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女子スポーツ発展の裏に現代にも通じる「女の苦悩」あり【いだてん】

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神回! と名高い『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』(NHK総合)の第26回「明日なき暴走」。この回でもっとも重要な役として取り上げられたのが、日本人女子で初めてオリンピックに出場し、銀メダルを獲得した人見絹枝(菅原小春)さんです。

「男は負けても帰れるでしょう、でも女は帰れません」「負けたら、やっぱり女はだめだ、男のまねして走っても役に立たないと笑われます!」「日本の……女子選手全員の希望が……夢が……私のせいで絶たれてしまう!」

菅原さんの熱演は「#人見絹枝に泣いた」と話題になりました。『いだてん』は、「女を置いてきぼりにしない稀有な大河」だとライターの吉田潮さんは考察します。

女子体育にもスポットを当てる気概

毛色の変わった大河『いだてん』、観てる? 低視聴率ばかりがニュースになっている感も否めないが、これ、ただの奇天烈大河ではなく、現代女性のうっ憤や辟易を織り込み、溜飲の下がる要素が満載の「女性を置いてきぼりにしない稀有な大河」なのだ。

すでに放送した26回分全部観てほしいのはやまやまだが、18話からの「女子体育の礎」でもいい。それが厳しければ、感動の神回26話だけでもいい。いったい何がそんなによかったのか、ごく私的な観点で紹介したい。

2部構成となっている本作。第1部の主人公はマラソン選手・金栗四三(中村勘九郎)。過酷なトレーニングの末、ベルギー・アントワープ五輪に出場したものの、メダルを獲れず、失意のまま放浪する。立ち寄ったドイツのベルリンで、槍投げを練習する女性たちの楽しそうな姿を目の当たりにし、その逞しさと明るさに触れる。

当時のドイツは、第一次世界大戦で敗戦したばかり。「敗戦したにもかかわらず、女性たちはもう立ち直っとる!」「これからは女子体育の時代だ!」と目覚める勘九郎。自身がゴリゴリの男社会に属していたにもかかわらず、女性たちのポテンシャルに目を向ける時点で、溜飲が下がる。

物語の主軸ではない「女子体育の普及」にもスポットを当てるところにも、女を置き去りにしない気概を感じる。

女らしさって何ですか? セリフを通じて問いかける

そんな勘九郎に感化されたのが、シマ(杉咲花)だ。初めは、子爵の名家・三島家の女中だった。三島家の次男や勘九郎がスポーツを謳歌する姿を間近で見て、「自分もスポーツをやりたい」と思った女性である。着物を着たまま、裾をまくり上げ、早朝密かにひとりで走る杉咲。女だって「風を切って地を蹴って走りたい」「五輪に出たい」。純粋な思いを胸に、女子校(通称・竹早)で勘九郎とともに教鞭をとることに。

動きやすいユニフォームを作り、女子生徒たちが古い固定観念から解き放たれ、スポーツを自由に楽しめるように尽力する。

ところが、女性が脚を露出するユニフォームに文部省がイチャモンをつけてくる。前近代的な考えの保護者たちも「けしからん」と怒りまくり、先導者である勘九郎を退職に追い込む。

当時は「女性はスポーツに向かない」と決めつけられていた。女が飛んだり跳ねたり走ったりすれば「はしたない」「嫁にいけない」などと非難される時代でもあった。

勘九郎を慕っている竹早の女生徒たち(黒島結菜・北香那ら)は、教室に立てこもり、断固として勘九郎退職に反対する。「女らしさって何ですか?」「歯を見せないで笑うこと?」「脚を出さないで走らせること?」と叫ぶ。ここに込められているのは「女性の選択の自由」であり、「押しつけの女らしさへの抵抗」でもある。

この放送が、ちょうど「#KuToo(靴と苦痛をかけている)」が話題になったタイミングでもあった。職場でのパンプスやヒールの強制をなくしたいという思いで声をあげた女性に、共感が寄せられた。日常的な靴擦れや外反母趾などのトラブルを抱えてまで、ルールや女性らしさを強要されることに異を唱えたのだ。

かなり前に撮影しているはずの大河と、今の動きが重なるとは! 現代女性の鬱屈(うっくつ)や不満を掬い上げる、奇跡のタイミングである。

嫁いで産んでが女の「ご幸福」ではない

そして、日本女性で初めて五輪に出場した菅原小春の物語。身長170㎝、当時にしてはかなり大柄な菅原は、運動能力がずば抜けて高く、テニスでも陸上でもその才能を発揮した。しかし、大会に出場して勝っても、嬉しくないともらす。

なぜなら世間から投げつけられる言葉に傷ついていたからだ。「走れば化け物、跳べばバッタ、黙って立っているだけでも六尺さん」と。もともと岡山にいた菅原の能力を見出したのが、実は杉咲である。手紙を送り続け、五輪を目指して東京へ出ることを勧めたのだ。

