんでそれよりもX社の話をするんだろうって……」
ご主人の頭のなかは、この頃にはもう、完全にX社中心になってしまっていたのだ。
「産後で疲れてるのにX社のことばかり話す夫に嫌気がさしていました。もう『ほしいなら勝手に買ったら』と言ったんです。そしたらすぐに夫は浄水器と空気清浄機を購入しました。それからはじめての育児に追われて絶望感のさなかにいるなかで、ある日、ふとX社をネットで検索したんです。その検索結果に『え』と息をのみました。はじめてX社がマルチ商法であること、マルチ商法は法的には連鎖販売取引という商形態で、たとえば会う前に勧誘目的であることを伝えなければいけないなどと、特商法で厳しい制限がたくさんあることを知りました。特商法に違反せずに活動をすることは極めて難しいことだったり、世間の目が冷ややかなことや、借金をしたり人間関係が壊れるリスクがあることを知って、膝ががくがくと震えました」
※後編は2/3(水)17:00に公開します。
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情報元リンク: ウートピ
すべては義弟の贈り物からはじまった…夫がマルチ商法にハマった話