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「自分が決めたことを黙々とやり続ける」コロナ禍が変えた世界と僕の日常

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コラムニストの桐谷ヨウさんによる新連載「なーに考えてるの?」がスタートしました。ヨウさんがA to Z形式で日頃考えていることや気づいたこと、感じたことを読者とシェアして一緒に考えていきます。第3回目のテーマは「C=Change/Covid19(コロナで変化したこと)」です。

まるで時間が止まったかのようだった2020年

2020年はものすごい年になった。年初は他国で新型のウイルスが流行してると思っていたら、瞬く間に世界中に広まって、日本も気づいたらうっすらとドンヨリした雰囲気に包まれるようになった。

テレビを流し見していたらKing Gnuのコンポーザーが「仮に2021年をそのまま2020年と言われても違和感ない感じがする」みたいなことを言っていて、すごく言い得て妙だった。ドラマ『MIU404』の最終回も失われた1年をモチーフにしているように見えた。

すべての人の時間感覚を奇妙なもの──早いようで、止まっているかのような──にした1年だった。

それだけ「密」だった楽しい思い出が多すぎるんだよな、俺たちは。

自分の新型コロナウイルスに対する考え方は公に書く気はまったくないんだけど、命を落とす人がいたり、後遺症に苦しむ人がいたり、経済的に困窮する人たちがいる環境になってしまっていることはすごく心が痛む。

幸いなことに自分は全面的なリモートワークができているし、幸いなことに経済的なダメージもいまのところは食らわずに済んでいる。反面、妻は接客業なので毎日出勤しているし、最初の非常事態宣言のときは自宅待機になっていたりもした。自分のズレそうな感覚を、妻が引き戻してくれている感じだ。

コロナ禍の世界でひたすらやっていたこと

さて、コロナは世界を不可逆に変える! みたいなことが散々言われていた。アフター・コロナの世界はこうなる。いやいや、当面つづくウィズ・コロナの世界を乗り切ろう。紙はムダだとみんなが気づいたので、デジタル・シフトは加速する。リアルのコミュニケーションは案外オンラインで代替できる。このあたりのキーワードか。

俺個人の体感としては、世界は常にゆるやかに変わっている。ただ、その速度を早めたように思える。実際のところお偉いオッサンたちはリモートワークを「非常手段」として捉えていた傾向があって、厄災が過ぎれば元に戻る前提で、当面はこれで凌(しの)ぎましょう……みたいなニュアンスが強かった。いまだってそうだろう。

人々は変わるときは雪崩(なだれ)のように変わっていくと言われる。だけど、本当にスタンダードになりうるかは正直分からない。よく『3.11』が意識を変えたと言うけど、俺が見る範囲ではそのあとも持ち家を買う人は減らなかったし、数十年内の地震リスクがやばい日本を本気で脱出しようとする人は増えていないように見える。

良い悪いじゃなくて、そんなもんなんだろう。『チーズはどこへ消えた?』という有名な本には「変化に対応することが何よりも大切だ」ということが書かれている。変化しないこと自体が、リスクであることを喝破した内容だ。自分は変化に対応しながら、まわりの順応については冷静な目で見つめる……それくらいのテンションがちょうど良いな、というのが俺の感覚である。

ここまで書いたものの、実のところ俺は社会や世界の変化にはあまり興味がないのである。いや、気にせざるをえないのだけど、真面目に考えてもしょうがないって感じがいつだってある。

そんな自分はコロナ禍に何をしていたのか?

自分がつくりたいライフスタイルの構築をテーマに黙々とやっていた。ここに書くのは恥ずかしいめちゃくちゃ地味な内容ばっかり。

転職した会社で最短昇進するための勤務時間内アウトプット。そのための時間外インプット。睡眠の質を高めるために、ベッドをふくめた睡眠環境を整えたり、カフェインを飲むタイミングを限定的にしたり、20年来の習慣である遅寝遅起きをやめたり。

とにかく日中に散歩をする。これはリモートワークの人はよくやっていたんじゃないだろうか。運動不足を解消するために一日七千歩は歩き、抵抗力を高めるために1日30分は日光を浴びるようにしていた。

あとは長年当たり前のようにとっていたコンビニ弁当をはじめとしたジャンクフード、グルテン・カゼイン・卵をなるべくとらないようにして、料理ができないのに自炊をはじめるようになった。

こういったことに黙々と向き合っていると、コロちゃんのことを考えているヒマがなかったというのが実感である。考えざるをえない状況の人たちには癇(かん)に障る言い方になってしまうかもしれないけど、こういうことをやっていないとダウナーな気分になってしまうことの裏返しだったんだと思う。

そして自分の仲がいい人たち、自分が尊敬している人たちを見ていても、なんらか自分の課題を追求していたように見える。ある人は徹底的に自分の身体を追求して肉体改造したり、ある人は畑やパステル画を黙々とやっていたりした。

共通していたのは、「自分が決めたことを黙々とやり続ける」という姿勢だった。そこに変化とか成長とかはあるようで、ない。ただやってるだけ、ってニュアンスで。

2020年から何といえばいいのかわからない世相になっちゃってるんだけど、知り合いの整体師から聞いても身体の不調を抱える人が増えたと聞く。自分の体感や自分のまわりの様子を眺めてみても、「ストレスは減ったはずなのに、気分がスッキリしない」と言っている人が多い。

俺流に言うと、これまで密な場所で発散できていたエネルギーが、その場所と機会がなくして、行き場のなくなったエネルギーが蠢(うごめ)いちゃってるんだろうなって思う。気をつけないとすぐにモンマリとした体感になっちゃうもんな。

これだけ世界が変化しているときは、自分自身や家族のことに集中したほうが良い。ほっといても外界からの影響は受けてしまう。そして、これまでの自己啓発のように自分自身を成長(変化)させようとすらしなくて良い。何かひとつのテーマを決めて、黙々とそれをこなしていく。それに夢中になっているあいだにいつのまにか時はすぎていく。しばらく経ったときには、勝手に成長も変化もしているし、何よりも先が見えない不安な気持ちから逃れることができる。

いまはそういう生き方を大事にしていくフェーズなんじゃないかと、俺は思っている。

※次回のテーマは「Dare(あえて)」です。お楽しみに!

(イラスト:山本さほ)

情報元リンク: ウートピ
「自分が決めたことを黙々とやり続ける」コロナ禍が変えた世界と僕の日常

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