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全てを失った彼女を救ったのはヒーローでもハッピーエンドでもなく…【小島慶子】

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恋のこと、仕事のこと、家族のこと、友達のこと……オンナの人生って結局、 割り切れないことばかり。3.14159265……と永遠に割り切れない円周率(π)みたいな人生を生き抜く術を、エッセイストの小島慶子さんに教えていただきます。

第41回では、とあるシングルマザーの再生の物語を描いた映画『サンドラの小さな家』を観た感想を綴っていただきました。

劇中より

劇中より

自力で家を建てることを決めたサンドラ

DV被害に遭い、シングルマザーになった女性が、幼い娘二人を抱えてホームレスの危機に。市が提供する住宅は3桁の順番待ち。もしもあなたなら、どうする?

先日見たアイルランド映画『サンドラの小さな家』では、そんな主人公・サンドラが、なんと自力で家を建てることを思いつくことから物語が始まります。自力でって、つまり、手作りで。そうするほか、子どもたちと暮らせる場所を確保できないから。

人には住む家「ハウス」と、安心できる居場所「ホーム」が必要です。そのどちらも失ったサンドラは、行政に見捨てられ、元夫の暴力に怯えながら、知恵と勇気を振り絞ってなんとか生きようとします。見知らぬ人々に「助けてほしい」と声をかけて。

昨年からのパンデミックで、世界的に女性の貧困や孤立が問題化しています。国を問わず、女性たちが弱い立場に置かれていることが顕在化したのです。この作品では、パンデミック以前からあった、そうした女性を取り巻く社会課題に焦点を当てると同時に、格差社会の現実や多様性のある社会を生きる希望も示されています。

サンドラは、家事代行と飲食店勤務のダブルワークでなんとか家計を維持しています。家事代行に通っている家の主である女性医師は、子供たちを抱えて行き場をなくしたサンドラのために、自宅の空いている敷地を提供すると申し出ます。

けれど建材や人手は自力で調達しなくてはなりません。ネットで「自分で家を建てる方法」を説く動画を見てなんとかしようとするサンドラ。ある日、たまたまホームセンターで親切にしてくれた男性が、建設業者であることが判明します。そこで、サンドラは臆せず一歩を踏み出します。

なぜ人々はサンドラを助けたのか

「自力で家を建てるから助けてほしい」と頼むサンドラに初めは難色を示した男性。でも、彼のダウン症の息子はサンドラを手伝うと言います。そんなことから心強い助っ人を得て家を建て始めるのですが、サンドラの素晴らしいところは、さほど親しいわけでもない人にも思い切って助けを求めるところ。

率直な申し出に心を動かされ、相手はサンドラの信頼に応えようとしてくれます。こうして、俄(にわか)仕立ての寄せ集め建設部隊が出来上がりました。

サンドラのために無償で家づくりに協力してくれる人たちの多くは、社会の主流から外れた人たちです。定職についていなかったり、障害があったり、移民だったり。仲間が仲間を呼び、建築に関する知識を持つ人も参加してくれるようになります。女性医師もサンドラを積極的にサポートします。もしかしたら普段の生活では接点がなかったかもしれない、異なる階層やグループの人たちが、サンドラの家づくりを手伝うために協力して汗を流すのです。

なぜ人々は見知らぬサンドラのために動いてくれたのでしょうか。ある人は「信用してくれて嬉しい」とサンドラに言います。彼はそれまで弱者とみなされ、誰かに頼られたことがなかったのですね。人と人の間でやり取りされるものは、労働とお金だけではありません。人は誰かの役に立つことで、喜びを得ることができます。他人に信用され頼りにされることで、自信や生きがいを感じるのです。

「助けて」っていうのって、本当に本当に難しい。困っている時ほど、相手に迷惑をかけてしまうかもしれないとか、恥ずかしいという気持ちから、SOSを出せないものですよね。けれどサンドラを見ていると、人を信用して「助けてください」と言うことは、相手への贈与でもあるのだと気づきます。労働生産性のみで人の価値が計られ、なんでも自己責任とされるギスギスした世の中で、とても大切なメッセージです。

