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大人気俳優の祖母役に抜擢、主演映画が世界的大ヒット
本国タイで2024年年間2位の興行収入をあげたほか、タイ映画歴代最高の世界興行収入を記録し、アジア中で大ヒットした映画『おばあちゃんと僕の約束』が6月13日に日本公開を迎える。
日本と同様、大家族から核家族へと家族の形が変わっているタイ。祖父母の世代と共に暮らし、家族が共に過ごす時間を大切にしていた時代は過去のものとなりつつある。この映画は、多くの観客の忘れかけていた記憶を呼び起こし、それが大ヒットへとつながった。

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<ストーリー>
主人公は、大学を中退してゲーム実況者を目指す青年エム。従妹のムイが祖父を介護したことで豪邸を相続したと聞き、自分も楽をして暮らしたいと考える。彼にはお粥を売って生計を立てている一人暮らしの祖母メンジュがいた。そんなメンジュがステージ4のガンに冒されていると知り、強引にメンジュの家に押しかけて世話をし始める。相続目当てで近づいたエムだったが、メンジュと過ごすうちに、次第に気持ちが変化していき……。
映画の内容と共に注目されたのが、主演を務める2人。エムを演じる“ビルキン”ことプッティポン・アッサラッタナクンさんはタイの大人気歌手&俳優で、日本にも多くのファンがいる。そして、この映画を見ればきっと魅了されるメンジュおばあちゃんを演じたのが、ウサー・セームカムさん。なんと本作で78歳にして長編映画デビューを果たした“新人俳優”なのだ。
78歳にして新しい世界に飛び込んだ勇気と、一変した生活を柔軟に受け入れるウサーさんの心の持ち方とは? 3月に開催された大阪アジアン映画祭にあわせて来日したウサーさんにお話を聞いた。
100人以上の候補者から選ばれる
――『おばあちゃんと僕の約束』がデビュー作だと聞いて驚きました。出演の経緯から教えてください。
ウサー・セームカムさん(以下、ウサー):実は私もなぜ出演したのか分からないんです。数か月かけて100人くらいオーディションしたそうなんですけど、俳優が見つからなかったと聞いています。
私は実は、(本作のパット・ブーンニティパット)監督の友人のミュージックビデオに出たことがあって、その友人が「なぜテオおばあちゃん(ウサーさんのニックネーム)に話をしないの?」と監督に話したそうです。そうしたら、たまたまキャスティング事務所の人が私の電話番号を知っていたので、私に「映画に出ませんか?」という連絡が来ました。 私は演技をしたことがなかったので一度断ったのですが、しばらくしてまた連絡が来て、とにかく一度会ってから返事をしてほしいと言われたので、会うことにしました。
――ご出演の決め手は?
ウサー:実は、そのオーディションでは監督には会ってないんですよ(キャスティング担当者と会った)。孫みたいな若い子と、映画の中で一番難しいシーンを演じるように言われて、その動画を見て監督が「この人だ」と言ったそうなんです。
――映画を拝見しましたが、とても自然なお芝居をされていると思いました。どうしてあんな自然なお芝居が可能だったのでしょう? また、メンジュとご自身に似ているところはありますか?
ウサー:(笑)。なぜ自然に演技できたかと聞かれても、私自身も分からないです。私にも幼い頃から育ててきた孫がいるので、だからなのかなと思います。
――たとえばダンスなど、芸術に関する習い事などの経験は?
ウサー:タイ舞踊なら踊れます。学生の頃にタイ舞踊の授業があって、タイ舞踊を踊ることや歌うことは好きでした。
子供や孫から「電話をもらうだけで嬉しい」
──最初にこの映画の脚本を読んだ時の感想は? 伝統的な男尊女卑の考え方や、家族のために献身してきた女性の苦しみも描かれている作品ですね。現在の日本に生きる自分が見ても、メンジュが兄を訪ねていく場面では泣いてしまいました。
ウサー:私も泣きました。 以前、取材でインタビュアーの方に、「うちの母もこの映画と同じなんですよ」と言われたことがあります。この映画で描いているのは中国系タイ人の家族ですが、 やはり中国系の家庭では男性のほうが女性より大切にされていたのかもしれません。 私自身は、今は違うと思っているんですよ。でも、この映画の脚本は、監督と監督の友人である脚本家が、ご自分たちの祖母のことを参考に書いたものだと聞いています。
──とても印象に残っているセリフがあります。孫に「一人暮らしは寂しい?」と聞かれたメンジュが、「寂しくない。人生はそういうもの」と答えたところです。年齢を重ねていくと、大切な人との別れが増えます。想像するだけで悲しくなるのですが、“人との別れにどう向き合うのか”ということについて、人生の先輩としてアドバイスをいただけますか?
ウサー:年齢を重ねるうちに、家族ができて、子供ができて、でも、その子も結婚すれば新しい家族を築いて家を出ていきますよね。 そして、子供も孫も、なかなか会いに来られなくなる。でも、 やっぱりおばあちゃんとしては、大事な家族の行事に年に3回でも来てくれれば、それだけで嬉しいんです。 子供や孫からは「時間がない」と言わるし、必ず会いに来てとは言わないけれども、電話をもらえるだけで嬉しい、顔を見られるだけでも嬉しいんですよ。自分はもう、いつ死んでしまうか分からないですからね。

