「これは私たちの物語」と国境を越え、各国の映画祭で絶賛されている台湾のアニメーション映画『幸福路(こうふくろ)のチー』(11月29日公開)。30代半ばの女性が半生を振り返り、「あの頃なりたかった自分になれている?」と自問する姿が「何者にもなれなかった」大人たちの心をぎゅっとつかみます。
自伝的物語を映画にしたソン・シンイン監督は、京都大学にも留学経験のある才女。「人に認められたいと願って生きてきた」と言うソン監督に、重荷を下ろして生きるヒントを聞きました。
周囲の期待に応えようとする東アジアの女性たち
——主人公のリン・スーチー(以下、チー)は、幸せを追い求め、人から認められたいと願っている女性です。このようなキャラクターにした理由は?
ソン・シンイン監督(以下、ソン):チーの性格は東アジア、特に台湾の女性によくいるタイプだと思います。つまり、死ぬまで他者から認められたいと願い、周囲の期待に応えようと頑張る。だけど、ずっと人に求められる道を歩んできたせいで、自分を見失ってしまう。
いわゆる「幸せ探し」とは、「自分が欲しいものは何か」を探すプロセスですよね。東アジアの女性が直面する人生最大の矛盾は、この2つの板挟みになることだと思います。
——私は日本人ですが、その感覚はよく分かります。これって東アジア独特なのでしょうか?
ソン:私はそう思います。例えばアメリカ人にもそういう女性はいるでしょうけど、東アジアの女性のほうが言いたいことをぐっと胸にしまい込んで、直接言葉にしないですよね。その傾向が顕著だと思います。
ずっと他者から認められたいと望んできた
——そもそも、女性の前半生を映画にしようと思った理由は?
ソン:脚本を書いたのは米国留学中で、実写映画の制作を学んでいる時でした。そのとき、フィルムメーカーとして人生を語るなら、自分の経験を盛り込んだ物語がいいと教わったんです。それまでは自分や自分の人生を平凡だと思っていたので困りました。それから過去を振り返る作業を始めました。
ちょうどその時期、イランのアニメ映画『ペルセポリス』を見たんです。イランで生まれ育った女性が、政治や社会の影響を受けながら大人になるにしたがって、自分らしさを見失っていくというストーリーが、戒厳令下の台湾で特殊な教育を受けた自分の状況にも近いと感じました。
振り返ってみると、私の前半生も、ずっと流されてきました。誰かに「良い」と言われればそのとおりにして、他者から認められたいと望んできた。でも、米国に行って結婚し、そんな生き方は八方ふさがりだと感じるようになった。大事なのは、「自分がどんな人間になりたいか」です。
そもそも、仕事を辞めて京都に留学したのも「逃げ」でした。当時の私は、外国ならどこでも「台湾よりマシ」と思っていました。台湾にいたくなかったんです。
——それはなぜですか?
ソン:これは台湾人が共通して持っている感覚だと思うのですが「米国に行けるのがベストだけど、日本でもいい。とにかく、外国は台湾より素晴らしい」。どこかに劣等感のようなものがあるんです。
——劣等感というのは?
ソン:原因はいろいろでしょうね。とにかく私たち世代はずっと、日本と米国はすごい国だと思ってました。それに、私個人の問題としては、毎日が楽しくなかったんです。仕事がすごく忙しかったし、ニュースを見ると醜悪な政治の話ばかり。台湾を離れたくなって、京都に留学し、さらに地球を半周して米国に渡った。その間に台湾のいいところも見えてきて、故郷が恋しくなった頃に書いたものが、この『幸福路のチー』の物語でした。
——米国に行ってから台湾のいいところが見えてきた?
ソン:日本にいる時から、孤独感で少し恋しくはありました。女性にとって、日本はあまり自由ではいですから。
女性にとって日本は生きづらい?
——監督は日本のどんな場面で不自由さを感じたのですか?
ソン:例えば「一番新入りの女性が飲み会ではお酒を注ぐ」みたいな空気がありますよね。私は幸い外国人だから「(日本語で)空気ヨメナイ」という振りをして座っていましたが、そうすると日本人の女の子が立ち上がって、お酌をして回り始めた。ああいう空気は嫌でしたね。
直接言わずに、遠回しな言葉で人を傷つけたりするところもありますよね。私は聞き取れない振りをしていましたが、日本の女性はそうもいかないので、プレッシャーが大きいだろうなと感じていました。
その後米国に行って、台湾の良さがもっと見えてくるようになりました。周囲に流されてしまうこと、劣等感から逃げ出した自分を見つめ直して、そろそろ台湾に帰るのもいいかなと考えるようになったんです。
『幸福路のチー』のストーリーは…
アメリカで暮らすチーの元に、台湾の祖母が亡くなったと連絡が入る。久しぶりに帰ってきた故郷、台北郊外の「幸福路」は、チーの記憶とはずいぶん様変わりしていた。自分は変わってしまったのか? 幼い頃からの記憶をたどりはじめるチー。人生の岐路に立っていた彼女が、最後に下す決断は……。
『幸福路のチー』
11月29日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか、全国順次ロードショー
(C)Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.
(聞き手:新田理恵)
※後編は11月30日(土)に公開します。
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情報元リンク: ウートピ
周りの期待に応えようと自分を見失った台湾映画監督の「幸せ探し」