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「なんでもセクハラと言われたら何も言えない」とボヤく“おじさん”の謎【アルテイシア】

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ひがみ、ねたみ、そねみなのか、無邪気なのか。アドバイスかクソバイスか……。私たちをモヤっとさせる言葉を収集する「モヤる言葉図鑑」。

作家のアルテイシアさんと一緒に「モヤる言葉」を観察していきます。今回は「なんでもセクハラと言われたら何も言えない」です。

屁に悪意はないが、発言には根っこがある

「悪意はありませんでしたが、不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」は、屁をこいた時に使う言葉だ。

屁はコントロールできないけれど、発言はコントロールできる。

不適切発言をした人は「相手が不快な思いをしたから」と相手のせいにせず、なぜその発言がセクハラや差別にあたるのか?を学んだうえで、なぜそんな発言をしてしまったのか?と自分と向き合うべきである。

それをしないから、何度も同じような発言を繰り返すのだ。

不適切発言を批判されても「今はなんでも叩かれて窮屈な時代になった」「なんでもセクハラや差別と言われたら何も言えない」とボヤく“おじさん”は多い。

なぜおじさんが多いかというと、日本社会で権力を持つ立場にいるのは、圧倒的におじさんだからだ。

その手のおじさんには「だったらもう黙ってろ」と言いたくなる。

あと「こういうこと言うとセクハラになっちゃうかな(笑)」と前置きしながらセクハラ発言する人にも「心配だったら黙ってろ」と言いたい。

それ、メルケル首相にも言えますか?

でもその手の人々は黙らないし、勉強や内省をする気もない。なので私が彼らの心理を説明しよう。

例を挙げると、金メダルを噛んで問題になった某市長は、ソフトボール日本代表の女性選手に向かって「ええ旦那もらって」「旦那はええか?」「恋愛禁止か?」などと発言した。

もし相手がメルケル首相だったらそんな発言はしないし、メダルを噛んだりもしないだろう。

つまり「自分が上で相手が下」と思っているから、そのような言動をしたのだ。

なので「なんでもセクハラや差別と言われたら何も言えない」とボヤく人は「それ取引先の女性社長に向かって言うか?」と考えてみるとよろしい。

そこまで考えないと女性を尊重できないのはなぜか?

それは彼らが無意識に女性を見下しているから。オギャーと生まれた瞬間から男尊女卑につかっているため、男尊女卑が染みついているからだ。

また、件の市長が一介の市職員だったらメダルを渡されても噛まないし、「ええ旦那もらって」「恋愛禁止か?」なんて言わないだろう。

彼は「軽い冗談のつもりで」言ったのだろうが、そうした冗談を言えることが権力を持っている証拠なのだ。

イヤだと言えない相手と自分の関係が見えているか

「冗談のつもり」で不適切な言動をしないためには、己の権力を自覚する必要がある。「相手はイヤでもイヤと言えない」という上下関係に敏感になるべきだ。

つまり「俺は部下を自分と対等だと思ってる(ドヤ)」と豪語するトップの方がヤバいのだ。

たとえば、おじさん上司に女性の部下が「ええ旦那もらって」と言われた場合「余計なお世話だ、黙れ」とプーチン顔で返すわけにはいかない。

本音はイヤでも、その場では笑うしかない。それなのに「場を和ませてやった」と勘違いするおじさんが多いから厄介なのだ。

また、おじさん上司に「今度デートしようよ」と言われて「だが断る」と返せるのは岸辺露伴ぐらいである。

岸部露伴じゃない女子は、上司に“不快な思い”をさせるわけにいかないので「素敵なお店をご存じなんでしょうね~」とか笑顔で返す。

すると「相手も乗り気だ」と勘違いするおじさんが多いから始末に負えない。

うんこを爆弾に変えるスタンド能力があれば、相手をこっそり始末できる。だがスタンド能力を持たない三次元の民は、イヤでもイヤと言えない。

セクハラ加害者が「相手も喜んでると思った」「相手も好意があると思った」と主張するケースは多い。

「イヤでもイヤと言えないに決まってるだろ?そんなこと考えたらわかるだろ?」と激詰めしたくなるが、そんなことを考えずにすむのが特権なのだ。

彼らは相手がどう思うかなんて、そもそも考えていない。それは考える必要がないから。

立場が上の自分の言動は許されて、自分の要求は受け入れられて当然だと思っているのだ。

飛雄馬どう思うかな?

