妻がマルチ商法にハマって娘と一緒に出て行ってしまったことをきっかけにマルチ商法の情報収集と情報発信を開始したズュータンさんの『妻がマルチ商法にハマって家庭崩壊した僕の話。』(ポプラ社)が1月13日に発売されました。
ズュータンさんんの妻がマルチ商法にハマり家を出るまでの2年間のこと、妻の身に起こっていたこと、ズュータンさんがSNSでマルチ商法の被害を発信し始めたら起こったことや5人の被害者たちの体験などが赤裸々につづられています。
ウートピでは第3章「SNSで被害を発信しはじめたら起こったことー5人の被害者たちから」の中のエピソード「燕さんと夫 2016年3月」を抜粋して掲載します。前後編。
Contents
家族よりも、X社
【前編】すべては義弟の贈り物からはじまった…夫がマルチ商法にハマった話
なんでもっと早くに検索をしなかったのか、気付けなかったのか。この気持ちは、僕にも痛いほどわかった。こういう状況を見て、「情弱がひっかかるんだ」と言いたくなる人もいるかもしれない。しかし、渦中にいるときは、「なんだか検索してはいけない」という見えない圧力のようなものが働いていたようにも思えるのだ。これは、巻き込まれてみないとわからない感覚なのかもしれない。
「慌てて夫にX社を検索して悪評がたくさんあることを伝えると、『ネットの情報だろ? 信じるなよ』『家族のためにX社のビジネスをしたいんだよ』と。私が周りからの反応を気にして『やりたくない』『やるなら、せめて誰にもバレないようにやりたい』と言うと、『そんなに気にしなくても平気だろう』と夫はイラつきはじめました。『特商法に違反せずにX社のビジネスをするのは難しいんだよ。それに世間の目は冷ややかだよ』『X社のビジネスで稼ぐなんて不可能なことだよ』と伝えても、『違反しなければいいんだろ? 周りの反応は、やってみなければわからな!』と堂々巡りになるだけでした」
ハマってしまったら、あとは一直線。家計は大丈夫だったのだろうか。高額製品を買い込むために貯金が知らないうちに切り崩されてしまうこともよくあると聞く。
「お金を使い込まれるのを防ぐために、それまで財布は別々にしていたんですけど、財布を一緒にして夫にお小遣いを渡すようにしました。高額なX社製品を次々とほしがるので、『ほしいならお小遣いで買って』と言うために。だから、夫はお小遣いでサプリメント等やお風呂の浄水器を買ったりしてましたね」
もちろんこの間、燕さんたちは話し合いもした。しかし、そのたびに、お互いのイライラは積もり、関係性もギスギスしたという。
「ある日、とうとう私が『X社製品って返品できるんだよね? 買って間もないんだから、全部返してほしい!!!』と言うと、『意味がわからない、ありえない』と反発され、口論の後、少し落ち着いてから、『こんなにずっと口論するならさ、もう離婚かな……』と夫が言ったんです。その後に『今すぐ離婚しようとは思ってないけどね』と言われたんですが、夫の心のなかで私より家族よりX社が上回った瞬間があったことにショックを受けました」
「マインドコントロール」された夫と向き合う日々
いつのまにか、夫のなかでは家族よりもX社の存在のほうが大きくなっていた。しかも、一緒に暮らしていたのに、気づかない間にそうなってしまっていた。その怖さを、僕も嫌というほど知っている。
「それからは、夫にはX社が嫌だと言いづらくなりました。『X社を否定したら、離婚なの?』と頭から離れなくなりました。夫は家族よりもX社を選ぶのか、子どもも生まれたばかりなのに……。悔しさ、悲しみ、あまりにも理不尽すぎる状況、私は混乱して頭痛がしたり身体の調子が悪くなりました」
これは「あるある」なのだが、体調が悪いと言うと、まさに今、自分を苦しめているX社のサプリやプロテインを飲むように勧められる。しかも、大切な人から。だからどれだけ体調が悪くても、黙るしかなくなるのである。
僕がそんなことを言うと、燕さんも同意した。
「それ、言われますよね。体調が悪いと言うとX社製品でなんとかしようとしてきます」
