認知症の診断が下った85歳の母と93歳の父*の老老介護の日々をつづった信友直子(のぶとも・なおこ)さんによる『ぼけますから、よろしくお願いします。』(新潮社)。2019年10月に出版されて以来、7刷1万4000部とじわじわと売れ続けており、今年3月に発表された「広島本大賞」でノンフィクション部門大賞を受賞しました。*2014年当時。
もともとは、娘である「私」の視点から、認知症の患者を抱えた家族の内側を丹念に描いたドキュメンタリーで、テレビで放送されたあと、完全版が2018年に映画として公開されました。
「自分の好きなことをしなさい」という両親の言葉に押されて、東京で充実した日々を送るものの、両親が住む地元・広島から離れて暮らすことに良心の呵責を抱く娘の気持ちも丁寧につづられています。
新型コロナウイルスの感染拡大で、今年のGWは家族や大事な人に会えないという人も多いのではないでしょうか? 著者の信友さんにお話を伺いました。
映画で言えなかったことを言語化できた
——この本は信友さんが監督したドキュメンタリーが元になっているそうですね。
信友直子監督(以下、信友):はい。映像のほうでは、ナレーションを極力少なくしたんです。できるだけ素で見せて、見てくれた人が自分の親を思い出したり、自分のこれからを考えたりする間を取りたいと思ったのですが、間を取った分、言いたいことを言っていないというちょっとしたモヤモヤが心の中にありました。
だから、新潮社の方から「本を書きませんか?」とお声掛けいただいたときは「映画に入れられなかったことが書ける」とうれしかったです。
——ご両親のことを文章にしてみていかがでしたか?
信友:書き始めて初めて分かったんですけど、書くのって一つ一つ積み重ねていく作業なんですよね。今みたいに取材だったら、「相手からの言葉があって自分がどう答えるか」ですが、本を書くのは一から自分で作っていく作業。父と母のことを思い出しながら、言語化していくときに「これはこういう言葉じゃないな」「私が感じたのはこうだな」と、自分で言葉を紡いでいかないといけないのですごく論理的に頭を使った作業でしたね。映画を撮るときはあまり考えないというか、感じながら映像をつないでいく感じなんです。理屈で考えていないというか……。
なので、文章をつづることで考える作業をしたのはまったく違うアプローチでした。「映像を撮っているときに何となく切ないと感じていたけれど、あのときの感情はこういうことだったんだな」と書いて初めて気付くことが結構ありました。
離れて暮らしていることへの罪悪感
——本の中で「地域包括支援センター」に相談に行ったときに所長さんから「そんなに『自分が何かせんといけん』と思い詰めんでくださいね。今でも娘さんの役割はじゅうぶん果たしておられますから。遠く離れておられても」と声を掛けられた箇所が印象的でした。
私事ですが、帰省するたびに老けていく両親を見ると「遠くにいてすぐに駆けつけられなくてごめんね」と申し訳ないと感じることがあります。「あんたは好きなように生きなさい」と“理解のある”両親だからこそ、余計に罪悪感を感じてしまうことがあります。
信友:お父さんもお母さんも元気なら、「帰ったほうがいいのかな?」と良心の呵責みたいなものがある人は、そういう気持ちを持っているだけで、親には伝わっていると思うんですよね。それを思っているだけでも親孝行だというか……。
親は本当、思っている以上に娘のことを分かっていると思うんです。父や母に聞くと、「自分たちが元気な間も、お前がわしらのことを気にしとったことはよう分かっとるよ」って言うんですよ。だからそれは伝わっていると思うので、それは言いたいですね。
親が元気であれば、子供がやりたいことをやっているのが一番の喜びなんですよね。父は今、99歳なんですが、私があまりにもちょくちょく帰ると、「お前は自分の仕事せいや」「そんなにしょっちゅう帰ってこんでも、わしは大丈夫じゃけん。お前は今求められとるうちに、やらんといけんことをやれ」と言っているので。
——信友さんは新卒で森永製菓に入社されたんですよね? そのあと、テレビ制作会社に転職されたということですが、「そんないい会社に入ったのにもったいない」と止める親も多いと思います。
信友:父は反対しなかったですね。父は若い頃、言語学を学びたかったけれど親の反対と戦争のせいでやりたいことをできなかった。「娘にはそういう思いは絶対にさせとうない。あんたは自分の好きなことをやりなさい」というのが父の一貫した、教育方針でしたね。
早く介護サービスを利用すればよかった
——高齢化社会における老老介護も問題になっています。信友さんのお父様も最初はなかなか介護サービスを利用したがらなかったそうで、他人事じゃないなと思いました。特に上の世代は他人に助けを求めることに対して抵抗がある人は多いのではと思います。
