俳優の太賀さんと女優の吉田羊さんが親子役で共演し、母の愛を求め続けた息子と息子を傷つける母の姿を描いた映画『母さんがどんなに僕を嫌いでも』(御法川修監督)が11月16日(金)に公開されます。
原作はマンガ家や小説家として活躍する歌川たいじさんのコミックエッセイ『母さんがどんなに僕を嫌いでも』(KADOKAWA)。
幼い頃から母親に精神的、肉体的に傷つけられてきたという壮絶な生い立ちがつづられていますが、歌川さんが描く作品には、自分に救いの手を差し伸べてくれた工場の人々や友人たちへの感謝の気持ち、そして自分を苦しめたはずの母親への優しさで溢(あふ)れています。
母親に傷つけられながらも、その愛を得ることをあきらめなかった歌川さんは、どうやって心の傷を癒やし、幸せの素を増やしていったのでしょうか。前後編に分けてお話を聞きます。
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太賀くんを「絶対逃がさないでぇーー!」
——映画では、幼い頃から母・光子(吉田さん)に心身ともに傷つけられながらも、精一杯生き抜いてきたタイジ(太賀さん)が、工場で働く年配の女性「ばあちゃん」(木野花さん)や、かけがえのない友人たちに支えられながら、再び母親と向かい合う決意をしていく姿が描かれます。完成した映画をご覧になっていかがでしたか?
歌川:もう20回以上見てるんですけど 、正直最初に見た時は、自分のことすぎて、この映画がいいのかどうか全然分かんなくて(笑)。脳内にある記憶と、映画として作られた映像(え)って当然違うじゃないですか。
でも、最初に見たときから、太賀くんや吉田羊さんはじめ、「役者さんたちのお芝居の力がとにかくすごい!」ってことは感じました。
——製作過程には、何らかの形で関わったのでしょうか?
歌川:「歌ちゃんもおいで」って呼んでいただいたので、キャスティングのときからああでもない、こうでもないって結構言わせていただきましたね。「ヤー! この人イヤーー!!」とか(笑)。
でも、僕を演じるのが太賀くんではどうかって聞いたときに「絶対逃がさないでぇーー!」って言ったんです。演技力のある子じゃないと無理だと思ったので。
年齢は僕の半分もいってないですけど、ずっと前から、太賀くんが出てるだけで劇場に足を運んで映画を見るぐらい、表現者としてすごくリスペクトしていました。
——すごく壮絶な経験をつづっているのに、原作はとても優しいタッチで貫かれている点が印象的です。あえてそうしたのでしょうか?
歌川:自分のことを「どうせブタだから」と言って卑屈になっていた僕に、ばあちゃんは「『僕はブタじゃない』と言って」と言ってくれました。
そのシーンは映画にも入っていますが、あの言葉の意味は「もっと自分を大事にして」というばあちゃんの願いでした。
友だちからも「親に変わってほしかったら、自分が変われ」と助言され、「まわりに変わってほしかったら、まず自分が変わらなきゃだめだ」ということを気づかされた。
僕が人からそういう言葉をもらってきたように、今、痛みを抱えている人たちにも、これからは僕が言葉を届けたいと思いました。結果として温かみのある作品になったのかもしれませんね。
「人生の収支は完全に黒字」と思えた
——そもそも、原作を書くことになったきっかけは何だったのでしょうか?
歌川:初版を出したのは2013年で、書き始めたのは2012年だったんですけど、ちょうど毒親本ブームの頃で、“自分の親がいかにひどかったか”をつづった本がよく売れていたんです。
最初の発注内容も、そのブームに乗るようなものだった。ブログにちょっとずつ自分の経験を書いてたから、僕にも書けると思われたんでしょうね。
当時、毒親本を買いていた著者さんたちは、たぶん痛みの真ん中にいたんです。僕もかつては、自分の親がいかにクソだったかとノートに書き殴っていたと思います。
だから、毒親本を書く人の気持ちも分かるんです。でも、原作執筆当時はもう46歳くらいになっていて、「母親と関係を修復することに成功した」という気持ちがありました。
母は亡くなったとき3億円ぐらい借金を残していて、僕はそのあと2年も裁判を闘った。「後始末までちゃんとやってあげた」という思いもありました。
それに、今のパートナーと出会い、30年以上の付き合いになる友だちもいて、もう「人生の収支は完全に黒だな」って思えていたんですね。だから母親のことも、自分の中ではほぼ解決した問題だったんです。
——いわゆる「毒親本」を書くつもりはない、と。
歌川:ただ、世の中で起こってる虐待には、今でも怒りが湧き上がってきますし、じゃあ僕は何を伝えるべきなのか? と考えたときに、「何かしら傷を抱えている人でも、人生の収支はちゃんと黒にできますよ」ということを伝えたいと思ったんです。
関係性の構築は人それぞれのやり方でいい
——「人生の収支は黒」って、希望の持てるいい言葉ですね。
歌川:人生の収支のつけ方については、僕自身は「母親との関係をもう1回築き直す」ということにチップを張っちゃいましたけど、人それぞれのやり方があっていいと思います。
虐待だったり、いじめだったり、それらは自己イメージみたいなものを叩き潰されることなんです。叩き潰されたものをもう1回築き直すには、何十年もかかったりする。なので、人それぞれのやり方で再構築していいと思う。
——毒親とまではいかなくても、それでも親子の問題を抱えている人は多いと思うのですが、それぞれのやり方で再構築するのでいいのですね。中には「親との関係性は再構築しなくていい」という人もいるかもしれない。
歌川:生きづらさを全部傷のせいにしちゃうのも仕方ないと思うんです。僕もそうだったし。
でも、僕の友だちが、「そういうふうに、傷にしがみついているとこない? 」って気づかせてくれた。都合の悪いことが起こると、全部傷のせいにしてるところがあるんじゃないかって。
「親のことを恨んでいる歌ちゃんが、本当の歌ちゃんなわけないでしょ? その奥に、ホントのホントの歌ちゃんがいるはずでしょ?」って言ってくれたんです。
本当にその通りだと思いました。痛みにうめいて、人を恨んでいる自分が本当じゃない。
本当の自分って、もっといろんな可能性を秘めた、素晴らしい自分だと思うんです。だから、今苦しんでいる人たちも、探っていったら、自分でもびっくりするような自分が中にいるんだっていうことを、信じてほしいと思います。
※後編は11月13日(火)公開です。
(聞き手:新田理恵、写真:宇高尚弘/HEADS)
■映画情報
タイトル:『母さんがどんなに僕を嫌いでも』
コピーライト:(C)2018「母さんがどんなに僕を嫌いでも」製作委員会
11月16日(金)より 新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座、 イオンシネマほか全国公開
★ウートピでは、歌川たいじさんのほか、吉田羊さんのインタビューも順次公開します。お楽しみに!
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情報元リンク: ウートピ
「人生の収支は黒字にできる」母に傷つけられた僕が伝えたかったこと