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コロナ禍が突きつけた「昭和おじさん社会」の限界

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コロナ禍でガラリと変わった私たちの日常。毎日決まった時間に満員電車に乗って出社し、打ち合わせと言えば対面での会議やMTG。夜の飲み会を断ると「付き合いが悪い」と言われていたあの日々は何だったのか? とすでに懐かしく思っている人もいるのでは?

同時に失業や高齢者の孤立、教育格差などの問題も浮き彫りになりました。

しかし、このほど『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)を上梓した河合薫(かわい・かおる)さんによると「コロナ禍で起きているすべての問題はこれまでの社会にたまっていたひずみが噴出したにすぎない。コロナが『パンドラの箱』を開けた」と言います。

「昭和おじさん社会」とは何なのか? 私たちはこれからどんな社会を目指せばいいのか? 健康社会学者として「人の働き方は環境がつくる」をテーマに講演や執筆活動を行っている河合さんにお話を伺いました。前後編。

昭和おじさん社会って何?

——まずは『コロナショックと昭和おじさん社会』を執筆した経緯から伺いたいです。

河合薫さん(以下、河合):新型コロナウイルス感染拡大によって孤独死や派遣切り、教育格差、介護現場の危機、高齢者の孤立などの問題が表面化しました。実はこれらの問題はこれまで山積していたのにも関わらず、見ないふりをされたり、一時的にニュースになってもいつの間にか忘れ去られていたものでした。でも、コロナ禍で直視せざるを得なくなった。それを日経ビジネスの連載で「パンドラの箱が開いた」と書いたところ、取材や問い合わせが殺到しました。そこで、一冊の本にまとめることになりました。

——よくも悪くも「おじさん」がいろいろ話題になる昨今ですが、この本で指している「昭和おじさん社会」とは?

河合:家族の稼ぎ手も変わり、家族のカタチ、雇用のカタチ、人口構成のカタチも変わったのに、40年前と同じ理念を掲げ続けて平成どころか令和にまで昭和的な価値観を引き継いでしまった社会を指します。40年前の理念というのは、1970年代の高度経済成長期の社会を前提をつくられた「長期雇用の正社員」「夫婦と子供2人の四人家族」「ピラミッド型の人口構成」といった昭和期のモデルをベースにした社会です。

1990年代を境に「家族のカタチ」は大きく変わったのに、その前提は踏襲され続けています。結果、ワーキングプアやさまよい続ける氷河期世代を生み、高齢者の孤独死や介護現場の慢性的な人出不足をもたらしました。昭和モデルに属さない人たちがこぼれ落ちることを余儀なくされ、パンドラの箱から次々と隠されていた問題が噴き出しています。

なぜ私がそのような社会を「おじさん」とつけているかというと、日本社会が男社会であることは明らかであるし、女性は家計の補助として扱われてきたわけです。

——「40代以上の男性」のような実在のおじさんのことを指しているわけではないのですね。コロナ禍によって時差通勤やテレワークに踏み切る企業も多くなりました。

河合:新時代の働き方、生き方に期待が寄せられています。でも、ちょっと立ち止まってほしいのです。皆が同じ方向に向かっているときはこぼれ落ちるものを見逃してしまいがちです。これまで社会のひずみを生んできた原因と、今起きている出来事に正面から向き合わないと問題はなかったことにされてしまう。そういう思いから本を執筆しました。

河合薫さん=日経BP提供

河合薫さん=日経BP提供

昭和おじさん社会がまだ続いている理由

——今がチャンスということですね。でも、「昭和おじさん社会」が平成の約30年間を経て令和まで持ち越されてしまった原因は何なのでしょうか?

河合:変わるチャンスはあったはずなんです。一番おじさんたちが変わるチャンスだったのはバブルが崩壊したときです。私は社会人になったのが1988年でバブルの申し子のような時代を生きてきました。バブルの崩壊が1992年でそのあと私は「ニュースステーション」というテレビの世界に入ったのですが、1997年に山一證券が自主廃業したときに「これってヤバいよね」と周りと話したのを覚えています。バブル崩壊から何年もたってから「これはヤバイぞ」と気づいたんです。

私事としても、「バブルのような時代は二度と来ないんだ」と実感したのは東日本大震災が起こった2011年くらいでした。その間にリーマンショックも起きているはずなのに、自分が調子よく仕事ができていたり稼げていたりするとリアルに感じることができません。自分の頭の上で冷たい雨が降らない限り気づかないものなんですね。

