放送作家で吉本総合芸能学院(NSC)東京校の講師も務める桝本壮志(ますもと・そうし)さんによる小説『三人』(文藝春秋)が12月17日に発売されました。
芸人2人と放送作家の男性3人が暮らすシェアハウスを舞台にした青春小説で、芸人として売れないまま34歳になってしまった主人公の視点を通じて不安や焦り、友情と成長を描いています。
桝本さんと言えば、徳井義実さん(チュートリアル)と小沢一敬さん(スピードワゴン)と3人でシェアハウス生活をしていたことでも知られ、朝のトーク番組『ボクらの時代』(フジテレビ)に出演したことも。自身初となる小説にも共同生活の体験が色濃く反映されていると言います。
人気番組『今夜くらべてみました』や『ナニコレ珍百景』など週14本もの担当番組を抱えている売れっ子作家の桝本さんが小説に挑戦した理由は? 前編に引き続き、小説家・エッセイストの燃え殻さんとの対談でお届けします。
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人生相談は「俺もこういう傷がついてるよ」と見せ合うだけ
桝本壮志さん(以下、桝本):前編で「不安」の話が出ましたが、燃え殻さんも新刊『相談の森』*(ネコノス)を発売されたばかりですね。
*文春オンラインの人気連載「燃え殻さんに聞いてみた。」を書籍化。12月1日発売。
燃え殻さん(以下、燃え殻):人生相談で相談してくる人とは、「俺にも同じじゃないけど、こういう傷あとがあるんだ」という傷の見せ合いだと思ってて。「それでも生きてるよ」って言うだけです。そうすると、それぞれ傷の付けられ方や痛み方は違うけど、「だったら、私ももうちょっと生きようかな」って思ってくれないかなって。ほぼ祈りです。俺は、正しく傷を治す処方箋は持ってない。「この傷に近いかな?」という自分の失敗談を挙げているにすぎないまがい物。
桝本さんが作っているテレビとか、「ゲラゲラ笑って、こんなの何の役に立つんだよ」って言う人がいるかもしれない。でも、それで今日を救えたりするんですよ。知らないところで、知らない誰かが、関係のないバカ話聞いて、死ぬのバカらしくなって、インスタントラーメン食べて、そのまま寝ちゃったりね。
桝本:確かにそうですね。やれ殺人事件だ、やれミサイルが飛んできたというのはニュースになりますけど、バラエティ番組で夫婦ゲンカが止まったとか、おじいちゃんが100歳になったとか、そんなニュースも本当はあるはずなのに、記事にはならないじゃないですか。我々のエンタメ商売は、「必要ない」って言われがちなんだけど、そういうニュースにならないニュースを作ってるんだろうなと、僕は自負してますけどね。
燃え殻:本当にそう。不要不急で助かる人たちがたくさんいる。ライブだって、演劇だって映画だって全部そう。
成長は自分の視座が変わること
——『三人』では、主人公の成長も描かれています。「人の成長」とは何だと思いますか?(編集部質問)
桝本:成長って、自分の視座が変わること、アングルの問題だと思うんですよね。例えば、表側からしか見てなかったものを、裏側から見られるようになる。僕は子供のころ、おかんが買ってくる服がダサくて、おかんのことが嫌いだったことがあるんですけど……。
でも、そこで自分の視座を変えてみたんです。服選びのセンスが悪いおかんが、そのセンスでおやじを選び、そのセンスで生まれたのが俺だとしたら、俺ってダセーじゃんって。「俺が一番そのダサさを受け継いでるクセに、母親に何そんな感情を抱いとるんじゃい」って思った瞬間に、視点がグルっと変わったんですね。それが僕は、成長のひとつかなと思ってます。
燃え殻:大人への成長っていうので言えば、そうかもしれないですね。社会って、「男ってさ」「女ってさ」って言いがちだし、嘘っぽいじゃないですか。でもそれは、「私ってさ」ということじゃないですか。私事にできる人が、大人なんだろうなと思うんです。
例えば、殺人事件が起きても、幸福なことが起きても、ニュースを見たときに自分を投影できるか。投影できないと、例えば、芸能人が不祥事を起こしたときに、フルスイングで石を投げられる。「自分と関係ない。自分はしない」と思ってるから。でも、する自分もいるかもしれないと思うことが、俺は大人だと思うんです。
“大人の階段”を上れるのは大人の役をやってくれる人がいるから
燃え殻:勝手な考えですけど、世の中には“大人”という役割をやっている人がいるだけで、大人の人は本当はいないんじゃないかなって思ってます。
自分らが若いときも、太ももをつねって大人のフリをしてくれた人たちがいたんじゃないかって。20代のときに叱ってくれた40代の人を見て、「世の中のことを分かっててすげーな。俺も40歳くらいになったら大人になれるんだな」って思ってたけど、年を重ねた今、あの人も不安パンパンで、今日も全力で大人やってくれてたんじゃないかなって、今は思うんです。不安を隠して、“大人”という役割をやってくれてたんじゃないかって。