そんななかで、燕さんは変わってしまった夫とどういう接し方をしていたのだろうか。
「『X社なんかで離婚したくない!』。そう思った私は、まずはどうして夫が以前とは別人のようになったのか調べました。そこでX社で離婚した人のブログや、被害者の情報を知るうちに、夫もX社のアップや仲間にマインドコントロールされているのだとわかりました。マインドコントロールについて調べていると、マインドコントロールを解くのは時間がかかること、マインドコントロールされている夫にX社を否定したり批判するようなことを言うと、逆にマインドコントロールが強まってしまうことがわかりました。私は夫の言うことは否定せず、『そばにいてくれてありがとう。子どももあなたのことを大好きだよ』と言うようにしました。夫にとって家庭を、居心地の悪い場所にしないためです。夫が家庭に居心地を悪く感じてX社に心が向かうのを避けるように努めました。それと私は夫に苦しめられているんじゃなく、X社に苦しめられている。それを念頭に置いて、夫を否定しないように努めました」
変だと思っても、多くの人はなかなか、洗脳やマインドコントロールということに考えが及ばない。しかも、彼女はつらいなかで、夫のための居場所を守ろうとしていたのだ。
僕が「その状況で冷静な対応ができるのはすごいですね」と率直な感想を伝えると、彼女は「そう言われると嬉しいです。当時は、自分がしていることが正しいのか判断できなかったので」と言った。
相談ホットライン
そんな日々が続くなか、燕さんには大きな不安があったという。そして彼女は、決定的な行動を起こすことにした。
「やっぱり、『私や夫は違法な勧誘をされていたのではないか? 夫も違法な勧誘や特商法に違反した行為をしているのではないか?』という不安がずっとありました。それで、 X社本社の相談ホットラインに電話しました。すると『間違いなく違法な行為です。X社でも禁止している行為で、そういう違法な行為をするディストリビューターがいることに X社も困っている』と言われました。そのことと、夫が違法行為をしないか心配していることを夫に伝えると、ものすごくイラついた態度を取られましたが、『相談ホットラインに電話までかけたんだ。がんばったね』と言われました」
「がんばったね」──そこでその言葉をかけてくれたご主人に、僕はわずかながら希望を感じた。しかし、事態はすぐには好転しない。
「それから数か月経っても夫のX社への熱は冷めませんでした。私が心配だったのは相談ホットラインでも指摘されたように、夫のアップが特商法に違反する行為をしていたので、いつか夫も特商法に違反した勧誘をしてしまうのではないか、あるいはすでに違反行為をしているのではないか、ということでした。そのことを相談ホットラインに再度電話したところ、『旦那さんのアップに注意喚起の声をかけましょうか?』と提案されお願いすることにしました」状況が明確に変わったのはここからだ。夫がX社からはぶられたのである。
「後日、X社の仲間とつながっていた Facebook のグループ(筆者注:X社の商品紹介や格言などが更新される)から夫が外されていました。夫が仲間に理由を聞いたら『X社を斜めから見ている人には見てほしくない』とのこと。タイミング的に明らかに私がホットラインに相談したからでした。それ以来、夫にX社からの情報が定期的に入ってこなくなり、仲間や義弟からの連絡もなくなりました。これを機に少しずつ夫のX社への熱は冷めていきました」
それでも、目は覚めず…
X社の相談ホットラインに相談しても取り合ってもらえない人も多いなか、燕さんのように「注意喚起」の声をかけてもらえるというのは、僕からしても驚きだった。彼女自身、「私もそう聞いていたので意外でした」と振り返る。だがそれは、彼女がしっかりご主人やアップの活動状況を整理して伝えたからなのだろう。
ではその後、燕さんから見て夫の「マインドコントロール」は無事解けたのだろうか?
