『万引き依存症』(イースト・プレス)の著者である精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんへのインタビュー。
第1回は、人に頼ることの大切さについて、第2回は、自身の経験を交えて、依存症になりやすい人の特徴などを教えてもらいました。
最終回である今回は、依存症の治療から、自分を受け止めるためのヒントを探ります。
ひとりぼっちにならないように依存先を増やす
——第1回、第2回と依存症についてお話を聞くなかで、「依存していいんだ」というふうに言われるのは目からウロコな感じがありました。
斉藤章佳さん(以下、斉藤):以前、中村うさぎさんと対談したときに聞いたのですが、うさぎさんのお父さんは「お前ら、誰に食わせてもらってると思ってるんだ」と言うような男尊女卑の人で、うさぎさんは、それが嫌で早く自立した女になろうと仕事を頑張ったそうなんです。とにかく女性にとっての自立は経済的な自立なのだと信じて、寝る間も惜しんで一生懸命働いて、本を書いて……。けれど、気づいたらひとりぼっちだった、と。
そのひとりぼっちを埋めるために、買い物にどんどんのめり込んで……と自身の買い物依存症の話は、特徴的なエピソードだと思います。自立というと、経済的な自立を指すと思いがちですが、東京大学の熊谷(晋一郎)先生*がよくおっしゃっている通り、本当の自立とは社会のなかに依存先を増やすことなんですよね。ひとりぼっちにならないように、リスクを分散し依存先を増やす。依存症の人たちも、同じようなプロセスを辿って回復していきます。
*東京大学先端科学技術研究センター当事者研究分野准教授
——仕事と家の往復で息継ぎができないような生活をしている場合はどうすれば。
斉藤:わたしが依存症治療のなかで最近よく提案するのは適度な有酸素運動です。ヨガでもいいですし、スポーツジムに行くのもいいですね。仲間とウォーキングでもいいと思います。摂食障害がある人は、運動を取り入れると逆効果な場合もありますが。
——人がいる場所に行く、ということですか?
斉藤:新しい世界を持つ、そこで人とつながるということですね。そして、その場所が運動に関係しているとなおいい理由は、運動をすると自分自身の身体に関心が向いてくるからなんですよ。食べるものや寝る時間など、基本的な生活習慣に関心を持つようになり、自分自身を大切にしようという考えにつながる。
依存症に「回復」はあっても「完治」はない?
——摂食障害という言葉が出ましたけど、著書『万引き依存症』のなかに、摂食障害の周辺症状として万引きの問題があるということが書かれていましたね。
斉藤:摂食障害を抱えている人が万引き依存症に発展しやすい傾向はあります。まず、体重のコントロールというのが、数字が見えるからすごくはまりやすいんです。昨日より500g体重が減っていたらその日1日がハッピーになるわけで、そういうことを繰り返しているとどんどん体重が落ちてきて、結果が出るからもっともっとと際限なく追求してしまう。低い自己肯定感を一時的にあげるのに役立ちます。
そのころにはだいたいの人が食べても吐けば太らないだろうということを発見して、自己誘発性嘔吐や下剤の乱用にたどりつきます。
食べ吐きを始めるとそこからはもう転げるように、過食・嘔吐・拒食のサイクルをずっと繰り返すようになっていきます。そこから「どうせ食べて吐くのだから、食べ物にお金かけるのがもったいない」と、過食嘔吐したいがための万引き問題に発展していくケースが多いですね。
——本のなかで、家が地獄絵図になっていたというケースが紹介されていて、ショックでした。腐ってカビが生えた食べ物が家じゅうに溜まっていても、それを捨てないどころか食べるって……。
斉藤:彼女は食べ物のことを「エサ」と表現していました。うじ虫やコバエがわいても捨てられない。そこまでいくと精神科に入院して治療することを勧めます。
——素朴な疑問なんですが、入院すれば治るんですか?
斉藤:治ることはないですね。
——ない……。
斉藤:第1回で、依存症の症状とはコントロール障害であり、梅干しを見ると条件反射で唾液が出るような現象に近いと言いました。極端な話、治るというのは梅干しを見ても唾液が出なくなることです。
——うーん……梅干しを食べなくなって5年、10年経っても唾液は出そうです。
斉藤:脳のなかにその条件反射の回路ができあがっていますからね。体が覚えています。依存症がよく「回復はあるけど完治は困難」と言われるのはそういうことです。たとえば、アルコール依存症の人が昔みたいに量をちゃんとコントロールして飲めるようになるかといえば、それは難しい。逆に、もし節酒が継続できれば依存症ではない。
回復のかたちは自己受容
——ほかの世界、ほかの人間関係とのつながり(=依存先)を増やす以外に、回復のためにできることはあるんでしょうか。
斉藤:現在、プログラムのなかで一番効果のある治療モデルは認知行動療法と言われているものです。再発防止を主眼においたリスク回避型の「リラプスプリベンションモデル」といいます。繰り返す習慣というのは必ずパターンがあって、そのパターンをちゃんと洗い出していくと、悪循環のサイクルがどのあたりから始まるのか、どのリスクの段階でどういう介入をすればうまく対処できるのかが見えてきます。そういった行動サイクルの自己分析をきちんとやって、まずはそれを生活のなかで取り入れて実践していくというのが、初期の治療法ですね。簡単に言うと、習慣を変える作業が治療になるのです。
——では、つながりを増やすのと同時にそれをやっていくと。
斉藤:そうですね。他には、同じ問題をもった仲間につながるというのも大事です。そこでは自分の問題を隠す必要がない。隠して、つまり嘘をついて過ごしているとそれ自体が強いストレスになりますし、嘘をつくことでどんどん孤独になっていきます。一方で、仲間とオープンに共有すると、ひとつの大きい連帯感ができてきます。今日1日、あの人もやめているから私も頑張ろうとか。必要なのは最新の薬や病院のベッドではなく「仲間」なんです。
——ちなみに、オープンに自分の問題を共有するというのは、インターネットやSNSでもいいんですか? それとも、リアルな場で面と向かってというのが必須ですか?
斉藤:面と向かって顔と顔を突き合わせて、目と目を見て対話をするというのが重要なところです。自分の正直な話をして仲間にちゃんと聞いてもらうという、等身大の自分を他者に受け止めてもらえる体験を繰り返し経験することで少しずつ自分自身を受け入れていけるようになる。こんな自分でもいいんだ、仲間の役にたつんだ、価値があるんだと。これを自己受容と言いますけど、自己肯定感とか承認欲求ではなくて、今の自分をちゃんと受け入れられる、自分で自分のことを抱きしめられるという感覚が依存症の回復のかたちだと思います。
依存症の人は、依存物質や行為をやめられないから「こんな自分はだめだ」「またやってしまった」と自分を否定し続けているんです。でも、「今までいろいろあったけど、そんな自分を受けとめよう」という「I’m OK!」が回復の向かう先なんですよね。
——「I’m OK!」という自己受容ですか……これは刺さりますね。できていないことのほうが多いかも。あ、でも「自分はそれができていない」と自己否定しちゃだめなんですよね。難しい。いずれにせよ、依存症について他人事ではない視点を持つことができました。
斉藤:我々が問題に直面したときに、誰にも助けを求められずに追い詰められて、うつになったり何かにはまっていくということは誰にでも起こりえます。その意味では、万引きに限らず依存症というのは誰でも陥る可能性のある身近な病だと思います。
(取材・文:須田奈津妃、撮影:青木勇太、編集:ウートピ編集部 安次富陽子)
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情報元リンク: ウートピ
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