心療内科医で企業の産業医も務める田中奏多(たなか・かなた)先生による『眠る投資 ハーバードが教える世界最高の睡眠法』(アチーブメント出版)が昨年10月に発売され、3万部(2021年3月現在)を突破しました。
田中先生は「忙しくても成果を出しつづける人は、正しい心身のリズムづくりと正しいリカバリー方法を知っている」として、分かっているけれどなかなかできない「規則正しい生活」「栄養バランス」「適度な運動」といった方法ではなく、忙しい毎日でも、つい暴飲暴食してしまっても、夜更かししてもパフォーマンスを落とさないリカバリー方法について執筆されています。
たくさん寝ているはずなのに体がスッキリしないのはなぜ? コロナ禍で在宅勤務になってオンとオフの切り替えがしにくくなった。仕事のパフォーマンスを上げる方法は?
質の良い睡眠や仕事のパフォーマンスを上げる方法について、田中先生に伺いました。前後編。
仕事はキリの悪いところで止める
——田中先生はハーバード大学で新しいうつ病の治療である磁気のTMS治療と脳のネットワークの関係について学ばれていたそうですね。仕事のパフォーマンスと脳のネットワークの関係を元に、今回の本でも「脳を疲労させないコツ」の章がすぐに仕事に役立ちました。特に「キリの『悪い』ところで休憩する」というのが意外性もあって驚きました。今回はそこを詳しく伺いたいです。
田中奏多先生(以下、田中先生):では、まずは脳のネットワークについておさらいしましょうか。脳のネットワークには意識的に集中するときに使われるセントラル・エグゼクティブ・ネットワーク(CEN)と、無意識にぼーっとしたり、ひらめくときに働くデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)があります。CENが活性化しているときにはDMNは抑制され、CENが抑制されているとDMNは活性化するというように、シーソーのような関係にあります。そしてCENとDMNを調整するのがサリエンス・ネットワーク(SN)です。
例えば、一つの仕事に集中し過ぎているとだんだん頭がボーッとしてきますよね。脳の中で何が起こっているのかというと、CENからDMNへ徐々に移行して、「集中できない」「疲れた」という状態になっているんです。
——そういうことなんですね。
田中先生:ご質問にあった「キリの『悪い』ところで休憩する」というのは、3つの理由があリます。1つ目は、人間はなにかを始めるときの「はじめの行動」に一番腰が重くなります。物体が動きだすのを妨げるようにはたらく「静止摩擦力」が最大になるのが、動く直前です。それと同じように、新しいことを取り掛かる、キリが良いところから新たにタスクを始めるのにはエネルギーが多く必要になります。キリが悪いところで止めると、この摩擦力が小さくなり、次の仕事も取り掛かりやすくなります。
——面白いですね。
田中先生:2つ目に、人間の集中力はそんなに長い時間続きません。集中が続くのは「15分」、「45分」、「90分」と聞いたことがある人もいれば、、ポモドーロ法と呼ばれる、25分集中して5分休憩を繰り返すという時間管理術を聞いたことがある人もいるかもしれません。
集中力は、体調や、そのことについての関心の大きさ、緊急度や外的環境も影響すると思いますが、少なくとも集中が永遠に続くことはありません。キリの良いところで仕事を終えようとすると疲れ切った状態になり、疲れたなと言う状態はパフォーマンスが低下しきった状態です。目の前の仕事のパフォーマンスが低下した状態でだらだら仕事をしてしまう、次の仕事に取り掛かる気力も低下する。キリが良いところまで…と頑張りすぎるよりも、キリが悪いところで休んだほうが結果的に1日全体でみたときにパフォーマンスが上がります。
——確かに一仕事終わるとどっと疲れてしまうことがあります。
田中先生:3つ目に、キリが良いところで休憩してしまうと、「終わったから、もう忘れよう」と脳がリセットされちゃうんです。でも、キリの悪いところで仕事を終えると、「これどうしようかな? 次はどうしようかな?」と考え続けるため、脳がリセットされないんです。
——確かにそうです。キリの悪いところで終わったままだとつい残りが気になってしまってずっと考えています。
田中先生:まさにそれです。そして、仕事の休憩時間にはDMNが働くのですが、このネットワークにはひらめきをつかさどるという大事な働きがあります。ただ、ひらめきというのはCENとDMNがどちらも動いている状態です。DMNだけだとグルグル思考に陥りやすいのですが、CENも同時に動いていると初めてひらめきが生まれるんですね。
——前職のとき、休憩時間に同僚と同じビルにあるコンビニに行っていたんですが、その間にアイデアが湧いてくることがありました。
田中先生:そういうことです。仕事に集中しているときに働くCENと休憩中に働くDMN。この2つをバランス良く動かすためには、キリの悪いところで仕事を終えることが大切です。キリの悪いところで休憩して、DMNも動かしながら「どうしようかな?」と考えてみてください。良いひらめきが生まれやすいと思います。
重い仕事をやり遂げるためのコツ
——仕事のパフォーマンスに関連して、大きな仕事を抱えている場合、少しずつでも進めていったほうがいいというのは経験上、ふに落ちるのですが脳ではどんなことが起こっているのでしょうか?