「それから1年経ちますが……あいかわらず夫は毎月4〜5万円ほどX社製品に費やして、毎朝会社に行くときにはX社の浄水器の水を1リットル持っていくという生活を続けています」
やっぱり急に目が覚めて、元に戻るわけではない……。燕さんからのメッセージをスマホの画面で見ながら、思わず独りごちた。わかっていたことではあるが、改めて自分の妻のことを思い出し、僕の胸は痛んだ。そのことを伝えると、燕さんからこんな言葉が返ってきた。
「残念ながらマインドコントロールは解けていません。毎月4〜5万も使っていることは気にいらないですが、夫のお小遣いの範囲のなかでしているので何も言えません。『落ち着いたらビジネスの話をアップに聞きにいくのもいいかもねー』と言うこともありますが、以前ほどX社への意欲はなさそうです。ギラギラしていたときは趣味のゲームもせずに、時間さえあればX社びいきの健康情報サイトを見たり、X社仲間の Facebook のグループを見てばかりいました。だけど今はゲームをする時間が増えてきたんです。このごろは『X社の健康情報がおかしいのでは?』『X社の健康情報は科学的根拠がないのでは?』という私の指摘にも、納得はしないようですが耳を傾けてくれるようになりました」
相手が正しいと信じ込んでいることの間違いを指摘するのは難しい。僕自身、とても苦労したことだ。燕さんはどんなふうに指摘しているのだろうか。「たとえば、ブロッコリーやリンゴが水を弾くのはX社では農薬が原因と教えられますが、正しくは自然現象なんだよと丁寧に夫に伝えると、自分で調べなおして『そうなんだ……』『教えてくれてありがとう』などと言ってくれるようになりました。楽観はできないけれど、こうしてX社で刷り込まれた知識が間違いであることに気づいてくれるようになったことは前向きに考えていきたいと思っています」
たぶん、前のようには愛せない
X社から得た知識より、燕さんの言葉に耳を傾けるようになったのは、ハマる前の元の旦那さんに近づいていることのように思われた。僕がそのように言うと、燕さんは悲しそうな表情をして、口を開いた。
「それでも、まだ夫は完全にマインドコントロールが解けたわけではないんです」
そうなのだ。変わってしまったものは、簡単には元には戻らない。元に戻るかもわからない。被害者はその絶望感と、毎日向き合わなければならないのだ。
「今でも、家にはX社製品が溢れています。X社を連想させるものを見たり聞いたりしたふさときは塞ぎ込んでしまうこともあります」空気清浄機にしろ、鍋にしろ、日用品にしろ、X社の製品はとにかくデカい。「圧迫感を覚えますよね」と僕が言うと、燕さんも苦笑しながら同意してくれた。
「圧迫感っていうの、よくわかります。すごく苦しくなります。そんなとき夫は『どうしたの?』と聞いてくれますが、X社のせいだとは言えず『なんでもない』と笑ってはぐらかしています。X社は私の心に大きな傷を残しました。でも夫を責めても理解を求めても、マインドコントロールされているからどうしようもありません。本当は『X社をやめてほしい。X社の製品なんて全部捨ててほしい』と叫びたいけど、それで逆に夫がX社にのめり込んでしまうことが怖いので、意識して私からX社のことには触れないようにしています」
触れないようにしよう、と思ったとしてもなかなかできることではない。僕自身、「マルチ商法だろ!」と妻に当たって、頭突きまでしてしまったことがある。燕さんの忍耐力には純粋に感心させられてしまう。
「しんどいですが、今は夫のマインドコントロールが解けるのを待とうと思うようにしました。ものすごくゆっくり、その歩みは小さなものかもしれないけれど、X社をはじめる前の夫を取り戻しつつもあるので、希望を持って前に進んでいこうって。ただX社製品を返品してほしいと言ったときに離婚って言われたことは一生忘れないですね。正直に言うと、X社にハマってからの夫には冷めています。大好きだったんですけどね。夫に冷めた感情を持ってしまうようになったことがとても悲しいです」
子どもはかつての夫を知らない
最後に3つだけ燕さんに質問をさせてもらった。ひとつ目は義弟のこと。彼とは、いまだに連絡を取っているのだろうか。
「義弟は、いまだにバリバリのX社信者です。もともと義弟と夫は、仲が良いわけではありませんでした。もともと夫は義弟に関心がなかったんだと思います。夫は義弟が勤めている会社の名前も知らなかったし、義弟がひとり暮らしをはじめたことも知らなかった。だけど、夫がX社にギラギラしているあいだは、兄弟で食事に行ったり両親のプレゼントを買いに行っていました。それが今はパッタリとなくなりました。あの一時期、兄弟が仲が良かったのはX社で結ばれていたからなんだなって、なんだか恐ろしいですね」
