イギリス在住の保育士でライター・コラムニストとして活躍するブレイディみかこさんによるノンフィクション『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)が6月に発売され、発売1カ月で累計3万6000部を突破*しました。
*2019年7月24日現在。
本のタイトルにもなっている「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」は、イギリス南部の都市・ブライトンに暮らす、日本人の母(みかこさん)とアイルランド人の父の間に生まれた「ぼく」がノートに書いた言葉。
名門小学校に通っていたものの、元・底辺中学校に進学した「ぼく」が、貧困や格差が絡み合った複雑な人間関係や自らのアイデンティティについて悩んだり迷ったりしながらも軽やかに壁や分断を乗り越え、成長していく姿がテンポ良く描かれています。
ブレイディさんに3回にわたって話を聞きました。
「正義」を手にした途端、暴走する
——息子さんの友達にハンガリー移民の両親を持つダニエル君という少年が登場します。たびたび差別的な発言をして息子さんともけんかしますが、なんだかんだ付き合っている。
ブレイディみかこさん(以下、ブレイディ):この本を読んだ文筆家の方々は、なぜかみんなダニエルが好きです(笑)。みんな一番気になるらしいです。
——そうなのですね(笑)。ダニエル君は差別的な発言をするせいで大人も目を光らせるようになり、そんな空気を子供も察知して彼をいじめるようになったというエピソードがありました。よく考えたら「日本の社会でもよくあることじゃない?」と思いました。差別的な発言をした人に注意するのは当然だと思うのですが、その先に行ってしまうっていう……。
ブレイディ:ダニエルの場合は「レイシストが言うような何十年も前のオヤジみたいなことを言ってるんじゃないよ」というのが暴走してしまったというね。
「この人はレイシストです」って“正しくない人認定”されてしまって、それが「いじめられる非があるから」「どれだけいじめてもいい」と暴走してしまって、結局いじめられる側になってしまう。
——しかもダニエル君をいじめたのは直接彼に何か言われたり、被害を受けたりした人じゃないんですよね。
ブレイディ:ダニエルにいろいろ言われた本人は、例えばうちの息子なんかは友達になっていくんですよ。友達になってみんな同じグループにいるんだけど、全然関係ない人がいじめているっていう、日本のネット空間みたいですよね。
——本当にそう思いました。「正義」や「正しさ」という武器を手にした途端、暴走するわけですよね。暴走を食い止める術ってあるのかな……。
ブレイディ:本にも書いた「エンパシー」じゃないですか。それしかないと思う。
その人の靴を履いてみる…「エンパシー」って?
——エンパシー。日本語にすると「共感」ですが、かわいそうな立場の人や問題を抱えた人、自分と似たような意見を持っている人に対して抱く感情を指す「シンパシー」に対して、自分とは違う理念や信念を持つ人や、別にかわいそうだとは思えない立場の人々がどんなことを考えているのか想像する能力が「エンパシー」と書いてらっしゃいますね。
ブレイディ:実は日本語になると、シンパシーもエンパシーも「共感」と訳されてしまうんですよね。でも、エンパシーのほうは、息子の言葉を借りれば「その人の立場になって、その人の靴を履いてみる」。その人の立場になって、どうしてこんなことをしてるんだろう、言ってるんだろうと考えてみるという知的な作業なんです。
昔は日本でもそうだったと思うんです。気の合わない人や微妙に政治的に意見が違う人もいて、それでも友達になっていたしそれなりに付き合っていきながら、世の中を渡っていたと思うんですよ。
でも、今は互いが触れ合う前に分断されて、お互い遠くから石を投げ合ってる感じですよね。EU離脱もまさにそうだなあって。
——どういうことですか?
ブレイディ:EUの離脱派と残留派がいて、前者に対してはレイシスト、後者に対してはブルジョアと罵(ののし)りあって石を投げ合う。実際に話もしてないし、触れ合ってもないのに。
もしかしたら、いざ会って話してみたら意気投合はしないまでも「お前はそういう考えなんだな、まあ私は賛同はできないけどさ」とビールの一杯も飲めるかもしれない。
遮断し合っている感じがどんどん進んでいって、お互いが何を考えてるのかさっぱり分からなくなりますよね。最近は、分断が深刻化している一方な気がします。
——そうですね、どこにでも自分と気が合わない人や考え方が違う人がいるけれど、いざ話してみたら「考え方は違うけど、人としては好き」とか「あの人はそういう人だからね」という余地が生まれる気もします。
ブレイディ:分断はあってもいいと思うんです。だって、多様化している社会っていうのは、いろいろな違う考えを持ついろいろな国の人がいるわけだから、分断は当たり前。
でも、分断しながらでもお互いなんとか付き合っていかないと世の中は変わっていかないのかなと思います。相手を遮断して批判し合っているだけでは、お互いのことが分からないし、付き合わないから、全然物事が前に進まないというのが今のEU離脱を巡る問題ですよね。
分断も軋轢も軽やかに飛び越えていく
——息子さんはダニエル君とけんかをしても、一緒に出掛けたり、人として向き合ってますよね。別に大人から「仲良くしなさい」って強要されたわけじゃないのに。
ブレイディ:子供ってそういうことができる。うちの息子だけじゃないですよね。(息子の友達の)ティムだって、なんやかんや言って、ダニエルと取っ組み合いのけんかをしたわりには、友達になってるわけだから(笑)。
大人は何々派とか、何々主義とか、いろいろ考えちゃってそれができないんですよ。でも子供ってそういうのがないから。息子や息子の友達を見ていると、「何か言われてムカついたけど、この間俺のこと助けてくれたし、で、お前の電話番号は?」みたいなノリで付き合いが始まるんですよね。
そんなふうに軽やかに飛び越えていける感じが、「世の中悪い方向に向かっている……」って眉間に皺寄せて深刻に考え込んでいる大人からしたら、まぶしいというか……。なぜ我々にはできなくなってるんだろう? っていう感じですよね。
——この本を読んで希望を感じました。
ブレイディ:「こいつら結構、気軽に何も考えないで飛び越えてるじゃん」「やるじゃん」ってね。意外と、地べたの子供たちのほうが、前に進んでいる。ネットでぐちゃぐちゃやってずっと同じところに閉じこもって出口が見えなくなっちゃってる大人を尻目に、いきなり生身でぶつかり合って突破しているから彼らのそういうところを学びたいなと思いますね。
※第2回は8月2日(金)公開です。
(聞き手:ウートピ編集部:堀池沙知子)
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情報元リンク: ウートピ
「いじめられる非があるから」とみんなが思った途端、正義が暴走する…【ブレイディみかこ】