そして、類まれなる能力を持ちながらも、中傷に傷つき、国際大会に出場するのを躊躇(ちゅうちょ)していた菅原を励まして支えたのが、二階堂トクヨ(寺島しのぶ)である。日本の女子体育の在り方を研究し続け、女性の体に合う体育教育を模索してきた人だ。男社会の日本スポーツ界でひとり気炎を吐いてきた背景がある。惚れた男が妻子持ちと知り、結婚を断念し、「女子体育と心中する覚悟」を決めて、二階堂体操塾(現・日本女子体育大学)を創立した。

寺島が菅原の五輪出場を勧め、傷ついた心を支えていく穏やかなシーンがとてもよかったので、かいつまんで抜粋しておく。

国際大会出場を躊躇する菅原に、寺島は「今、あなたはご幸福ですか?」と問う。菅原は「婦女子はスポーツなどやるべきではない。さっさと結婚して子を産むこと、それが幸福というならば、私は幸福などなれないし、ならなくても結構です」と頑なだ。世間のヤジに傷つき、幸福とは程遠い気分だともらす。寺島は現状を踏まえつつも、こう励ます。

「あなたには品がある。女性らしい恥じらいがある。笑われて悔しいと思う負けん気もある。出るべき、変えるべきよ。女子スポーツの未来を」

自分が持つ女性性を否定してしまう空気

寺島の言葉は、菅原の心をほぐす、実に素敵な言霊だった。ものすごいプレッシャーを与える言葉でもあるのだが、化け物と言われてきた菅原は自分自身の「女性性」すら否定的にとらえてしまっていた。

「女は清く正しく美しくおとなしく、黙って結婚して子供を産んでりゃいい」という世の中で、「ああ、では自分は女ではないのだ」と思いこませてしまう罪深さ。これは現代にも通ずる、呪縛でもある。

何がどうあろうと女は女なのに、自分の女性性を否定してしまう空気。女であることに自信をもてない空気。強いる世の中のほうがおかしいのに、なぜか女性は自分を責めてしまいがちだ。

そして、五輪に出場した菅原は、100メートルで予選敗退したものの、一度も走ったことがない800メートルに出場を懇願し、見事に銀メダルを獲得する。

帰国後、メダル獲得の報告に来た菅原に、寺島は再び「今、ご幸福ですか?」と問う。菅原は顔を上げて「はい」と即答する。「次は結婚ね」と寺島は言う。自らは成し遂げなかった経験を菅原には体験してほしいという願いもあったのだろう。しかし、菅原は「もう少し走ります」と日本の女子スポーツ選手を勇気づけたい、と強い意志を語るのだ。

幸せは誰かに押しつけられるものでもなく、世間に合わせるものでもない。自分が主語で考えて獲得するものなのだと教えてくれた、素晴らしいシーンだった。

もはや配慮を超えた平等の意識

現在、主人公は中村勘九郎から阿部サダヲへ移りつつ、しかも森山未來や神木隆之介らの落語パートも絶妙に絡んで、「スポーツと落語の二重奏」状態。ただ、現代女性の心の琴線に触れるポイントだけ書き出すと、もうこれは「おんな大河」ではないかと思われる。 

もはや「女性への配慮」というレベルではない。男女平等の意識がちゃんと織り込まれていると感じた。もちろん、当時の時代背景を反映すべく、女性蔑視な発言をする人物も出てくるのだが、女性に敬意を払う男性もいる。杉咲の夫を演じた柄本佑が顕著な例だ。

女子体育教育に全力を注ぎたい、なんなら自分も五輪に出たいと考えていた杉咲は、見合い相手の柄本にその旨を伝え、結婚を断ろうとする。すると、柄本は「仕事を続けてください、仕事も走るのも。結婚で何にも犠牲にしてほしくないんです。もうそんな時代じゃない」と、改めて求婚をするのだ。

そういう男性は必ずいる。多くはないかもしれないが、こういう人は自分自身もゴリゴリの男社会で傷ついてもいるのだ。女性と同じ目線で同じ歩幅で同じ速度で歩いてくれる男性がいてくれることに感謝したいし、ドラマの中にこういう人物がいてくれるおかげで、本当に平等になれる気がする。

そして、脈々と流れているのは「女の対立ではなく、女の融和」。寺島しのぶと菅原小春の師弟関係もそうだが、勘九郎の妻で熊本にいる綾瀬はるかと、その義母の大竹しのぶの嫁姑関係も良好だ。お互いの信頼と愛が伝わってくる。

さらに、勘九郎は五輪出場に加え、後進教育に明け暮れ、家庭をあまり顧みない。熊本にもほとんど帰らない。今でいう「別居婚」だ。それでも夫婦は円満。「夫婦が互いに幸せなら、どんな形態でもいいじゃないか」というケーススタディを、まさか大河で観るとは思ってもいなかった。

押しつけられてきた価値観を疑う。実に心地のよい大河なのだ。

(吉田 潮)

情報元リンク: ウートピ
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