田中先生:重いタスクがあるときには、タスクを分けて頭を使わないシンプルなタスクと頭を使う集中力が必要なタスクに分けましょう。まずはシンプルな仕事から初めて体を動かすことで脳を仕事モードに調整する。
特に今は在宅勤務の方も多いと思うのですが、自宅で仕事を進めるコツは「ちょっとやってみる」こと。メールを一通だけ返す、資料の1行目だけ書く、なんでもいいのでとりあえず取り掛かり始めるとだんだんやる気が出てきます。やる気はまずはやってみないと出てきません。
もう一つ、タスクの動かし方という観点では、少しずつでも仕事を進めておくことでひらめきの準備になります。頭に材料を入れて準備をしておかないと、ひらめきも何も生まれません。そして、少しでも仕事を進めておけば、物事を客観的に見られるようにもなります。
——どういうことですか?
田中先生:例えば、集中して仕事をやり過ぎると1人で突っ走ってしまいがちですよね。文章を書くことにしても、そのときは「最高だ」と思っていたのに、1回時間を置いてもう一度読んでみると「別に最高でもなかったな……」と感じたり、「ちょっと熱がこもりすぎてて独りよがりになっているかも」と思ったり。でも、自分がいろいろな気分のときに見るといろいろな視点から物事を客観的に見ることができるのでブラッシュアップするには良い方法だと思います。
——いわゆる「寝かしてみる」ということでしょうか? 確かに時間を置いて改めて見ることでいろいろな見方ができてブラッシュアップできると思います。そういえば、PCで書いた文章もフォントを変えたり、ワードをグーグルドキュメントに移して見ることでも客観的に見ることができると聞いたことがあるのですが……。
田中先生:私自身あまりパソコンやネットなどIT機器が得意ではなく、デジタル書籍は軽くて持ち運びやすいのが分かっているもののどうしても紙の本をたくさん持ち歩いてしまいます。
デジタル機器よりも紙のほうが左側の前頭前野の活動が活発になるという報告もあるように、このデジタル機器と紙の認識の差は意識的に集中するときに使われるセントラル・エグゼクティブ・ネットワーク(CEN)の一部であるワーキングメモリ(WM)がかかわっていると考えられます。
——ワーキングメモリ(WM)ですか?
田中先生:「ワーキングメモリ」は人との会話や、何かを考えたり、作業したりするとき使われる脳の機能です。強いストレスがあるとき、睡眠の質が低下しているとき、PCやスマートフォンの使いすぎで脳が疲労下状態などには「ワーキングメモリ」は低下しやすくなります。「ワーキングメモリ」が低下した状態のときには、頭にモヤがかかったようなブレインフォグ、考えたことをすぐに忘れてしまう、何度も文章を読み直す、話し終わると相手の話を忘れてしまうなどの症状がみられます。私がハーバード大学で学んだTMS治療は抗うつ剤では対応できない集中力や思考力などの「ワーキングメモリ」の調整ができ、治療のターゲットは左側の前頭前野です。
——確かに体調が悪いときには頭がぼんやりすることがあります。
田中先生:紙のほうがデジタル機器よりも左側の前頭前野が活発になると報告がありましたが、左脳は言語野でもあることから、言語的な理解をするための資料は紙のほうが良い可能性があります。ただ、ワーキングメモリの中でも画像的な処理が得意な人と、言語的な処理が得意な人の個人差もあり、人によってはデジタル機器のほうがしっくりくるという人もいるかもしれません。
——性格と同じように、脳も個性があるのですね。
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情報元リンク: ウートピ
えっ、なんで? 仕事は「キリの悪い」ところで止めたほうがいい理由