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酒井美紀、“伝説のマネージャー”との20年「不安や失敗も含めて自分らしく年を重ねていきたい」

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25年前に放送されたドラマ『白線流し』(1996年)でその名を広め、その後人気絶頂期を迎えた酒井美紀さん(43)は、ほとんど休みなく働いていました。当時、20歳。その隣にいたのが、若きマネージャーの田島未来さん(42)でした。

「いつかまた、一緒に仕事ができたらいいね」

田島さんが別の事務所に転職したため一度は離ればなれになったものの、折に触れ連絡を取り合う関係は続き、同い歳となる第一子を出産するなど、縁を繋いできた2人でした。

そして2年前、酒井さんと田島さんは湘南で「muaプロダクション」を設立。20年前の約束を果たして、再び2人はタッグを組んだのです。

酒井さんにこれまでのキャリアや仕事にかける思い、今情熱を傾けていることなど話を聞きました。

マネージャーの田島さんと話す酒井美紀さん(右)

マネージャーの田島さんと話す酒井美紀さん(右)

女優として順風満帆も…アメリカ留学を決意した理由

——20代の初めの頃は、一年のほとんどを田島さんと過ごしていたとか。若かりし頃の田島さんは、どんな人だったのでしょうか。

酒井美紀さん(以下、酒井):田島さんの最初の印象は、ギャルでした(笑)。ギャルがマネージャーやるんだって驚きましたね。でも見た目と違ってとっても真面目で、仕事に対して情熱的。芯の部分は、今と変わっていないんですよ。私たちは2人ともやりたいことが早い段階で明確でした。そこが共通点でしたから、お互いに前を向いて突き進んだ、全力疾走の20代という感じでしたね。一緒に仕事に行って、ちょっとした隙間時間にショッピングしたり、息抜きしたり。1年のうちほとんどを一緒に過ごしていたんですが、たまの休日に渋谷に行ったら、スクランブル交差点でバッタリ会ったことがあるんですよ。大爆笑してすれ違ったあの時のことは、忘れられないですね。

——田島さんが酒井さんの所属事務所(オフィスジュニア)を辞めるとき、ちょうど酒井さんもキャリアシフトを考えているタイミングだったそうですね。

酒井:長く一緒にやってきた田島さんがやめてしまうことは、やっぱり寂しさもありました。でも、彼女には彼女の人生があります。転職をするのは、相当悩んだでしょうね。頑張ってほしいな、と素直に思いました。私も20代の半ばに差し掛かかり、ずっと自分の意見を主張できないまま仕事を続けることに不安を感じていました。何か一度ガラッと環境を変えないと、私自身、変わることができないと考えて、アメリカ留学を決意しました。

——順調だった俳優業を休止して留学をすることに、周囲の反対はなかったのでしょうか。

酒井:ありましたね。「え、このタイミングで行くの?」と。それでも気持ちはゆるぎませんでした。やるからにはきちんとこなそうと考えて、留学先からアパートの手配まで、業者に頼むことなく、すべて自分自身でやりました。留学先でも、いろいろ苦労しました。日本では世に名前が出るお仕事をしていても、アメリカではまったくステイタスがありません。銀行口座を開設するのにも一苦労。でもその思い出は、すべていい経験。私の財産だと思っています。

——留学経験は酒井さんにとって、どんな影響がありましたか?

酒井:仕事への取り組み方が、がらりと変わりました。それまでは、すべて事務所が仕事を決めてくれて、それにしたがってこなすというパターンでしたが、帰国後は仕事内容に関して、きちんと私自身もしっかり考えてから進める形になりました。

留学先のアメリカでは何をやるにも自己判断が求められたんです。「自分で決める」って、責任も伴いますが、その自信が勇気になって、先々の自分を支えてくれます。どんな結果になろうとも、決断したのは自分。折れそうになったら、途中でやめてしまうのもいい。それを決めるのも自分。自分で決めて、自分が進む。それでいいんだ、と思えるようになったことは、私にとって、大きな意識改革でした。

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「こうあるべき」にとらわれていた

——俳優として活躍しながら、大学にも通った酒井さんは、若い頃からなんでも器用にこなせる人というイメージがあります。酒井さんにもコンプレックスはあるのでしょうか?