信友:父は「わしがやらんといけん」という“男の美学”がすごくある人なので、そう言うだろうなとは思っていました。うちの父だけじゃなくて、戦前生まれの世代はそういう人が多いみたいですね。うちは結局、父の言うことに従って、2年ほど介護サービスを受けないでいましたけど、早く相談すればよかったなと思います。
やっぱり、ケアマネージャーさんはじめホームヘルパーさんなど、プロはすごいんですよ。ケアマネージャーさんはいろいろなケースを見ているからたくさんの引き出しを持っている。例えば、父と母はこういう人だから、父にはこういうふうにアプローチをすれば介護サービスを利用してくれる、と分かっている。
もし、家族だけで介護を抱え込んでしまって悩んでいる人がいたら、まずは地域包括支援センターに相談してほしいですね。とにかく自分だけで抱え込まないでプロに相談してほしいです。
——お話を聞いていてプロに頼ったほうがいいのは、介護だけじゃないのかなと思いました。子育てもそうですが、ワンオペで大変な思いをしている人がたくさんいる状況を見ると、もっと周りや他人に頼ったほうがいいのではと思います。とはいえ、私自身も普段の仕事でも誰かにお願いするのは気が引けてしまうほうなのですが……。
信友:私自身もヘルパーさんにお願いするのは申し訳ないという気持ちはあったんです。映画には入れなかったのですが、母が粗相をしたときに下着を洗ってくれたり、廊下を拭いてもらったりするのを他人に頼んでしまってもよいのだろうか? それは娘である私がやるべきなのでは? と思っていたのですが、結局自分だけで抱え込んでしまうと、自分で自分を追い詰めてしまうことになるんですよね。そうなると、その原因を作ってしまった親を責めることにつながっちゃうのかなって。それに気付いてからは「申し訳ない」という気持ちを「ありがとうございます」と転換しようと思うようになりました。
やっぱり介護っていつまで続くか分からない。いつまで続くか分からないとなると、本当に消耗していっちゃうんですよね。なので、いくら続いても自分が心に余裕をもって親や周りを見られるような介護体制を組むのが一番大事だと思いました。
——なかなか難しいかもしれないですが、余裕をもつことは周りのためにも自分のためにも大事ですね。
信友:こっちがピリピリしていると伝わっちゃうんですよね。母は自分が認知症になったから、娘と夫に迷惑をかけていると思って自分を責めちゃっている。だから、私が笑顔でいると安心するんですよね。ピリピリしていると、「やっぱり私はおらんほうがええんじゃ」ってなるんですよ。反対に「お母さんがおっても、私はこんなにニコニコして暮らせるんよ」ってニコニコしてると、「私はここにおってもええんじゃね」と思うみたいなので。
——介護サービスを利用してお父様の変化はありましたか?
信友:社会と再びつながるようになってから、父も自分だけで抱え込まなくていいんだって思ったみたいですごく穏やかになりましたね。それまでは、「わしが何とかせんといけん」と張り詰めていたけれど、穏やかな顔になりましたね。
「ぼけますから、よろしくお願いします」と言える社会に
——国や世の中の動きを見ていると、子育ても介護も社会でサポートする気がないのかなと思うことがあります。その点についてはいかがでしょうか?
信友:私のドキュメンタリーの作り方として、国や体制に直接的にモノを申すというやり方をしてこなかったんですね。それよりも、今回は父と母がメインですが、彼らの生き方や生活をそのまま見ていただくことで2人のことを知ってもらって、それぞれが考えたり、感じたりしていただくほうが自分のやり方としてもしっくりくる気がします。
今回の映画で父は地元で有名になったみたいで、近所を歩いていると声を掛けてくれる人もいるそうなんです。そういう気持ちで社会全体がお互い様って思えるようになればいいですよね。
それこそ『ぼけますから、よろしくお願いします。』というタイトルも色んな意味があるんです。もともとは2017年のお正月に87歳の母が言った言葉なんですが、「ぼけますから、よろしくお願いしますね」と社会に向けて言えるようになればいいなと思っています。タイトルをつけたときはそこまで考えていなかったですが、今はそんなふうに思っています。
*編集部注:インタビューは3月中旬、東京都内にて収録。直後から信友さんは両親の新型肺炎感染を心配して長期で実家に戻っているそうです。
(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子)
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情報元リンク: ウートピ
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