そんな反省もあって、人間は変化に適応していかないといけないし、特に上の人たちは社会に適応していろいろなことを変えていかないといけないはずなのに、昭和おじさん、責任感がないことで運よく出世した人たちにとって貧困や非正規労働者の問題をリアリティを持って考えるのはなかなか難しい。だからこそ現場をたくさん見て歩くのが大事だと思うのですが、国の上の人たちは、現場を歩くと言っても地元に帰って後援会の人たちの声を聞くぐらいです。そうなると、やっぱり分からないと思います。

どんな人にも雨が降るから…

——コロナ後の社会を考える上で、河合さんは「首尾一貫感覚」の重要性を強調しています。

河合:本でも詳しく書いている首尾一貫感覚(sense of coherence,SOC)という概念は、東大の修士課程にいた時に出会った理論です。私が師事した山崎喜比古先生が、SOCという概念を日本に最初に紹介しました。

SOCの考え方というのは、私の言葉で説明すると「生きていれば雨が降る」ということです。どんな人にも雨が降る。でも雨が降ってきても、ちゃんと傘を差して雨風をしのげれば、雨が上がったあとは草木が一気に伸びるように人間的に成長するという考え方です。だからストレスが悪いのではなく、雨に濡れないようにするための傘、リソースを持っているかいないかが非常に重要です。傘さえあれば雨は成長の糧になります。傘は人生を生き抜くリソースです。そのリソースは実は何でもよくて、「逃げるが勝ち」というときもあれば、弱音を吐いたり、悪口を言ったりすることが傘になるときもある。

——確かに気の置けない友人と愚痴や悪口を言うことでかなり救われていますね。

河合:そうですよね(笑)。しかもその傘というのは、自分が差す気力もないほどの強い雨が降ったときやどこを見ても傘がないときに「この傘使っていいよ」と傘を貸してくれる人、あるいは「すみませんが、傘を貸してください」と言えるような人がたった一人いるだけで救われることでもあるんです。

雨はどんなに避けようともすべての人の頭の上に降るものです。大切なのは、どんな傘をどれだけ持っているか。そして何より、最後は自分にほほ笑んでくれる人がいるという確信を持てるかどうかなんですね。

——世界への信頼、ということですね。

河合:そうです。まさに人間は環境の中で生きているものだし、3年間働いたらさっさと結婚しようと思っていた私が大学院まで進んで今こうやって文章を書けているのは、傘を差しだしてくれる人がいたからこそだったと思います。

「傘を持っていない」のは自分のせい?

——「傘を持ってないのは君が持っていかなかったからだろ」というのが今の自己責任論だと思うのですが。

河合:本当にその通りです。「俺は必死でこんな暴風雨に耐えているのに、あんたは傘を見つけようともしなかったし、準備もしなかったよな」というのが自己責任論ですよね。傘を貸してもらっている人を見て、もしかしたら「私は頑張って一人で歩いているのに、お前は何で助けてもらっているんだ」と言うかもしれない。私は逆に聞き返したいですね。「あなたは本当に自分の力だけでその傘を持っているんですか?」と。「どんな暴風雨にも耐えられる傘は本当にあなたが自分一人で手に入れたものなんですか?」と。

——自己責任論が世の中にはびこるあまり、傘を借りるという発想のない人や「私なんか傘を差す資格がない」と一人で抱え込んでしまっている人がたくさんいると感じます。マスクではなくて傘を差し出すのが政治の役割で、私たちは政府に対して「こんな傘が欲しい」という役割があると理解しています。その上で河合さんに伺いたいのですが、私たちができることは何でしょうか?

河合:ちょっとだけ余裕がある人が、その余裕はお金でも体力でもいいのですが、困っている人に傘を差し出してあげる社会になればいいと思っています。傘の貸し借りは、決しておんぶに抱っこではありません。だって傘を借りたら持つのは自分自身だから。でも、重たければ手を添えてもらえばいいし、雨の中でなかなか一歩を踏み出せないのであれば手を引っ張ってもらったり、背中を押してもらえばいい。そんなふうにみんなが考えられる社会になればいいなと思います。

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(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子)

情報元リンク: ウートピ
コロナ禍が突きつけた「昭和おじさん社会」の限界

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