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母親は子供に「疲れてほしくない」だけ
──今回、映画出演という大きなチャレンジをされたわけですが、こんな風に新しいことに飛び込んでいけるというのは、容易ではないと思います。気持ちの持ち方の部分で、日頃から心がけていることとかがあれば教えてください。
ウサー:私は、もうすぐ80歳なんですよ。 だから、自分から新しいことに挑戦したいという気持ちは特にないんです。『おばあちゃんと僕の約束』に出演したのは、映画制作会社GDHと 監督が私にチャンスを与えてくれたからで、今この場所にいられることも彼らのおかげだと思います。映画会社と監督、共演者、そしてもちろん、主演のビルキンのおかげだなと思っています。
──ビルキンさんといえば、現場でどのように“おばあちゃんと孫”の雰囲気を作り出していったのですか? 世代間ギャップを乗り越えて若い世代と関係を結ぶ秘訣を教えてください。
ウサー:特にないですよ、誠実に向き合うこと以外には。監督もカメラマンもスタッフも共演者も、この映画の現場ではみんなが愛し合っていて、私のことも愛してくれたのです。ビルキンが「おばあちゃん、何食べたい? 」って聞いてくれたり、みんなが私のことを気にかけてくれたり。みんな会えばハグし合うような雰囲気だったので、一緒に撮影していて、特にギャップを感じてやりにくいという気持ちはなかったです。
──お話をうかがっていて感じたのですが、気遣いや好意をとても素直に受け入れてくださるので、皆さん、ウサーさんに接しやすいのかなと思いました。ちなみに、私の母はウサーさんより少しだけ年下なのですが、何か手伝おうかと言っても、手を出すなと言われることが多いんです。
ウサー:あなたのお母さんは頑固なわけじゃなくて、お子さんに疲れてほしくないんだと思うんですよ。だって、子供は仕事で疲れているのに、自分ができることなら自分でやりたいです。母親の気持ちってそんなものだし、母親の愛っていうのも、そういうものだと思いますよ。「やってほしくない」のではなくて、「疲れてほしくない」だけ。 私も娘に対してそうなんです。私が荷物を持っていたら「持つよ」と言ってくれるけど、子供にだけ重い物を持たせるわけにはいかないから、「私も一緒に持つわ」と言うんです。
「一緒に写真を」の要求を一切断らない理由
──この映画がヒットして、普段の生活にどんな変化がありましたか? 出演して一番よかったと思うことは?
ウサー:まず、簡単に出かけられなくなりました。外に出るとすぐ人が集まってきて、「写真を撮ってください」と言われますから。もちろん、喜んで撮りますが、1時間ぐらい立ちっぱなしになることもあります。
でもそれは、みんなが私のことを大好きで、私に会いたいと思ってくれているからだと思っています。たとえば、外でご飯を食べている時に、「おばあちゃん!」と誰かが走ってきて「写真を撮ってください」と言われると、私はご飯を食べる手を止めて写真を撮ります。他の俳優さんたちはどうしているか知らないですけど、私は断ったことがないです。そういうところが、前とは大きく変わりましたね。
──お疲れになるでしょう?
ウサー:疲れはしますね。 だから、娘が一緒にいると、「さっさと歩いて。ほら、みんな写真を撮ろうと待ち構えてる」と言われます。でも私は、それは皆さんが私に会いたいと思ってくださっているからだと思っているんです。
(米アカデミー賞の国際長編映画部門のショートリストに入り、プロモーションのため)アメリカへ行った時、映画『タイタニック』の主人公の女性の母親役の俳優さんからハグされました(ヒロイン・ローズの母親を演じたフランシス・フィッシャーさん)。
──すごい経験をされていますね。
ウサー:アメリカとタイの暮らしは全然違うじゃない? それでもこの映画に感動してくれたのだなと不思議に思いました。
──どうしても最後に一言うかがいたいのですが……お肌がとてもきれいですよね。お手入れ方法や、美容と健康のために食べている物があれば教えてください。
ウサー:そんなことないですよ。でも、いろいろクリームを塗ったりしています。オーストラリアのブランドのものとか。食べ物も特にないです(笑)

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セリフの暗記や体力的にハードな撮影にも全力で取り組み、ガン患者を演じるために4度も髪をそったというウサーさん。しかしインタビューで撮影エピソードを聞いても「皆さんのおかげだ」としきりに謙遜し、周囲からの愛や気遣いを素直に受け入れる姿が印象的だった。
この映画が思い起こさせるような“大家族が一堂に会する幸せ”は、今の時代にはそぐわないものかもしれない。でも同時に、一人で生きていくには厳しすぎる世の中だからこそ、この映画はアジア中で大ヒットしたのだろう。
また、ウサーさん自身が語る娘に対する母としての思いも本物なら、子供に対して違う感じ方をする親もいて当然であるし、親と子の関係や家族のあり方には、さまざまな形がある。『おばあちゃんと僕の約束』やウサーさんの存在は、家族のあり方やこれからの人生の送り方について、誰かと語り合うきっけかになるだろう。
『おばあちゃんと僕の約束』
6.13(金)より新宿ピカデリーほか全国順次公開
配給:アンプラグド
公式HP https://unpfilm.com/lahnmah/
ウサー・セームカム(Usha Seamkhum)
主にCMで活躍するタイの俳優。高齢者対象のダンス大会に参加していたところ、モデル事務所に才能を認められ、商品CMに出演。78歳にして、本作で長編映画デビュー。100人以上の候補者の中から選ばれた。その他、『Uranus 2324(原題)』(2024)に声で出演するなど活躍中。
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情報元リンク: ウートピ
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