令和を生きる父親たちの“不都合な本音”を記録した、ライター・稲田豊史さんの新刊『ぼくたち、親になる』(太田出版)が10月8日に発売。発売を記念して、『東大生はなぜコンサルを目指すのか』(集英社新書)で知られるレジーさんとの対談をお届けします。
子供を持っても、子どもを持たなくても、「ぼくたち」はどう生きるか――。
「子育てと成長」について語り合った前編に引き続き、後編では、毎日のようにSNSで繰り広げられる成長アピール合戦から「子あり」と「子なし」の分断まで語り尽くします。
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そもそも相容れない「子育て」と「成長」
稲田豊史さん(以下、稲田):前編でも話しましたが、成長教にとらわれるビジネスパーソンにとって、「子どもを育てる」というのはもっとも成長という物差しから外れる行為だと感じます。「最適解」「最短距離」「効率化」といった成長には欠かせない価値観と子育てって、どうしても相容れないじゃないですか。
レジーさん(以下、レジー):まさにその通りで、子育てにおいて計画的に進むことなんてほとんどないですからね。子どもは、大人が望む時間に寝てなんてくれないし、食べてほしいものを食べてなんかくれない。
稲田:そんななかで、「子どもを持つことのメリットはなにか」といった議論がよく交わされたりもします。個人的にはメリット・デメリットというよりは、「いま住んでいる大都市に住み続けるか、小さな町に引っ越すか」みたいな対比だと思うんですよ。東京と地方、でもいいですが。
引っ越すことで、住んでいる人の気質も働き方も食べ物もガラッと変わる、生活がまるごと変わる。それを「都落ち」に例える人もいるけれど、僕はそうは思わない。
レジー:今の例えを受けると、現在の社会の価値観では、引っ越したい人は引っ越せばいいし、留まりたい人は無理に引っ越す必要もないですからね。ひと昔前は、「子どもを持ちますか、持ちませんか」なんて問いを挟む余地自体がなかったことを思うと、いまは選択肢があるからこその難しさを感じながら我々は生きている。
稲田:2023年2月にBIGLOBEが発表した「子育てに関するZ世代の意識調査」(※1)の内容が衝撃的でした。半分弱(45.7%)の若者(18〜25歳)が「将来、子どもがほしくない」と答えているんです。国としてはわりと由々しき事態ではあるけど、彼らは知っているんですよね。もう日本は貧しくて、自分が親にしてもらったこと、親から受けた経済的恩恵を、自分の子どもには与えられないということを。
レジー:そういう意識って、大学のレベルによっても違うんですか。
稲田:実はそうなんですよ。僕はその後、実態を探るために複数の大学の現役大学生たちにグループインタビューをした(※2)んです。まさに、上位大学と中堅以下の大学では回答の傾向に差があって、中堅以下の大学のほうが子ども願望は低め、もしくは希望人数が控えめでした。
中堅以下の大学の学生は、その多くが、将来子育てに充てるだけの稼ぎが見込めないことがわかっている、というより諦めているので、「欲しくない」と答えるんです。SNSでさんざん「子育ては無理ゲー」といった書き込みを目にしていることもあるでしょう。インタビューを終えて、こんな悲しい結論あるかよ……と呆然としましたね。
「自分がいかに成長しているか」SNSで繰り広げられるアピール合戦
レジー:これはもう、SNSというものが人類に争いの火種を宿してしまったとしか言いようがないですよね(笑)。SNSがなかった時代は、子どもの有無に限らず価値観やライフスタイルの違う人たちはゆるやかに別れて、それぞれの道をそこまで干渉しあわず生きていたのだと思います。それがいま、SNSを通して互いのことが見えすぎるようになっていて、いさかいのもとになっている。
稲田:うちは僕の側の原因による不妊治療期間がそこそこあったので、その間は正直、SNSを見るのがつらかったですね。みんな我が子の写真を悪気なくアップするじゃないですか。
レジー:僕は子どもの写真は絶対SNSに上げないようにしています。あと、SNSに書く子ども関連の内容は、できるだけ慎重に精査するようにしています。とはいえ、見る人が見れば稲田さんのような感覚を抱く人はきっといるんでしょうね。
稲田:SNSに書く内容を精査するのは、正しいと思います。でも僕の場合は……さすがに子どもの顔写真はアップしませんが、子どもがいることを察知させるSNS投稿はしちゃってるんですよ。不妊治療中、あれだけ子持ちの方のSNSを見るのがつらかったのに。そういう意味では、「こいつは子どもがいる“一人前の男”であることをアピールしたいんだな」と思われても仕方がない。完全にブーメランです。「子どもがかわいいから投稿した」は通らない。
たとえば、これは僕ではありませんが、「そろそろお迎えの時間だから仕事を切り上げなきゃ」って投稿なり発言がある。これってある種の人に対しては「お迎えの時間って情報は必要? 用事があるからでよくない?」といった不快感を催させます。これもまた、「自分は子どものいる一人前の男だぞ」ということをアピールしたいと取られても仕方がない。
レジー:いまの話を聞いて、ネットの世界で著名な某男性インフルエンサーが、息子とのコミュニケーションや一緒に海外旅行をしている様子を頻繁に投稿していることを思い出しました。
稲田:「自分の血を分けた優秀なジュニアが、しっかり自分のイズムを継承してくれているぞ」とアピールしたいんだろうな、と邪推してしまいます。「まっとうな大人だったら、家族がいて当たり前だよね」という空気を、うっすらと漂わせている。“成長教”ならぬ“家族教“というか……。
