身に覚えのないことで世間から責められ、気付けば加害者へと転落していた——7月26日公開の映画『よこがお』は、主人公・市子(筒井真理子さん)が不条理なことで“これまでの日常”を失いながらも、どん底から再び立ち上がろうとする物語です。
訪問看護師として働く市子は、訪問先の大石家の長女・基子(市川実日子さん)の介護福祉士の勉強を見てあげるほど一家から信頼されている存在。ある日、基子の妹・サキが行方不明になる事件が起こり、犯人が意外な人物だったことから市子は事件への関与が疑われ、ねじ曲げられた真実と世間によって追い詰められていきます。
分かりやすく「悪」を定義することの危うさを突き付ける『よこがお』。監督・脚本は、『淵に立つ』など人間の心の深淵を描く手腕に定評がある深田晃司監督です。映画を作る際の女性の描き方や表現への向き合い方などについて、3回にわたってお話を聞きました。
【第1回】分かりやすく「悪」を断罪する危うさ…『よこがお』深田晃司監督に聞く
【第2回】現実は男性中心の社会なのに…いたずらに「強い女性」を描く危うさ
複雑なものは複雑なまま提示する
——1回目のお話ともかぶりますが、何かと分かりやすいものが求められがちな昨今、そういう風潮に対して、映画を通じて「NO」を言いたい気持ちはありますか?
深田晃司監督(以下、深田):映画はあくまで多様性が大事なので、分かりやすい映画があっていいと思います。でも、そういう作品だけでは困るなという気持ちはありますね。世界はそんなに単純なんだろうか? と疑問に思いますし、やっぱり映画を見たときに、なるべく見た人の印象が分かれるようにしたい。見る人それぞれの感覚や人生や経験値といったものが反映されるものにしたいと思います。
分かりやすいものを作るというのは、その多様性を減らしていくことになると思うんです。100人いたら100人が「気持ちいい」「楽しい」と思う作品もあると思いますけど、少なくとも21世紀に映画を作って表現しようとするならば、やはり表現のプロパガンダ性ということにはすごく気をつけなきゃいけないと思っています。
——表現のプロパガンダ性……。
深田:映画の歴史というのは、ひっくり返せばプロパガンダの歴史で、戦争中、日本もアメリカもナチスも、みんな自国の宣伝に映画を利用していた。それは、それだけ映画という芸術が大多数の人間に訴えかける力が強いから。
じゃあ今、映画を作るときに、どうすればそのプロパガンダ性から離れられるのかと考えると、なるべく複雑なものは複雑なまま提示して、見る人の想像力をできる限り引き出せるように工夫することしか、自分にはまだ思いつかない。だから、それを毎回毎回がんばって続けているという感じですね。
「共感できる」が正義の日本
——仕事でもすぐ判断を求められたり、分からないものを分からないまま残しておくことがなかなか許されないですよね。「正しさ」を求めて、そうじゃないものを排除していく。
深田:140文字で分かりやすいもののほうがバズりやすい、とかね。
——映画でも、楽しくて、見た後にモヤモヤしないものが求められ、ヒットする。
深田:どこの国でもヒットする映画というのは、分かりやすいものだったり、楽しいものだったりするのは当然だと思うし、そういうものだと思います。じゃあ、そうではない作品がどれだけ生き残れる土壌のある社会かと考えると、日本はやっぱりすごく狭いですよね。
フランスを見ても、興収ベストテンに入っている映画は国内向けの分かりやすいコメディだったりするんです。その一方で、私の『淵に立つ』は日本よりもヒットしているという状況がある。
——そうなんですか!?
深田:極東の無名の監督のああいう暗い作品がヒットするという土壌を、向こうは作ってるんですよね。フランスの場合、義務教育である小学校の映画の授業で小津安二郎の作品を見ているという状況があって、一朝一夕でできるものではない。そんな社会を、私たちも求めていくのかどうか。日本には今までそういう考えがなさ過ぎて、共感を得やすいもの、儲けやすいものが正しいという価値感がちょっと強い傾向がありますよね。
映画の役割は多様性を示すこと
——「人々を啓蒙する」と言うと上からの言い方になっちゃいますが、映画などの芸術によっていろんなものの見方を提示して、教育的な役割を担っていくべきなのでしょうか?
深田:「上から目線」ってご自身でも言われましたけど、1つの作品が啓蒙していくとなると、それはさっき言った、ある種のプロパガンダにつながっていくので、危ういと思っています。言い方が非常に難しいですけど、やっぱり多様性を示すことなんですよね。
非常に堅苦しい言い方になっちゃうんですけど、映画という文化が何を啓蒙するかといったら、たぶん民主主義を啓蒙していく、民主主義を育てていくということだと思うんですけど……いいんですか、こんな話で(笑)。
——はい、ぜひ聞きたいです。
深田:「民主主義って何だろう?」と考えたときに、映画などの文化が果たす役割はすごく大きいと思うんです。民主主義って多数決だと思われがちですけど、本来そうではないんですよね。いかに多様な意見やマイノリティの価値感をちゃんと取り込んで社会設計に反映させるかが大事。でも、そんな社会を成立させるためには、そもそも多様な価値観が可視化されていなければいけない。
そのために文化・芸術の果たす役割は大きくて、いろいろな小さな声や価値観、例えば「加害者は一体どんな気持ちなのだろう?」とか、本来であれば黙殺されるような部分を映画はすくい取ることができる。だから文化に対する検閲が厳しい社会ほど民主主義は遅れているわけです。政治的な検閲もあれば、経済的な抑圧もある。
——可視化されるだけの多様な価値観やマイノリティの意見が育つ土壌がないということですね。
深田:いえ、あるのだけど可視化されていない、という状況だと思います。ただ、今のままだとどんどん多様性そのものが失われていくことになるでしょうし、すでにその途上にあるのだとは思います。
(聞き手:新田理恵、撮影:宇高尚弘)
■映画『よこがお』
7月26日(金)より角川シネマ有楽町、テアトル新宿ほか全国公開
公式サイト:yokogao-movie.jp
配給:KADOKAWA
(C)2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS
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情報元リンク: ウートピ
「共感は正義!」の日本だけど…深田晃司監督に聞く、映画ができること