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私が海外別居婚を選んだ理由。「夫」なら堂々と会いに行けると思った

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働く女性のキャリアを支援する株式会社LiBの副社長、永井裕美子(ながい・ゆみこ)さんは、いわゆる“バリキャリ”の女性です。

大手メーカーに新卒入社し、アメリカ名門私立のコーネル大学に企業派遣留学。修士課程を修了し、帰国後は社内のグローバル人材育成や人事制度の改革を担いました。それから、いくつかの外資系企業で人事本部長や執行役員を歴任し、現職にいたります。

精力的に働き続けてきた永井さん。そのプライベートを支えてきたのは、家事を担ってくれる夫の存在だといいます。

最近でこそ「専業主夫」「大黒柱女子」といった役割分担も見かけるようになってきたけれど、永井さんご夫婦がそのチョイスをしたのは、20年以上も前のこと。

いったいどんな思考や仕組みのブラッシュアップを経て、その心地よい暮らしを続けてこられたのか? 全3回にわたって、お話を伺いました。

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恋人ではなく夫なら、堂々と会いに行けると思った

——20年以上、“専業主夫”と暮らす永井さん。まずは、お二人のなれそめから聞きたいです。

永井裕美子さん(以下、永井):彼とは、企業派遣留学中にアメリカの大学院で出会いました。彼は個人留学で、経済学の博士課程に通っていたんです。私が30歳、彼が29歳のときですね。

——相手のどんなところにひかれたのでしょうか? 近くに日本人がいることの安心感でしょうか。

永井:なんというか、純粋で、とても興味深い人だったんです。たとえば花を買いに行って、元気な苗としおれた苗があったら、ふつうは元気な苗を買いますよね。でも彼はしおれた苗を手に取って「元気に育ててあげよう」と言うような人。一緒にいると心が癒されるなと感じます。いまでも、私がバタバタと忙しくしていても「桔梗の花が咲いたから、ベランダを見て」と声をかけてくれるので、気持ちがほっと切り替わる感じなんです。

——素敵……! 旦那さんは、働いた経験は?

永井:もともとは銀行員でした。でも、アメリカで出会った彼は大好きな勉強に没頭しているだけで、競争社会の“切った張った”などとは無縁。博学で利他的な彼からは、とてもよい影響を受けました。私は、先に帰国することが決まっていたので、出会ってわりとすぐに結婚を決めたんです。

——どうしてそのタイミングで結婚になったんでしょう。とりあえず遠距離……と考える人のほうが多そうです。

永井:彼はいままで出会った人とはまったく違って、とにかく興味深かったため、この人と関係を続けるにはどうしたらいいかを考えたんです。「友人がアメリカにいる」という理由では会社を休みにくそうだけど、「夫がアメリカにいる」だったら堂々と会いに行けそうだと思って(笑)。人事を学ぶために留学して、戻ってから会社でやりたいこともたくさんあったから、仕事を辞める選択肢はまったくありませんでした。もともとイメージしていた結婚とはまったく違う形だけれど、別居婚をするのが一番合理的だった、という感じですね。

——たしかに合理的……!

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別居婚を選んだら、世間のリアクションが変わった

——でも、周りはいろいろうるさかったのではないでしょうか。「ご主人を置いて帰るなんて!」みたいな。

永井:そうですね。そういうことはたくさん言われたし、衝撃も受けました。だって、それまでは企業留学までさせていただいて、言ってみれば「デキる社会人」として褒められる人生だったんです。なのに、別居婚を選択しただけで突然「常識はずれ」「悪い妻」みたいに言われたりして……。

——そのつらさを、どんなふうに乗り越えていったんですか?

永井:ショックはあったけれど、それでも「私たち二人がいいんだからいいでしょう」と思うようにしていました。両親に心配をかけるのは不本意でしたが、親は、わりとサクッと受け入れてくれましたね。そもそも「嫁入り前の娘を海外に行かせるなんて!」と言われるような時代に、企業留学を応援してくれる人たちだったので、親にはとても感謝しています。

ありがたいことに会社も非常に先進的だったため、不当な差別を受けたり、結婚を理由に仕事を減らされたりすることもありませんでした。

当たり前のように“専業主婦”になるつもりだった20代

——そんなふうにバリバリと働いていた20~30代前半、働きながら結婚することや家庭に入ることなどについて、どのように考えていましたか?

永井:じつは私、20代なかばまでは専業主婦になりたかったんですよ。

——なんと!?

永井:当時は、女性社員の9割が3年で退職する時代。私自身の辞書にも、長く働くという言葉はありませんでした。3年では短すぎる気はしていたけれど、それでも「しばらく働いたら結婚して家庭に入る」という人生しかないと感じていたし、自分としてもまったくイヤではなかったんですね。両親はリベラルでしたが、比較的コンサバティブな京都で育ったことも影響していたと思います。だから、茶道に華道、お料理、着物の着付け、英会話みたいな、当時の花嫁修業もひととおりやっていたんですよ。

——衝撃です……! そして、花嫁修業のなかに英会話があるんですね。

永井:ほら、駐在員の妻になるかもしれないでしょう(笑)。

——なるほど(笑)。それにしても、どうしてその考え方から、いまのような人生を選ばれたんでしょう。価値観が変わったきっかけはありますか?

永井:社会に出たことで、さまざまな方の価値観にふれたのが大きいと思います。23歳で準ミスユニバース日本代表に選んでいただいたときにも「世界には、活躍している女性がこんなにたくさんいるんだ!」と感じました。

でも、就職してもまだ専業主婦になりたいと思っていて……だんだん変わっていったのは、20代なかばを過ぎてから。当時「女性はクリスマスケーキ」と言われていたのに、24歳、25歳と年齢を重ねても、ボーイフレンドと結婚する話にならなかったんです。焦ってお見合いしたりもしたけれど、どうもうまくいかない。そのうちに「私はずっと仕事を続けていくのかもしれない」と思うようになりました。

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——そして、しっかり手に職をつけようと留学した先で、生涯の伴侶と出会ったわけですね。運命的……。次回は、専業主婦志望から一転して、みずからが稼ぎ頭の“大黒柱女子”になった経緯を聞かせてください!

(取材・文:菅原さくら、撮影:青木勇太、編集:安次富陽子)

情報元リンク: ウートピ
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