レジー:最近だと、「子どもを育て上げた」という点で木村拓哉の評価が高まっているのとかもこういう文脈で語れるのかもしれないですね。
稲田:とにかくSNSというものは、仕事しかり子育てしかり、「自分がいかに成長しているか」ということを世間に知らしめるためのツールである、と。
レジー:自分も近いことをしている側面もあると思うのであえて言いますが、滑稽ですよね。成長しているのは、むしろ子どものほうだっていう話ですよ。
稲田:本当、そうですよ(笑)。
すべてが「成長」に回収されていく世界線
レジー:「成長」ってとっても便利な言葉なんですけど、「仕事のステージを上げていきたい」とか「できることが増えると面白いよね」という気持ちを「成長したい」という言葉で説明するのって何か違う気がするんですよね。
稲田:なんだか「ブレンドされちゃっている」感がありますよね。つまり、成長をどう可視化するかといえば、結局は仕事のサイズ感とか、「どんな人とコネクションを持てたか?」みたいな話になりがちじゃないですか。でも、本来の成長ってそんなに狭いものではない。「仕事の大きさ」はその中で可視化された一形態に過ぎないのに。
統計学の本が売れていたりしますけど、あの手の本が持ち上げられるのも、学問として面白いからというより、仕事に役立つからなんですよね。すべての事物の良し悪しが、仕事という物差しを当てて計測される。
レジー:子どもの中学受験で学校説明会に行くと、明らかにその「世界観」で話している学校があります。「高校生からキャリア教育をします」とか声高に言っていたりして。思わず『ファスト教養』を配って帰ろうかな、なんて思うくらいです(笑)。
稲田:そういう「仕事に役立つかどうかベース」の世界観って、じわじわと土壌になっているんですよね。もちろん、子どもたち全員がそれに染まるわけじゃないと思いますけど、大人たちがきっちり世界観を整えちゃっているから、その中に子どもが次々に放り込まれていく。そうすると、ある程度の割合の子はそれをそのままインストールして、16歳くらいから違和感なく受け入れてしまう。あらゆることを、将来仕事に役立つかどうかベースで考えるようになる。
親になってもならなくても…「ぼくたち」はどう生きるか?
レジー:今回稲田さんと話をしていてしみじみと、子育ての話って難しいなあと感じましたね。何かを言おうとすればするほど自分に刃が向いてくるし、本質的な話をしようとすればするほど語れることがなくなっていくというか……。僕は「人それぞれだよね」という結論が本当に嫌いなんですが、そうとしか言えない部分も多いよなと。
稲田:子育てって家庭によって違いすぎるので、「あるある」みたいなTipsに落とし込みにくいですからね。あとは、男性って自分が格好悪く思われそうな話を驚くほどしたがらないので、なかなか核心が見えてこないんです。たとえば、息子が自分の理想どおり優秀に育ってくれなかった場合、父親は子育ての話について口を硬く閉ざしがち。
レジー:親は子どもをアクセサリー的に、自分のスペックの一部的に捉えることから脱却しないといけないですよね。親になったとしても、ちゃんと自分自身の人生を生きていくことがとても大切だと日々感じています。
それから、これまで男性間で「子どもを持つこと/持たないこと」についての議論がほとんどなされてこなかったことが、男性の口を重くしている理由のひとつのようにも思えました。
稲田:たしかに。「ワーママ対専業主婦」論争しかり、女性はこれまでもずっと長く分断に苦しめられてきた歴史があるんですよね。分断を煽ってきたのは男性なんじゃないかという議論もあるなかで。
だけど、例えば男性同士で「インチキイクメン対真のイクメン」のような争いはあまりない。なぜなら、当事者同士としてバトルすることで、見せ物になりたくないから。だから当事者ではなく、安全な外側から何か言いたい。演者ではなく審査員席に座っていたい。審査員席から立って演者になった瞬間、見せ物にされるのは耐えがたいわけです。
レジー:でも、10年後くらいには男性も議論しあっているかもしれない。そもそも男性がまともに育児参加するようになったこと自体が、本当に最近のことだと言っていいと思います。そういう意味では、今後少しずつ男性間でも議論が進んでいくのではないでしょうか。
稲田:一度分断しないと、議論が進まないですよね。
レジー:SNSで揉めることが良いことなのかはわからないですけれど、子育てとキャリアの間の葛藤は女性のものだけではなくなりつつある。男性にとっては、いわばようやく民主主義の幕が開けたところ。言論をともなう政治参加はこれから始まるというわけですね。
稲田:しばらくは男性同士血を見ることになるのかもしれないし、より一層マウント合戦が激しくなる可能性もあるけど(笑)、それもまた、議論が成熟していくために必要なプロセスなのでしょう。それこそ、痛みを伴わなければ「成長」もないので。
参考資料:
(※1)「将来、子どもがほしくない」Z世代の約5割BIGLOBEが「子育てに関するZ世代の意識調査」を実施
(※2)子どもは「贅沢品」になったのか。上位大学と中堅以下の大学の学生たちに見えた「意識の差」
(聞き手:波多野友子)
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情報元リンク: ウートピ
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