たとえば、星一徹はちゃぶ台を投げる際に「こんなことしたら飛雄馬どう思うかな?」なんて考えないだろう。それは飛雄馬と自分が対等な人間だと思ってないから。

むしろ一徹は「すべて飛雄馬のためを思ってやった」と主張するだろう。

パワハラ上司は「指導のつもりだった」と言い、DV親は「しつけのつもりだった」と言い、体罰教師は「教育のつもりだった」と言い、セクハラ政治家は「場を和ませるつもりだった」と言う。

彼らは「相手のためを思ってやったのに、なぜ自分が責められる」「責める方がおかしい、自分は間違ってない」と本音は思っている。

だから「不快な思いをさせてフンガフンガ」と屁みたいな謝罪をするのだ。

「おまえのためを思って」「おまえを愛しているから」は毒親の常套句である。

子どもは大人の助けがないと生きられない、圧倒的に弱い立場だ。毒親はその立場を利用して、子どもを支配しようとする。

「おまえのためを思って」と言いながら「文句言わず自分に従え」と、子どもの選択権や自己決定権を奪おうとする。

もし飛雄馬が「俺は野球なんかしたくなかった、ほんとはユーチューバーになりたかった」と言ったら、一徹は「おまえのためを思ってやったのに、感謝しないおまえは間違ってる!」と自分を正当化して、息子を責めるだろう。

飛雄馬かわいそう…(泣いてる)

「昔はお尻を触られて良かった」という女性はいない

あれは昭和のアニメだが、今は令和である。令和の現実世界に一徹みたいな父親がいたら、毒親認定されるだろう。

ハラスメントや差別も同様である。

大御所のおじさんタレントが「セクハラは必要悪」と加害者目線で語っていたが「昔は気軽にお尻に触られてよかったわ~」と振り返る女性は見たことがない。

昔はセクハラされても声を上げられなくて、我慢するしかなかったのだ。

人権意識が向上して、社会通念が変わった現在の方が、被害者にとっては「生きやすい」時代である。

「今はすぐ叩かれて生きづらい、窮屈な時代になった」とボヤく人は、「昔は人を殴っても怒られなかったのに、窮屈な時代になった」と言っているようなものだ。

彼らは「今は女の方が強い」と言うが、それは「昔は殴られても文句言わなかったくせに、文句言うようになるなんて強くなったなお前」という意味である。

社会通念が変わったのは、殴られる側が必死で声を上げたからだ。ネットやSNSの普及によって、声を上げても直接殴られない場所ができたことも大きい。

おでんの具は何が好き?

「ハラスメントや差別を許さない」と声を上げる人が増えることで、弱い立場の人が生きやすい社会になっていく。

それは権力を利用してやりたい放題やってきた人にとっては、生きづらい社会だろう。あなたたちも大変だよね…なんて鼻くそほども思わないが、私から手向けのアドバイスを差し上げよう(やさしい)

「なんでもセクハラや差別と言われたら何も言えない」とお困りの方には、「おでんの具は何が好き?」という話題がおすすめだ。

おでんは誰も傷つけない。「コーンフレークか否か」という漫才が誰も傷つけないのと同じである。

もしそこで「ちくわが好きなんだ、エロいね」とか返した場合、ちくわで撲殺されても文句は言えない。

なんでもセクハラにつなげる人は、獅子丸のようにちくわをくわえておこう。穴にチーズやキュウリを入れると美味しいワン。

昭和に比べるとマシになったとはいえ、現在もアップデートの途中である。今も様々なハラスメント案件が女性陣から寄せられる。

『モヤる言葉、ヤバイ人』(大和書房)に繰り返し書いたが、女子は反射的に笑顔を出すクセを封印しよう。

私もかつては「女は笑顔で愛想よく」「セクハラされても笑顔でかわせ」と刷り込まれていたが、それだとハラスメントは永遠になくならない。

セクハラや差別発言をされた時は「あまり私を怒らせない方がいい」とプーチン顔をキメよう。

立場的にプーチンになれない場合は「えっ」とびっくり顔をするか、「…………」とハシビロコウのような真顔をキメよう。

それでも「いやいや冗談だろ(笑)」と、冗談というオブラートでハラスメントを隠そうとする加害者は多い。

だからこそ「いやそれセクハラですよ」「不適切ですよ」と周りの第三者が指摘することが大切なのだ。

指摘するのが難しい場合も、少なくとも同調して笑わないようにしよう。周りが一斉にドン引きすれば「この発言はマズい」と加害者が気づくキッカケになる。

なにより「理解者がいる」「助けてくれる仲間がいる」と思えれば、被害者は安心するし、1人で抱え込まず助けを求められる。

そうやって連帯して、みんなで生きやすい社会に変えていこう。

ちなみに私がおでんの具で好きなのは、餅きんちゃくだ。

(イラスト:飯田華子)

情報元リンク: ウートピ
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