桝本:すごく分かります。“大人”というのは、立場ですからね。例えば、お正月やお盆に親戚の家に行ったりすると、子供は早く寝て、大人たちが居間に残ってしゃべってるのが、魅惑的だったじゃないですか。「大人ってどんな話をしてるんだろう? 大人ってすごい世界なのかな?」って思ったりしてたんだけど、自分がその年齢になってから、「たいしたことしゃべってないな……」ということに気づくんですよ。
だから、「実は大人と子供の差は全然ないんじゃないか」ということを分かり始めたら、大人なのかなって最近思い始めて。“大人”の役をやってくれる人がいるからこそ、誰かが大人になるところの階段をこしらえてくれてるのかなと。
「いつまでも背番号10番をつけてるわけにはいかない」
桝本:僕が今回、小説を書くことに挑戦したのも、いつまでも僕が背番号10番をつけてるわけにはいかないと思ったんです。『笑点』の司会だって変わりますから。それと、新しいことに挑戦してない先生なんて、魅力的じゃないですし。「お前ら、どんどん新しいことに挑戦しなくちゃダメだ」って言ってるやつが、新しいところに行ってないって、一番ダメな先生でしょう? だから俺は、小説を書こうと思いました。小説は、もう一回、無名になれる場所だったので。
燃え殻:コメンテーターに挑戦するとかだったら、今の仕事を引きずりながらやるって感じだけど、横移動してジャンルが違うことをやるという。生徒たちから見ると、「まだやるのか。まだ挑戦するんだ」っていう希望だと思うんです。
桝本:「あんなやつでもできるんだから、俺らもやってみようかな」って。それを実践したかったんです。
燃え殻:桝本さんは今、めちゃくちゃ不安だと思うんだけど、文章って出して終わりじゃないから。
魚が全部見えて、ここからここまでって決まってて、必ずすくえる金魚すくいをやれるわけじゃない。どこからどこまでも分からない、底も見えない、暗闇に糸を垂らすような感覚といいますか。すみません、分かりづらくて。
桝本:確かに、「もしかしたら、この池にでっかい魚がいるかもしれないぞ」という感覚は、すごく大切ですよね。ビジネスパーソンにも言えることだけど、小さな組織の中で移動するのって縦移動なんです。日本人特有の上下関係の中で、上へ上へ目指していこうとする。相撲にも番付があるし、日本はカーストが好きなんですよ。だけど、実は大切なものは横移動で、「あれ? このエリア、誰も遊んでないぞ」っていう横移動の意識が大切だなと思います。
勝負の結果は、“51勝49敗”くらいが気持ちいい
——新しいことに挑戦したいけど、なかなか勇気が出ない人も多いと思います。(編集部質問)
燃え殻:重要なことは、負けに慣れることかもしれないですね。真剣勝負をし続けると、必ず負ける時がくる。それに慣れることじゃないですかね。「ちゃんと準備して、一生懸命やっても、こういうこともある」って思えれば、また挑戦できる。甲子園だと思わないというか。一回負けたら故郷に帰るということじゃない気がしていて。負けに慣れてくると、ポツポツでも勝てるようになってくる。これが、一回も勝ってない、一回も負けてないと、勝ちも負けも怖くてしょうがない。怖くて何もできなくなって、年齢がいってしまう。自分の体とか脳とかより、同い年の連中の人生がどうしても自分の人生にノイズとして入ってきて、さらに動けなくなる。
傍観者じゃなくて当事者になる訓練って早ければ早いほうがいい。遅かった僕が言うんで信じてほしい。勝っても負けてもあまり変わらないから。いかに当事者になったかということが、生きてることなんじゃないかなと最近は思うんです。だから、勝者よりも、いつまでも当事者であり続けることのほうが大変だし、重要だと思います。
桝本:そうですね。不安や失敗にさいなまれる毎日がある人は、それだけ挑戦してるということでもありますし。僕は、失敗イコール挑戦の数、すなわち分母の多い人だと思ってます。100回戦ったら51勝49敗でいいんです。一人勝ちは絶対にないので。でも、それくらい数をこなさないと、一勝の重みが分からないだろうし。だから、「新しいことに挑戦したほうがいい」というのは、そういうことですよね。
以前、第一線で活躍している人に「どんな感覚で勝負をしてますか?」って聞いたら、「じゃんけん」って答えられたのが印象的で。「ほとんどあいこなんだよ」って。それはやっぱり、自分が上に上がっていくと、それ相応の人物が現れるということだと思うんです。はじめは勝っていても、そのうち負け始める。そして、最後のほうはあいこになっていく。だから51勝49敗くらいが気持ちいいんです。じゃんけんくらいの感覚で勝負していくのがいいと思いますよ。
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※後編は12月19日(土)公開です。
(構成:ウートピ編集部・堀池沙知子)
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情報元リンク: ウートピ
「いつまでも背番号10番をつけてるわけにはいかない」放送作家の僕が小説に挑戦した理由