もうひとつは、かつてのご主人のこと。いったいどんな人だったのか。何か特別な悩みを抱えていたのだろうか。「夫は、ごく普通の人だと思います。なぜX社にハマったのかよくわかりません。何か心に隙があったのでは? と言われても思い当たりません。ひとつ言えるのはX社のなかにはマインドコントロールの技術に長けた人がいるということです。『すごい人』と呼ばれていた夫のアップは、とても話がうまくて聞き上手で褒め上手でした。きっと他人をマインドコントロールする技術にも精通しているんだなと思います。ただビジネスの話になると詰めの甘さを感じたので私は騙されませんでしたが、ビジネスの話の詰めが甘くなかったら、私もどうなっていたかわかりません」
彼女もそうなのだ。なぜあの人が、なぜ自分がこんな目に……。その理由がわからないままに、巻き込まれ、壊されてしまった。先に配偶者がハマり、夫婦そろってのめり込むようなケースを見聞きすることも多いが、そのたびにもしかしたら自分もああなっていたのかもしれないと背筋が寒くなる。
「でも、うちの場合は、これぐらいで済んで運が良いほうだと思います。そもそも私も夫もマルチ商法の怖さやX社のリスクを、もっとよく知っていたならこんな事態にはならなかった。新たな被害者を生み出さないためにも、多くの人にマルチ商法の恐ろしさを知っておいてほしいです」
最後に聞いたのは、お子さんのことだった。妊娠時からずっとX社にハマっていた夫。ということは、お子さんは、X社をはじめてからのご主人しか知らないということになる。僕の娘も、X社をはじめてからの元妻しか知らない。だからこそ、こう思うのだ。「X社をはじめる前の本当の元妻を娘に見せてあげたい」。燕さんも、同じようなことを感じたことはないのだろうか。
「それ、すごくそう思います。私はズュータンさんのように離婚はしていないので重みは全然違うかもしれませんが、X社とは関わりのなかった夫の姿を娘に見せたいです。私の知っている夫は、X社をはじめる前の夫です。X社の情報に踊らされてX社の浄水器の水以外飲んじゃいけないと言ったり、自由人になろう! なんて言う人ではありませんでした。バカでゲーマーで人見知りで、ごくごく普通の、だけどとてもおおらかで優しい人でした。私はそんな夫のことが大好きでした。もともと水道水を飲んでもなんとも言わなかったのに、今では1リットルと500ミリリットルのふたつの水筒にX社の浄水器の水を入れて会社に持っていきます。私は子どもには何も気にせず水道水を飲んでほしかった。X社製品に囲まれて育ってほしくなかった。本当は子どもには夫のおおらかな所を見て育ってほしかったです」
燕さんのその後
もう、この出来事について忘れたいのだろう。note に記事を公開したことを伝えても燕さんから連絡はなかった。記事の公開から3年9か月が過ぎていた2019年月のある日の夜、燕さんからDMが届いた。「とてもお久し振りになってしまい、大変申し訳ありません!燕はサブアカウントだったので、ズュータンさんに最後のメッセージを送ってから使わなくなってしまったんです」
僕がマルチ商法被害者の声のインタビューを続けてこられたのは、はじめのひとりが燕さんだったことが大きいと思っている。そのことのお礼を伝えた。
「実は最近、本アカウントでズュータンさんがインタビューを受けている記事を読みました。ずっと辛くて燕アカウントを開けなかったんです。ズュータンさんの名前を見て本当に驚きました! ずっとがんばってたんですね! それを見て連絡したくなったんです」
燕さんは記事を公開してからのことを話してくれた。
記事ではご主人を否定しないように気をつけていると言っていたが、記事の公開直後に耐え切れず、人もまばらな代々木公園で、ご主人に涙ながらにX社をやめてほしいと訴えたという。ご主人は苛立ち納得しなかったが、しぶしぶ燕さんの要望を受け入れ、X社製品は家からなくなった。しかしX社への嫌悪感が消えなかった燕さんは通院し、現在もP TSD(心的外傷後ストレス障害)の治療を受けている。最近は落ち着いてきたが、先月自宅でX社サプリのCMが流れたときに激しく発作を起こし、居合わせた友達に抱きかかえられた。いまだに、ご主人はX社をしていたことで燕さんに負担をかけたとはつゆほども思っていないという。
燕さんの、ご主人はマルチ商法をはじめる前のご主人に戻り、燕さんは家族幸せに暮らしている。僕は心のどこかでそう思っていた。いや、そうであってほしいと願っていた。だが、燕さんのその後は、僕が願っていたようなものではなかった。マルチ商法が燕さんに与えた傷は時間が解決するようなものではなかった。
「あの頃、周りに言えるような内容じゃなかったので、ズュータンさんに話を聞いて頂けてすごくうれしかったんです。しかもそれを他の方々に伝えてくれて。私は夫と子どもにかかりきりで何もできないけど、夫をマルチ商法から抜けさせるには、パートナーはこれだけボロボロになることもあるよ、それだけたいへんだよというのを届けられればいいなと思っています」
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情報元リンク: ウートピ
「もう離婚かな…」夫の中で家族よりもマルチ商法が上回った瞬間