人生100年時代と言われる今、60歳で定年を迎えたあとには40年分の人生が残っています。そのあいだ自分がどんな暮らしをしていくか、考えたことはありますか?
銀座線田原町駅から徒歩2分の場所にある新刊書店「Readin’ Writin’ BOOKSTORE(リーディン ライティン ブックストア)」の店主、落合博さんは55歳で子どもが生まれたことをきっかけに、30年以上務めていた新聞社を早期退職しました。主収入を稼ぐ“一家の大黒柱”の役割を看護師のパートナーに替わってもらい、58歳で書店を開業。夫婦で家事や育児を分担し、60代以降も働き続けられる環境を自分の力で作ろうとしています。
「子育てをして、『逆転の発想』ができるようになった」と話す落合さん。再雇用や年金に頼るのではなく、家族と支え合いながら意欲的に働き続ける生き方について詳しく聞きました。
第1回:養う/養われるじゃない家族のカタチ
第2回:仕事を1日6時間にしたのは「家族と夕飯を食べるため」
書店のイベントは「ドーピング」のようなもの
——60歳で定年を迎えたあと再雇用で働くのではなく、早期退職をして書店経営者になる道を選んだ落合さん。収入面が気になるのですが、実際はいかがですか?
落合博さん(以下、落合):基本的には赤字ですが、一ヶ月分の売上が経費を上回ったことは何度かありました。けれどまだ自分の給料は支払えていません。せめて10万円くらいは利益を出したいんですけどね。
2017年4月に書店をオープンしたあとも、新しい棚を入れたり、少しずつ改装をしたりと、投資期間が長かったんです。収入が上がっていくのはこれからですね。我が家では大黒柱の役割を妻が担っていますが、僕も稼ぐことを諦めたわけじゃない。黒字化のためにいろいろ試行錯誤しているんですよ。
——例えば?
落合:月に多いときは10回ほど開催しているイベントやワークショップです。もともとイベントをやろうという発想は全くなかったのですが、周囲の勧めもあり、試しに一度やってみたらメリットがあったんです。一つは、参加費の3分の1をもらっているのである程度の収入が見込めるということ。もう一つは、来場したお客様が書籍を買ってくれるということ。
最近は、お客さんや知り合いから「イベントをやりたい!」という人を紹介してもらうことも多く、いろいろなジャンルのイベントを開催しています。東京の下町文化が根づいた浅草に近いこの場所は、周囲の個人店との連携が強いんですよ。
——ということは、イベントの数に比例して収入も増えそうですね。
落合:でも、デメリットもあるんです。通常の営業時間は18時までなのですが、イベントは夜に開催しないと人が集まらない。19時スタートで21時に終わり、そのあと片付けをすると帰宅は22時過ぎ。すべてが後ろ倒しになって生活リズムが崩れるので、イベントを開催すればするほど疲労が蓄積し、体調を崩しやすくなってしまうんですよ。
しかも、一番大切にしている家族との時間も減ってしまう。「なんのために働いているのか」「そこまでしてやるべきことなのか」という想いが湧き上がってくるんです。
だからイベントはドーピングのようなものですね。スポーツ選手が禁止薬物を摂取してパフォーマンスを上げるように、書店もイベントを開催すれば収入は上がる。でもそのあとには副作用が待っている。……とはいえ赤字経営では続かないので、今はイベントの適切な開催回数を見極めているところです。
子育てを通して考え方が180度変わった
——家事分担の一環として、落合さんはいま4歳になる息子さんの朝の準備と、朝食作り、洗濯、保育園への送りを担当しているそうですね。子育てが仕事に影響を与えたことはありましたか?
落合:人は自分の思い通りに動かない、というのを強く実感しました。いやいや期になると、親がしてほしいと思ったことに対して、子どもはすぐに反対しますよね。そういうときは、怒らずに待つ。まずはやりたいことをやらせて、少しずつ違う話をする。そうやってじっくりと時間をかけて気を反らせると、最終的には僕の思う通りに動いてくれるんですよ。
仕事も同じです。お客様が来店しても、本を買ってくれるとは限らない。だからいろいろな準備を待つ。そうすると、人によっては本を手に取り、気に入ったものを買ってくれる。
いま思えばおかしな話ですが、最初は「来店した人はみんな何かしら買ってくれるだろう」と思っていたんですよ。でも現実は違いますよね。それで毎日落ち込んでいたんです。でも息子と過ごすうちに「人は思い通りに動かない。だからきっと本も“買わないだろう”」という気持ちで待てるようになりました。そうしたら、本を一冊買ってくれることがこの上ない喜びになったんですよ。
——息子さんのおかげで、考え方が180度変わったんですね。その他に、サラリーマンから書店経営者になって変わったことはありましたか?
落合:周囲から「丸くなった」と言われるようになりました。新聞社で働いていた頃はアポイントメントを取って人に会いに行く取材がメインでしたが、今は誰が来るかわからない接客業。来る人に合わせて話題や話し方を変えているうちに、自分自身も変わっていったのかもしれません。
先日60歳を迎えましたが、週に3〜4回はランニングをし、フルマラソンや100キロレースにも出ているのでまだまだ体は元気。新しい仕事を通して自分が変わっていく面白さもあり、隠居をするつもりは全くありません。これからもプライドを持って、意欲的に働き続けていきたいと思います。
Readin’ Writin’ BOOKSTORE(東京都台東区寿)
最寄り駅:東京メトロ銀座線『田原町』駅下車 徒歩約2分
営業時間:12時〜18時 月曜定休
(取材・文:華井由利奈、撮影:大澤妹、編集:ウートピ編集部 安次富陽子)
- 「養う/養われる」はもう古い 大黒柱女子という新しい夫婦のカタチ
- 新卒入社3年目で出産、27歳でマネジャーに「私が大黒柱だから迷いはない」
- 妻が大黒柱になってみた…バンドマン主夫と人気コラムニストの結婚生活
- 「夫婦ユニット」というワークスタイル 9組のカップルから見えてきた“円満”の理由
- ずっと一緒にいなくてもいい “自立型 夫婦ユニット”のカタチ
- タリーズコーヒー店長を辞めて、南アルプスで“カフェのある古材店”をスタート
情報元リンク: ウートピ
「仕事を通して変わっていく自分が面白い」 人生100年時代の生き方を考えてみた