劇中より

劇中より

もし、サンドラが白人でなく英語が話せなかったら

アイルランドは世界経済フォーラムのグローバルジェンダーギャップ指数では世界第9位。120位の日本に比べてはるかにジェンダー格差が少ない社会なのですが、それでも女性がシングルマザーになると、社会的な孤立や貧困などとの厳しい現実に直面することがサンドラの様子を通じてわかります。

サンドラは白人女性で、言葉にも不自由しません。もし彼女が白人でなく、英語も流暢でなかったら、さらに困難は増したでしょう。世界中にシングルマザーたちがおり、その中にもさまざまな違いがあることを思わずにはいられません。日本にも、サンドラたちがいます。コロナ禍で実質的な失業者となっている女性は103万人とも言われており、その中には、一人で子育てをしている女性が大勢含まれているのです。

繰り返し出てくるのは、元夫によるDVのシーン。サンドラが受けた肉体的、精神的なダメージは計り知れず、実際に経験がある人にとっては見るのがしんどいかもしれません。しかもそのDVを幼い次女が目撃してしまいます。面前DVです。それが元で、次女は父親に会うのを極度に怖がるようになります。にも関わらず、離婚時の取り決め通りにサンドラは娘たちを元夫に会わせないとならないのです。

元夫はサンドラたちをコントロールしようと執拗に関わってきます。面前DVの影響で父親に会いたがらない娘を庇ったサンドラを訴え、親権を取り上げようとします。夫側の弁護士は、貧しいサンドラに母親失格の烙印を押し、法律は弱い立場の人を守ってはくれない。法廷でのやりとりでは、社会の根深い女性差別や弱者切り捨てが露わになります。理不尽な現実への怒りを込めたサンドラの切実な訴えは、胸を打ちます。

困難の中に見た一筋の光

これは現実に起きていることです。福祉制度が行き届かず、一番助けが必要な人たちが置き去りにされてしまう。打ちのめされた人がやっとの思いで支援を求めても、窓口で邪険にされたり、追い返されたりするのです。世間の目は冷たく、いつ仕事を失うかもわからない。何度も何度も惨めな気持ちにさせられ、社会から孤立していく。ただでさえ経済的な苦境に陥っているのに、人としての尊厳を粉々にされるのです。映画の中だけでなく、今この日本のあなたのすぐそばにも、そういう思いをして生きている人はたくさんいます。

何もかも失った時に「あなたは、ひとりじゃない」と手を差し伸べてくれる人が誰もいなかったら。どうか想像してみてほしいです。

自助・共助・公助という言葉を、政治家が「まずは一人でなんとかしろ、そのあと家族でなんとかして、なるべく国に迷惑をかけるな」という意味で使うのは間違っています。なぜなら、自助と共助と公助の全てがなければ、人は生きていけないからです。3つが互いに補い合って、人を生かしているのです。

『サンドラの小さな家』は、公助が機能していない社会に放り出されたサンドラの闘いのストーリーなのです。

仲間たちと0から家を建てようとする過程で、サンドラは暴力によって失われた自尊心と、安心できる人間関係を次第に取り戻していきます。形ある家が出来上がるにつれて、目には見えないホームが、サンドラの心の中に、そして彼女に協力した人の胸の中にも育っていきます。何もかも失った時になお彼女に一歩を踏み出す力を与えてくれたのは、一人のヒーローでもハッピーエンドの奇跡でもなく、人々の小さな善意であり、互いを労わる気持ちでした。

私たちは「助けてください」と言っていい。私たちには、誰かを助ける力がある。自己責任論の嵐の中で、一筋の光を見せてくれる作品です。でもこれを決して「いい話」にしてはいけないという思いを強くしました。

すぐ隣にいるサンドラに、気づいてほしい。「助けてほしい」と言われたら、あなたはなんと答えますか?

■作品情報

kojima4

『サンドラの小さな家』

全国順次公開中

コピーライト:©Element Pictures, Herself Film Productions, Fís Eireann/Screen Ireland, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute 2020

情報元リンク: ウートピ
全てを失った彼女を救ったのはヒーローでもハッピーエンドでもなく…【小島慶子】

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