酒井:ええっ、私はいわば、コンプレックスの塊ですよ(笑)。こういう仕事をしていて言うのもアレですが、「私を見て!」とは、なれないタイプ。今でもそうです。でも若い頃は、もっとその思いは強かったですね。酒井美紀という俳優には、ドラマの役柄から清純派で真面目という“パブリックイメージ”が強かったので、そこから外れてはならない、こうであるべき、という呪縛にとらわれていました。

——その「こうであるべき」という呪縛は、どのようにして解いていったのでしょうか。

酒井:年齢を重ね、経験を積むことで、心が強くなっていったと思います。自分で決めて達成する、それを繰り返すことで、自信がなかった自分が、少しずつ変わっていきました。そして振り返ってみたら、「ああ、以前は“べき”にはまっていたな、思い込みで自分自身の首を絞めていたんだな」と気づくことができたんです。

——決断と達成と言うと大きなことをイメージしてしまいますが……。

酒井:本当に、どんな些細なことでもいいと思うんです。今晩食べるものを決める、それくらいの小さな決断からでいい。自分自身で決めて、その結果を受け入れることが大切かな、と。そして、進むペースも、人それぞれでいいと思います。時々休憩したって構わない。一度は決めた道から離脱したっていい。何かを続けるにしてもやめるにしても「自分で決める」ことが大事なのかなと思います。“べき”ではなくて、“したい”という気持ちに正直に生きていれば、肩肘張らず、楽しく過ごすことができるのではないでしょうか。

「不安や失敗も含めて自分らしく年を重ねていきたい」

——マネージャーの田島さんも、まさしく決断・達成を繰り返して自分の人生を決めてきた人です。今、彼女とふたたび組むことで、どんなことが実現できると考えていますか?

酒井:田島さんの魅力は、情熱と戦略を併せ持っているところです。いつでも思いがけないアイデアを出してくる。そういう素質を持ったマネージャーにはなかなか出会えるものではないんですよ。私が移籍をすることになり、その相談をしたとき、もう復帰はしないと思っていた田島さんがもう一度マネージメントの仕事をすると言った。ぴったり合ったこのタイミングは、千載一遇のチャンスだと思いました。神様の前髪は、すぐにつかまなければと(笑)! 

再び一緒に仕事をすることになった今、20年前とはずいぶん芸能界を取り巻く環境も変わっています。時代の流れに乗って新しいことにもチャレンジしていきたいですね。とはいえお互いに家庭を持ち、年齢も重ねているので、私たちらしいスタンスを第一に。新鮮な気持ちで仕事に取り組みながら、私たちのペースで、スタッフみんながそれぞれの人生で大切にしているものを守っていけたらいいね、と話しているんです。

——最近は新しいことにどんどんチャレンジしていますが、挑戦し続けるための原動力は? また、酒井さんはどのように年を重ねていきたいですか? 

酒井:新しいチャレンジはいくつになってもできるものです。やりたい! と思ったときが、そのタイミング。その思いを後回しにしないようにしています。チャレンジの先にある新しい景色にワクワクするんです! さらに好奇心と情熱を忘れずに、心や魂が求める方へ舵を切っていきたい。一歩一歩丁寧に歩みを進めながら、不安や失敗などもひっくるめて自分らしく年齢を重ねていくことが理想です。

——これから「こうしていきたい」などの展望はありますか?

酒井:現在私は大学院に通っていて、国際協力の研究をしているんですが、そこで得た学びと、これまで続けてきた演劇のメソッドを組み合わせてみたいという希望があります。海外ではすでに多く取り入れられていますが、演劇は、教育にとてもマッチするんですよ。授業の前にシアターゲームのようなことをして集中力を高めたり、もちろん語学のトレーニングにも生かされています。まだ具体的ではありませんが、将来的には、スクールのようなものをつくって、タレントとしての才能だけでなく、人生をよりよく生きるための表現方法を伝えられたらいいな、と。そんな大きな展望も、“情熱と戦略“の田島となら、きっとうまくいく……そんな予感があります。

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(取材・文:山野井春絵、写真:宇高尚弘)

情報元リンク: ウートピ
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